web animation magazine WEBアニメスタイル

■第20回
■第21回
■第22回
■第23回
■第24回
■第25回
■第26回
■第27回
■第28回
■第29回
■第30回
■第31回
■第32回
■第33回
■第34回
■第35回
■第36回
■第37回
■第38回
■第39回
■第40回

 
REVIEW

CD NAVIGATION[早川優]

第30回
「立喰師列伝 O.S.T.」
全編を彩る音楽から厳選。「どこを切っても『押井映画』」を目指した川井憲次の充実作!


 「紅い眼鏡」から連綿と続く押井守監督と作曲家・川井憲次との、最新のコラボレートのひとつが『立喰師列伝』だ。アニメの話題作がしのぎを削る2006年の夏興行に先駆けて、ファンの注目を大いに集めた本作だが、押井監督が裏ライフワーク(?)として描いてきた「立喰師」ネタに正面切って挑むというコアな企画内容はもとより、実写データを2次元素材として活用するスーパーライブメーションなる技法の特異さも手伝って、観客はチラシの「衝撃上映」の惹句が伊達でなかったことを実感させられたハズ。
 かくして、とかく映像表現が注目を集めた本作だが、ロードショーの終わった現在、音楽・音響面の魅力について押さえておきたい。
 押井監督作品の味わいどころのひとつに、音楽に徹底的にこだわって観るという方法論がある。ドラマの面白さや画面の動きの快楽を(取りあえず)抜きにして、音響面に意識を集中し、流れる音楽に身を委ねているだけでも、観直すたびに新たな楽しみを提供してくれるのが押井作品である。押井ファンには釈迦に説法という感は免れないが、これは『INNOCENCE』他のプロパー・アニメだろうと、「Avalon」他の実写作品だろうと、「めざめの方舟」等の環境展示作品であろうと変わりがない。
 『立喰師列伝』は、両者にとって「東京静脈」(押井は監修という立場で参加)に続く記録映画ジャンルでの挑戦となった。本作は架空のドキュメンタリーであるが、全編記録映画の体裁を取っていることに変わりはない。いわばフェイク・ドキュメンタリーだが、かつて一世を風靡した「世界残酷物語」等の単なるヤラセではなく、誰もが最初から虚構であることを認識した上で、押井監督の妄想力によって変質させられたもうひとつの日本の戦後史を体験するという構図になっている。
 さて、記録映画の花形は、もちろん映し出される対象が筆頭となるのは言うまでもない。その次にスポットライトを浴びる存在は、何を隠そう音楽なのである。これは、語るべきドラマの存在する通常の作品に比べて、記録映画では画面に映し出された実相の連続になることがほとんどで、その場合、音楽はドラマを後押しする劇伴奏の役割を超えて、映像とほとんど拮抗するぐらいの存在感を発揮、または主張することが望まれるからなのだ。
 先に挙げたヤコペッティの「世界残酷物語」では、リズ・オルトラーニ作曲による「モア」という美しいテーマが全編を彩り、世界的なヒット曲になった。日本の記録映画でも「東京オリンピック」の黛敏郎の音楽は高い評価を受けて、海外でサントラ・レコード(映画の公開当時は日本では未発売)がリリースされるという珍現象も起こっている。最近でも「ディープ・ブルー」「皇帝ペンギン」といった作品の音楽が注目を集めた。
 かように記録映画は音楽の活躍の場が大きい。また、単独のモティーフをドラマの起伏に合わせて変奏することが効果を上げる通常作品に比して、記録映画では場面に合わせて様々なタイプの楽曲を流すほうがよい結果につながる場合があるように思う。
 そんな記録映画音楽の美点その1は、まさに『立喰師列伝』の音楽の魅力となっている。月見の銀二以下の個性的なる登場人物には、それぞれのメインとなるモティーフが与えられ、シーンごとの色合いの差を明確なものとしている。中でも銀二のテーマは、「紅い眼鏡」における立ち喰いそば屋のテーマ音楽が引用されており、古い押井=川井ファンであれば感涙は必至だ。もちろん、川井自身がハンバーガーの哲として登場するシーンの、摩訶不思議なタッチによる「ロッテリアのマーチ」に始まる、ゲーム音楽のパロディを含む一連の表現も面白い。
 これらのキャラクター・テーマの他、時代ごとの風俗や諸相を表現した間奏曲的な音楽が多数作られている。エレキブームの音をまさにパロディ化した「デンデケデケデケ」などのインストを軽々とこなしているのは当然として、戦後の闇市を賑わした笠置シズ子のブギウギを思わせる「妄想ブギ」(歌:e-mi)と、エンドロールにも流れるムード歌謡「灰色の花びら」(兵藤まこ)のヴォーカル曲には、改めて川井憲次という作曲家の確かな力量を感じた。格好よくスマートなだけが川井節では決してなく、なんちゃって演歌とでも表現できる和風のメロ使いも『無責任艦長タイラー』や『俺は宇宙の炭坑夫』などで実践済みなのだが、こうして大々的に開陳してもらうことは快感であるとともに、近頃、海外進出も著しい川井の楽曲のアイデンティティのひとつが日本的なるものにあることが見出せて嬉しく思える。それにしても、どんなにパロディ的な作曲、編曲を行っても、でき上がってくるのは紛れもない川井サウンドというあたりの確固たる個性は、現在のベテラン作曲家の中にあって、やはり頼もしく響く。大阪万博マニア的な視点では、「迫り来る万博」で、有名な「世界の国からこんにちは」の出だしの音列が川井調に様変わりして響いてきたのには、思わず顔をほころばせてしまったことを追記しておきたい。
 さて、記録映画音楽の美点その2として挙げたいのは、音楽量の多さというファクターである。やはり音楽に注目して映画を観ようという場合、流れる音楽が多ければそれだけ楽しみも増えることになる。
 押井監督と川井が取り組んだ記録映画「東京静脈」では、シンセによるアンビエントなスコアが、まさに水にたゆたう映像と音楽との絶妙なる環境を提供してくれた。が、扱われた題材がワンテーマで音楽の種類にも制限があったし、本編時間も限られたものだった。今回の作品は上映時間も2時間とたっぷり。特殊な演出が求められない限り、記録映画では音楽のベタづけもありなのだ。本作でも上映時間のほとんどに音楽が流れる結果となっている。
 映画をご覧になった方はご存じのとおり、本作では押井守による立喰師の歴史を解説したナレーションが全編に流れる。ナレーターを務める山寺宏一の圧倒的な話術もあり、この専門書・研究書風の文体がまるで詩のように快く響いてくるのだが、そのバックには川井によるミニマルな音楽が絶えず寄り添っているのだ。声の被りを意識してリズムを基調としておさえたタッチの音楽は、このナレーションに声明のような神々しい味わいを加えているように思えた。
 そうそう、忘れてはいけない。オープニングやエンディングには、川井憲次ならではの宿命的な色合いを湛えたメインテーマ曲が流れる。これも一度聴いたら忘れられないモティーフだ。
 ここ一番に流れるテーマ曲があり、印象的な挿入歌が2曲あり、各人物テーマや状況テーマは豊富に含む『立喰師列伝』サントラ。CDには収録時間の限界まで音楽が収められているが、なにしろ音楽の分量が多い作品ゆえ、未収録になったものも多い。熱心な押井作品、川井サウンドのファンでなくとも、2006年のアニメ・サウンドを代表する作品として聴いておいて間違いのない1枚だ。
(文中敬称略。執筆/早川優)

■DATA
「立喰師列伝 O.S.T.」
全24トラック 収録時間:76分45秒
ビクター エンタテインメント VICL-61927
2006年4月5日発売 定価2940円 (税込)
[Amazon]

■執筆者から一言
 筆者は『立喰師列伝』を渋谷のシネマ・アンジェリカで観たのだが、その際に同時上映されていたのが、百瀬ヨシユキ監督のcapsuleSF3部作『ジュディ・ジェディ』だった。高速ビートに裏打ちされたラウンジ・ミュージックを生み出し続ける中田ヤスタカのユニット“capsule”とのコラボレートによるショート・フィルムで、音楽と映像が織りなす心地良さに圧倒された。capsuleと言えば、ジブリが担当したハウスのCMに提供した「レトロメモリー」程度しか耳にしたことがなかったので、これは嬉しい出会いだった。早速、帰りがけにcapsuleのオリジナル・アルバムを購入。今頃capsuleを初体験するなんて、と音楽ファンの皆さんからは揶揄されるかもしれないが、現在の音楽ってぇのは、かくも裾野が広いってことでご勘弁を。
 

●第31回へ続く

(06.07.14)

 
  ←BACK ↑PAGE TOP
 
   

編集・著作:スタジオ雄  協力: スタイル
Copyright(C) 2000 STUDIO YOU. All rights reserved.