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REVIEW
CD NAVIGATION[早川優]

第5回 
「大野松雄の音響世界1〜3」
「この世ならざる音」を求める孤高の音響デザイナー
大野松雄の仕事を集大成!!

 アニメの「音」が気になる人間にとって、効果音は微妙な存在であり続けてきた。主題歌ほど目立つわけではないにせよ、人によってはB.G.M.以上に気になるものだったりする。ホワイトベースの警報音とか、ヤマトの波動砲の発射音とか、タラちゃんの歩行音などを、音単体で聞きたい所有したいという思いは、それが音楽以上にキャラに密着したものゆえ、当然出てくる欲求だろう。このところ、デスクトップ・ミュージックのサンプリング素材としてや、携帯の着信音といった、新たな使い道が現れてきたこともあって、アニメの効果音の一般需要はそこそこあるように思える。
 しかし、『ガンダム』の効果が「アニメージュ」1981年4月号の付録シートとして世に出、『ヤマト』は1996年のCD「サウンド・ファンタジア・シリーズ 宇宙戦艦ヤマト」の特典トラックとして収録された事実はあるにしても、アニメの効果音が商品化されることはきわめて稀だ。これが隣接ジャンルの特撮の場合になると、怪獣の鳴き声という括りが、昭和40年代のソノシートから音楽商品の売り物のひとつとして定着していたこともあって、CDで聴ける機会が比較的あることを考え合わせると、アニメ効果音の飢餓感はいや増すことになる。思えば、かつてコロムビアが石田サウンドの音を「サウンド・オブ・アニメ」としてリリースしたのは画期的なことだったのだ。これなど、ANIMEX1200として再発したら面白いと思うのだが。
 アニメの効果音が商品化されにくい理由のひとつには、効果音には音楽のように著作権を守ってくれる法律がないことがある。苦労して守ってきた効果音を、CDになることで同業者に安易に流用されてはかなわないという思いが働いているわけだ。

 そうした状況の中で異例に繰り返し商品化されている効果音がある。音響デザイナーの大野松雄による初代『鉄腕アトム』の音たちだ。アトムの効果音を集めた歴史的なアルバムは、大野を個人的に知るプロデューサーの吉田秀樹の発案で自主レーベルのALM(コジマ録音)から1975年にリリースされた。これが「鉄腕アトム 音の世界」で、今でいうインディーズ盤だが、アバンギャルドな音源の発売に積極的だったディスクポート西武では大々的なプロモーションを展開、筆者も池袋の西武デパートで購入している。アルバムは1978年にビクターからアートワークを変更してメジャー発売、1998年にはワーナーより初のCD化が実現している。
 アトムといえば、誰もが思い出すのが、濡れた靴底が固い床とこすれて出るときのような絶妙な「きゅっきゅっ」という音。この趣向はジェッターマルスを含む歴代アトムにも受け継がれてきた。そのオリジナルを作ったのが、知る人ぞ知る大野松雄という人物である。大野は劇団の文学座、NHK等での音響効果の仕事を経てフリーの音響デザイナーとして独り立ち。やがて、当時フジテレビの映画部で副部長を務めていた竹内喜望の紹介で、『鉄腕アトム』の効果の仕事を請け負うことになる。音響構成との役職名の下、大野は開発されたばかりのテープ・レコーダーの特性を活かした音響作りに精を出す。たとえば、くだんのアトムの足音は、マリンバの単音をテープに録音し、これを手でテレコの再生ヘッドに不規則にこすりつけることによって得られた音(似たような手法を用いた有名な例にコントラバスの擦音を素材に用いたゴジラの鳴き声がある)。そうして、大野はシンセのなかった時代に、測定用の発信機(オシレーター)等の信号音や現実音を素材に『アトム』の音響を構築していった。
 ユニークなのは、大野自ら「オーラル・サウンド」と命名した手法。これは、漫画の中の「ドバーッ!」などの擬音語を実際に発声して録音、これに電子変調をかけて効果音として利用するもの。アトムの有名な音ではサーチライトの点灯音がこれに当たる。そうして作り出した音を、短いものでは1秒の数分の1に切り刻み、画面に合わせてつなぎ合わせていく。それは、音のアニメーションとでも表現できる作業であった。

 さて、「鉄腕アトム 音の世界」では、当時の『アトム』の効果音素材を基に大野が再構構成を行っており、効果音のみによる情景描写トラックのほか、テープに残る当時の「送り音」(その音が何かを示す声のクレジット)もそのままに、各種の効果音が収録された。ユニークだったのは、“Electronic Sound”(アトムのB.G.M.)と題されたブロック。当時、筆者はここには高井達雄による器楽曲のサウンドトラックが収録されているものと思い込んで針を落とした。なにせLP時代の「音の世界」は『アトム』の主題歌から始まっていたのだ。が、実際に流れてきたのは、大野による電子音で構成されたアバンギャルドな環境音楽の数々。冨田勲の仕事に感化されてシンセ少年と化していた当時の筆者は、完全にノックアウトされた。
 大野の仕事ぶりに感化された音響マンには、当時アオイスタジオのエンジニアで『アトム』ではレコーディング・ミキサーを担当、後に『宇宙戦艦ヤマト』で卓越した仕事を残すことになる柏原満らがいる。余談だが、『ヤマト』においては、柏原がシンセのミニ・ムーグを用いて作り出した各種の効果音のほか、本編未使用ながら、ある程度の長さをもった効果音楽的な素材も存在する。この辺りにも師の影響が感じられて興味深いし、できることならいつの日かこれらも商品化したいものである。

 今回、キングで発売された「大野松雄の音響世界」3枚は、半世紀近くに及ぶ大野の仕事を集大成した画期的なアイテムだ。「鉄腕アトム 音の世界」は、ハイライトを抜粋する形で第1集に収められている。先に記したワーナー盤がすでに入手困難になっていることもあり、「音の世界」未入手の向きはこの機会に是非。この1集には他にビデオ・ディスク「入江泰吉写真集『大和路』」のための音楽や、米国の3D映画「Sea Dream」日本上映版のためのサウンドトラックなども併録されている。

 「音響世界」第2集は、大野が東宝レコードに残した音源で構成され、こちらは特撮ファン向け仕様といえようか。前半はシンセ・ブームの1978年に全編音響効果のみで構成された異色のコンセプト・アルバム「そこに宇宙の果てを見た!?」の天晴れ完全CD復刻。電子音響による音の曼荼羅によって、人の心の中に広がる最小単位の無限宇宙から、広大な宇宙の地平の果てまでのインナー・トリップを実現させようという趣向である。
 当時、東宝の「ノストラダムスの大予言」のサントラがトミタ・ブームに乗って、怪しげな「SOUNDTRACK TOMITA」の商品名で東宝のTamレーベルから復刻された。これを購入した勢いで、後日に目にしたこのアルバムもレジへ持って行ったのを、昨日のことのように思い出す。オリジナルのジャケットは有名ないて座の三裂星雲M20の天文写真に巨大な人の眼を重ねたデザインで、これをディープな音響に聞き入りながら見つめていた筆者は、宇宙の深遠に引きずり込まれるかのようなスリリングな鑑賞体験を得、大いにトラウマになったものだった。それには聞く者を架空の宇宙旅行に誘うガイドの役割を果たす巧妙なライナーノーツが効いていたのも事実。例えば、「超宇宙空間への旅立ち。案内役は“Space Devil”とだけ紹介しておこう」などという一説が大いに趣向を盛り上げていた。今回のCD化で、この解説が一切省かれてしまったのは、クリエーター寄りの今回の企画では当然ともいえるが、ウブな中学生時代にこのアルバムから大いに刺激を受けた者としては、チト残念かな。
 アルバムの後半は、大野が「電子音響エンジニア」の肩書きで参加した1977年の東宝の特撮映画「惑星大戦争」(福田純監督・中野昭慶特技監督)のサウンドトラック盤のために作られた電子音響の数々が、東宝レコードのマスター音源からお蔵出しされている。「惑星大戦争」は筆者も大ファンの一人として、ビクターのサントラCD化以来、色々な機会を見て音源のリリースに関与してきたが、純粋な音響効果素材ということで、これまで収録の機会を逸してきた貴重音源である。

 そして第3集は、2004年7月に完成した新作「『はじまり』の記憶」を収めている。どこから依頼されたわけというわけではなく、純粋な創作意欲の赴くままに紡ぎ出された全7パート、50分強に及ぶ音響作品の大作だ。大野はシンセなどの最新のテクノロジーを用いつつ、『アトム』の“Electronic Sound”から変わることのない独自の音響空間を、響きに優しげなニュアンスを加えて構築している。人声をコラージュしたトラック「無垢の誕生」では、かつて「そこに宇宙の果てを見た!?」で感じさせられた、未知なるものに接したときに感じるようなある種の「怖さ」も健在! 大野は現在74歳。その旺盛な創作に対するエネルギーには敬服させられる。

 以上、ご紹介した3枚のアルバムによる「大野松雄の音響世界」。ライナーには、電子音楽ファンにとってのバイブル「電子音楽 in JAPAN」の著者・田中雄二による大野松雄の最新インタビューを掲載。手塚治虫から音に対する注文を受けた大野が、「素人は黙ってろ」と一喝したというエピソードも読める。ジャケットには真鍋博画伯の作品を効果的に使用。これがまたグッド・チョイス! 筆者は1965年生まれだが、ある世代の者にとって真鍋の描く世界こそが、あり得るべき未来社会のイメージそのものだったんだよね。
 音楽史的な意味合いからも重要なリリースといえるが、音響を重視するアニメファン、特撮ファンには、容易に入手できるこの機会にお手元のコレクションに加えていただければと思う。
(執筆/早川 優)

■DATA
大野松雄の音響世界(1) 鉄腕アトム・音の世界/大和路/Yuragi/他
全36トラック 収録時間:64分38秒
キング KICP 2636
[Amazon]

大野松雄の音響世界(2) そこに宇宙の果てを見た/「惑星大戦争」電子音響
全19トラック 収録時間:70分25秒
キング KICP 2637
[Amazon]

大野松雄の音響世界(3) 「はじまり」の記憶
全7トラック 収録時間:53分34秒
キング KICP 2638
[Amazon]

2005年2月2日発売 定価各2600円(税込)

■執筆者からの一言
 初日に観ちゃいましたよ。スピルバーグの「宇宙戦争」。原作にかなり忠実に脚色していることに驚きました。ジョージ・パル製作、バイロン・ハスキン監督による1953年映画版へのオマージュもたっぷり。でも、原作そのままのオチが、『ID4』世代の観客には大いに不満を買っている模様。古典の映画化って難しいもんですなぁ。今回はリメイクという枷も背負ってるし。
 ジョン・ウィリアムズの音楽は王道の管弦楽で綴った恐怖音楽で、サントラで聴く分にはかなりポイント高いんですが、劇場ではサラウンド感満点の効果音に紛れて、ところどころしか聞こえてこない印象。何だか勿体ないです。
 それから、さらに驚かされたのがクレジット・ロール。音楽の出典が流れてくる箇所はそれこそ目を皿のようにして気を配るのが常なのですが、何と“Sailor Moon”B.G.M. Composed by Takanori Arisawaの文字が!! 本編を見ている間はまったく気がつかなかったのですが、トム・クルーズの娘役のダコタ・ファニングちゃんがテレビをザッピングしているシーンでチラッと流れた模様。これから劇場へ足を運ぶアニメ・ファンは、シリーズと話数をきっちりチェックして、「トリビア」ネタに備えよう!
 

●第6回へ続く

(05.07.08)

 
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編集・著作:スタジオ雄  協力: スタイル
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