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■押井マニア
知ったかぶり講座!
 

『スカイ・クロラ』公開記念
押井マニア、知ったかぶり講座!

藤津亮太  

第8回 幻の映画その1 「押井ルパン」の真相

 「映画監督の未映像化プロジェクト」(エスクァイア マガジン ジャパン)というムックがある。世界のさまざまな監督の、制作に至らなかった作品、あるいは制作に至ったものの“諸般の事情”で望まぬ形になってしまった作品などを紹介した内容なのだが、惜しいかな、ここには押井守監督という項目はない。
 押井監督にも、幻の映画企画がある。
 しかも2本も。
 さらにその2本の映画企画は「もしこの映画が作られていたら、アニメの歴史が変わっていたかもしれない」と“IF”を想像せずにはいられないほどの存在感を持っている。単なる「諸般の事情で実現できなかった企画」とは、その重みが違うのだ。
 今回はそのうちのひとつをまず紹介したいと思う。

 それは、俗に「押井ルパン」と呼ばれている『ルパン三世』の映画企画。
 この企画がファンの前にお目見えしたのは、「アニメージュ」1984年10月号。同誌によると、スタッフとしては脚本に伊藤和典、アートディレクションに天野喜孝(嘉孝)、画面構成に金田伊功、演出助手は片山一良。そのほか原画として森山ゆうじ、山下将仁、北久保弘之、森本晃司、庵野秀明の名前が上がっている。
 当時、スタジオぴえろを辞め、フリーとなっていた押井は宮崎駿監督の事務所に“居候”していた。そこに『ルパン三世』の映画企画が持ち込まれ、宮崎が押井を紹介したことから、この企画がスタートすることになる。
 ちなみに、押井ルパンのスタートを報じる同誌の特集タイトルは「世紀末の現代に押井ルパンの盗むものは何なのか?」。このタイトルは押井が、宮崎が『カリオストロの城』に隠した問題意識を受け継ぎつつ、押井がこの作品で自分なりの回答を出そうとしていることをにおわせているタイトルとなっている。

 では、宮崎の問題意識とは何か。
 それは一言で言うと、時代とルパン三世の関係に関するものだ。宮崎は、ルパンというキャラクターが魅力的に見えたのは、高度成長の最中のように、世の中には簡単に買うことできない珍しいもの・すごいもの(=お宝)がまだある、といった夢やロマンが共有されている時代だったから、だと考えている。
 だが、日本社会が豊かになり、なんでも金を出せば買える時代になった時、「お宝」という夢は成立せず、泥棒というキャラクターは成り立たなくなってしまう。だから『カリオストロの城』において宮崎は、ルパンをもはや時代の先端とは無縁な中年として描き、少女の心を盗むという、古典的冒険活劇の世界へと回帰したのである。
 そして、このような問題意識を受け継いだ押井は、ルパンになにを盗ませようとしたのか。押井はそこで実に押井らしいものを盗ませようと考えた。それは「虚構」である。

 この企画の内容と顛末についてはムック「THEルパン三世FILES」(キネマ旬報社)の押井インタビューで詳しく触れられている。以下それを要約する形で、内容を大まかに説明しよう。
 物語を牽引するマクガフィンとなるのは。「天使の化石」。これは言ってしまえば虚構の象徴である。この化石は世界各地を転々とした後、ある建築家が東京に建設した塔の上に収められているという。これがルパンのターゲットとなる。
 ルパン三世が「天使の化石」を追い求める一方で、不二子は別働隊として、天使の化石の来歴――アフリカで発見され、ナチスに奪われ、イスラエルを経て、日本にある――を調査する役回りを演じる。
 このようなストーリーを想定した上で、押井が考えていたのは「全部が虚構で全部がどんでん返しで確かなものなんか何もないという話」(前掲書)。
 だから、虚構のマクガフィン「天使の化石」は、実はプルトニウム(それは核の抑止力を伴う冷戦構造という現実の象徴でもある)だったという展開になり、しかもそれにルパン三世が触れると東京が吹っ飛んでしまう、という方向に物語はすすみ、さらにその原爆そのものもフェイクであった、というオチがつく予定だったという。

 どうしてここまで虚構を重ねていくのか。
 「全部がフェイク。だからルパンだけが現実であり得るわけがない。ルパンもフェイクであると。最終的にルパンなんてどこにもいなかったという話にしようと思っていたんです」
 ルパンは変装の名人。そこに目をつけた押井は、変装というギミックを使って、観客の目の前にいるルパン自身もまた虚構であるという映画を作ろうとしていたのだ。
 「全て事件が終わった段階で次元と五右衛門が撤退するわけです。その時、ルパンはいなくなっていて、ルパンはどこへ行ったんだ、という話を目論んだんです。(略)もしかしたらルパンは最初からいなかったんじゃないか、ということの結論が得られれば、最終的にルパンにとどめを刺せると思ったんです。宮さんが僕に期待した役割はまず間違いなくそうだったはずなんです。(略)自分はやりそこなったけど、自分より後の世代であるあんたの手でルパンに引導を渡せ、ということだったと僕は理解している」

 『ビューティフル・ドリーマー』で手応えを感じ、曰く「イケイケの状態」で自分の世界を追求しようとしていた押井だが、この企画は見事に頓挫する。初稿を読んだ段階で、もっと誰もが楽しめるエンターテインメントを想定した関係者から「何がなんだかさっぱりわからない」という意見が出て、押井ルパンの企画は流れることになったのだ。押井自身も、自分自身の企画を通す力の弱さを反省しているし、やりたいことを詰め込んだからやっているうちにどこかで“破裂”してうまくいかなかったかもしれない、とも回想している。
 ちなみにこの時、押井ルパンの空いた穴を埋めるべく急遽制作されたのが劇場版第3作に当たる『バビロンの黄金伝説』(監督・鈴木清順、吉田しげつぐ)になる。

 この押井ルパンが制作されていたら、後の歴史にはどういう影響を与えただろうか。
 もし押井のもくろみが成功したとすれば、ルパンというキャラクターは、現在のような「毎年恒例、夏のルパンスペシャル」といった“定番”の形で生き延びることは難しかったかもしれない。
 もっとも、そういう“致命的”なことがあっても、企画仕切直しであっさり生き延びてしまうのがキャラクターの強さでもあるので、案外、押井の仕掛けた「ルパン暗殺」は不発に終わったかもしれない。このあたりは予測不能な領域ではある。
 とはいえ、ここにおもしろい問題が潜んでいるのも確か。
 たとえば、宮崎が『ルパン三世[新]』最終回「さらば愛しきルパンよ」で、偽物のルパンと、正義の人銭形に扮した本物のルパンを描いていること。
 あるいはこの後、押井が返り咲くきっかけとなる『機動警察パトレイバー』において、キャラクター性を持つロボットについて、押井が最後まで抵抗したこと。
 これらの事象から押井ルパンへと補助線を引くと、アニメとキャラクター性の関係を、映画とキャラクター性の関係について思考を深めるひとつのきっかけにはなりそうだ。

 一方、押井のフィルモグラフィーを振り返ってみると、もし押井ルパンが成立していたら、少なくとも『天使のたまご』と『機動警察パトレイバー[劇場版]』は存在しなかったといえる。
 冒頭に紹介した「映画監督の未映像化プロジェクト」には、スタンリー・キューブリックが「ナポレオン」の映画化を熱望しながらもそれを果たせなかったというエピソードが紹介されている。では、その情熱はどこへ向かったか、それは、ナポレオンよりも一時代前を舞台にした時代劇「バリー・リンドン」へと結実したのである。
 押井の場合も同様だ。孵化しなかった押井ルパンのアイデアは、その後の様々な作品に転生・再生しているのである。
 まず代表的なものは、『天使のたまご』。アートディレクションとして天野嘉孝(現・喜孝)が引き続き参加していることからも、ルパンからの継続は明確だ。
 「その後で作った『天使のたまご』(85)に、そういうものが全部流れ込んじゃったということはありますね。“天使の化石”を持ち込んで、成立しなかった僕のルパンの復讐戦だったんです」
 それだけではない。
 押井の発言によると、「物語の冒頭で鍵を握る建築家が、自分の建設した塔から身を投げる」「ルパンたちと別行動する不二子が、天使の化石の真実を明らかにする」「塔を登っていくというクライマックス」といったアイデアは『機動警察パトレイバー[劇場版]』で活用され、虚構の中で東京を壊滅させるというプランは『機動警察パトレイバー2 the Movie』に受け継がれた。主人公が不確定という要素は『GHOST IN THE SHELL[攻殻機動隊]』で使われているという。

 果たして押井ルパンが作られたほうがよかったのか、それとも『天使のたまご』『機動警察パトレイバー[劇場版]』のある現在のほうが幸せなのか、判断は難しい。
 とはいえ、押井ルパンのような挑発的な映画を作ってしまったとしたら、やはり『天使のたまご』の時のように、仕事が激減したことだけは間違いないことのように思う。
 そういう意味では、押井は押井として作るべき映画を作るべきタイミングで作り、結果として歩くべき道を歩いて、現在に至っているだけなのかもしれない。

 次回はもうひとつの幻の映画『G.R.M.』を取り上げる。こちらは制作されていれば間違いなくエポックメイキングな作品となったであろう超大作だ。


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●関連サイト
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公式サイト
http://sky.crawlers.jp/

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(08.08.25)

 
 
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