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■押井マニア
知ったかぶり講座!
 

『スカイ・クロラ』公開記念
押井マニア、知ったかぶり講座!

藤津亮太  

第6回 『機動警察パトレイバー2 the Movie』というか、レイアウトの話

 前回で「鳥・魚・犬」の話を書いた。
 で、今回は実写映画の話をしようと思っていたのだけれど、予定を変更して、『機動警察パトレイバー2 the Movie』とレイアウトの話をすることにする。

 第4回でも紹介したり、押井守監督は『天使のたまご』の制作を通じてレイアウトの重要性に気づいた。その後『機動警察パトレイバー[劇場版]』で映画作りの中心にレイアウトを置く方法に挑戦し、『機動警察パトレイバー2 the Movie』でそのシステムは一つの到達点に達する。
 『GHOST IN THE SELL[攻殻機動隊]』は、この完成したシステムに則って制作された映画であり、その後もこのレイアウト・システムは押井流映画術の中心にありつづけている。
 たとえば近年の押井はレイアウトチェックまで自ら手がけ、実際のフィルム制作は信頼できる演出(『パトレイバー2』『INNOCENCE』で演出をつとめたのはタツノコ四天王の1人、西久保利彦だ)に任せるスタイルを採用している。これはレイアウトをコントロールしさえすれば、自らの意図がフィルムに反映できると考えているからに違いない。

 ここでレイアウトとはどんなものか、をまず確認しておこう。
 まずレイアウトにはなにが描かれているか。
 レイアウトには背景の絵とそこで芝居をするキャラクターが描かれている。
 描くのは原画マンが多いが、『パトレイバー2』などでは「レイアウト」を専門の役職として設け、担当スタッフが集中的にレイアウトを描く方法を採用している。
 このレイアウトは美術スタッフにわたされ、背景用の原図(背景原図)として使われ、背景が描かれる。またレイアウトのコピーが原画スタッフに渡され、このレイアウトをもとに原画が描かれる。
 こうして完成した背景と、動画・仕上を経たキャラクターが組み合わされ、撮影されてアニメの画面ができあがる。
 もちろん撮影段階で加えられる効果などもあるけれど、フレームの中に「なにがどのように写っているか」というかなりの部分が、レイアウトの段階で決定されてしまうのは間違いない。
 レイアウトがアニメ制作において重要な工程か、伝わっただろうか。

 では次は、その「なにがどのように写っているか」をコントロールすると、何を獲得できるのか、について。

 レイアウトで獲得できるものはふたつある。
 ひとつは、画面のもつ存在感、リアリティ。
 作品の内容にもよるが、一定以上のリアリティの要求される作品では、あたかも観客が劇中の空間に立ち会っているかのような、もっともらしさが要求される。そうでないと作品世界が「書き割り」に見えてしまう。そのためには、レイアウトの段階で、空間を感じさせる背景がちゃんと描かれる必要がある。
 どういうレンズで、どういうアングルで撮影しているか、という実写映画的発想がベースになるのは、この「空間を実感させる必要性」を突き詰めていった結果生まれたものだ。
 そして、そうしたカメラのレンズを意識した上で、絵の上での嘘を混ぜる。そうすることで、手描きのアニメでしか出すことのできない実感が生まれる。
 たとえばこんな発言から、押井がレイアウトに求めていることがわかる。
 「黄瀬(※)のレイアウトっていうのは、遠景と中景と近景でパースが違うんです。多分あれは、理屈じゃなくて、あいつの感覚なんだけどね。そうしないと、街角に立っているという臨場感が表現できないんでね。遠近法上間違ってない街角を描いても、そこに立っているという意識が出てこない。(略)人間の感覚だと、手前のものが全部伸びるはずなんですよ。手前の空間が、より濃厚に意識されるから。だから、中景から向こう側っていうのは、レンズが違う世界になるんです。その感覚を再現するのがレイアウトのポイントなんだよ」

 このような臨場感の獲得は「なにがどう写っているか」の「どう写っているか」に属する問題だ。
 もうひとつレイアウトで獲得できるのは「なにが写っているか」のほう。
 アニメというのは、「意図をもって描かなくてはなにも存在しない」メディアである。それはつまりストーリーに必要なものを描いただけでは、そのストーリーの表面的な事象しか表現できないということでもある。
 ストーリーに奥行きを与えたり、深めたり、時に裏切ったりするような映像的な仕掛けは、意図的に画面に付加してやらないと生まれないのだ。そうした仕掛けがあることで作品は豊かになり、解釈の多様性を獲得していく。
 そうした映像としての仕掛けをほどこすことができるのも、レイアウトという工程の役割だ。押井は、こちらの機能も非常に重視している。
 「カットの狙いと、その実現の為のレイアウトの仕掛けは、勿論映画を見ている瞬間にその全てが伝わるものでもなく、また伝えられるものでもありません。しかし、カットの情報量というものは総体として確実に見る者に伝わるものであり、翻って細部に舞い戻った時に確かにそこに存在するものでなければなりません。そしてまた、見られることで、映画が結果的に生み出すことになる予定外の意味をより多く獲得する為にも、カットは明確な意図を持ち、(敢えて言えば)過剰に意味づけられていなければなりません。現実を被写体とする実写作品は〈偶然〉によってこれらの情報を準備することが出来ますが、描かれたものしか撮影できず、また意図したものしか描けないアニメにあっては、演出家の過剰な意図がカット内に準備されない限り、作品がその制作意図を越えた〈映画〉に変容することはありません。そしてアニメのレイアウト作業とは意図的にその種の仕掛けを施す絶好の機会でもあり、そのための優れたシステムでもあるのです」

 前回の「鳥・魚・犬」に続いて、今回レイアウトを取り上げようと思ったのは、実はここに理由がある。
 「鳥・魚・犬」を“意味ありげ”に作中にちりばめてきた押井にとって、解釈の多様性をもたらすノイズをいかに画面内に配置するかは大きな意味を持っていた。レイアウトとは、そういう「過剰な意味づけ」を持つ仕掛けを意図的に仕込むために非常に便利なシステムでもあったのだ。
 その部分を意識しながら『パトレイバー2』の中に「鳥・魚・犬」がどのようにちりばめられているかを確認して見るのも楽しいだろう。

 以上、押井が獲得したレイアウト・システムの意味と効用を手短にまとめてみた。
 そしてここに書いたことは、押井作品だけでなく、さまざまな作品のレイアウトにも通底する部分も多いし、『アルプスの少女ハイジ』で高畑勲・宮崎駿コンビが確立したレイアウト・システムが何を目指していたのかという部分とも密接に結びついている。
 でも、それはまたの機会に。
 では、次回は押井の実写映画について説明したいと思う。

※引用は『アニメスタイル第2号』(BSS)、『METHODS 押井守・「パトレイバー2」演出ノート』(角川書店)

※黄瀬とはいうまでもなく『機動警察パトレイバー[劇場版]』『機動警察パトレイバー2 the Movie』の作画監督である黄瀬和哉


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●関連サイト
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公式サイト
http://sky.crawlers.jp/

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(08.08.11)

 
 
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