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第1回
「タイム・トリップ 1963」(鉄腕アトム Complete BOX1)
小中千昭(脚本家)   

 ウィリアム・バロウズの「ソフト・マシーン」、或いはリチャード・マシスンの「ある日どこかで」で紹介されているタイム・トリップの方法は存外簡単なものである。
 自分が行きたいと思う時代の骨董品や新聞などに囲まれて、念じればいい。
 しかし、より現代的な、もっと簡便に意識をタイム・トリップさせる方法を私は発見した。過去の映像作品にひたすら没頭するのだ。「鉄腕アトム」のDVDを見続けている内に、私の意識は確実に1960年代に飛んでいた事を確かに自覚した。
 今回「手塚治虫アニメワールド」としてソフト化された、ファースト・アトムの目玉の一つは、伝説的な「ミドロが沼の巻」が、音声付きできちんと収録された事である。放送34話目となるこのエピソードは、虫プロが初めて外注制作させたものであり、それを受けたのが、旧トキワ荘メンバーからなるスタジオゼロだった。コンテが石森章太郎と鈴木伸一、作画には藤子不二雄の二人に石森、つのだじろう等という豪華どころではない布陣。しかし伝説となったのはここから先。鈴木伸一を除くと、アニメなど初めて手がける漫画家達の作り出したフィルムは、あまりに個性が強くて、手塚治虫はこのエピソードをネガごと廃棄してしまい、二度と見られまいと思われていたからだった。
 数年前にアメリカの倉庫で海外版フィルムが発見され、日本版のシネテープだけは残存してた為、遂に幻の「ミドロが沼の巻」が見られる様になったと聞き、私は見たくてたまらなかった。
 私が「ミドロが沼」に個人的な思い入れがあるのはしかし、このエピソードが幻であったとか、後の漫画巨人達が携わっていたという事とは関係無かったのである。
 私の幼少時、親に買って貰った「鉄腕アトム」の紙芝居があって、弟と繰り返し“演じて”いたのが「ミドロが沼」の物語だったのだ。
 当時は当然家庭用ビデオなど存在しておらず、テレビ漫画を“再生”したい子どもに対し、絵本か紙芝居がその役割を担っていた。
 トカゲみたいなのが出てきたなぁというくらいの記憶しか無かったが、私にとって「鉄腕アトム」の代表的なエピソードと言えば、繰り返し“再生”した「ミドロが沼」だったのだ。
 40年ぶりに再会した「ミドロが沼」は、見始めた最初は「ああ、このカットはどう見ても安孫子氏の絵だ」といった、マニアな大人の観点だったが、怪異が起こる沼の水を汲み上げるポンプ車群のカットで「これこれこれ!」となり、トカゲ人が繰り出す巨大ロボットが現れた時には、冒頭で書いた通り、まさにタイム・トリップ感覚的意識変容を自覚したのだった。
 続く「人間牧場の巻」は、「アトム」ではない手塚の短編が原作となっている作品で、ランダムに選ばれた年齢も職業も異なる者達が、いきなり現れたアトムに「ここは地球そっくりな人間牧場だ。あなたたたちを地球へ連れて帰る」と言い出される、極めてトリッキーな物語にすっかり惹き込まれてしまった。どう聞いても今と全く変わらない藤岡琢也が声の出演をしているのも面白かった。
 アトムが操縦するロケットを、エイリアンの爆弾ロケットが追撃するシーンでは、どういう訳か牧歌的でサイケなサウンドの音楽が流れるというシュールな演出が度肝を抜く。
 しかし、ここで挙げた二つのエピソードのみならず、どんなにハードな物語が展開していようと、必ずや(幼児が喜ぶ様な)スラップスティックなギャグが、相当の分量で配されているのが、手塚アニメのスタイルでもあった。
 そう、つまりはヒョウタンツギなのである。
 私は“手塚生まれの円谷育ち”(水玉螢之丞さんによる表現)であり、ファースト・アトムはまさにインプリンティング対象であった。しかし、時を経て再見してみると、それは記憶と相違ないものではあったが、それでも初見のわくわくする様な面白さをも感じさせてくれるのだ。
 日本のアニメのオリジンであり、紛う事なき天才・手塚治虫の代表作ではあるが、神格化させる必要は無いのだと思う。TVアニメの話法は、その誕生時に於いて既に完成されている。しかし、絶対に今、そしてこれから先にも見ることの出来ない質の面白さがある。

●商品情報
「鉄腕アトム Complete BOX1」
価格:19950円(税込)
仕様:モノクロ/18枚組(1〜93話収録)
発売元:コロムビアミュージックエンタテインメント
好評発売中
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