アニメ様365日[小黒祐一郎]

第391回 『エスパー魔美』

 『エスパー魔美』は、藤子・F・不二雄の同名マンガを原作としたTVシリーズだ。制作プロダクションはシンエイ動画で、チーフディレクターは、これが初監督となる原恵一。放映期間は、1987年4月7日から1989年10月26日。話数は全119話+スペシャル1話の計120話。27話までは1時間番組「藤子不二雄ワイド」内で放映されている。
 後述するように、派手さを抑えた、地に足がついた作りの作品だった。僕のアニメ史観では『きまぐれオレンジ☆ロード』と共に「1980年代の生活感を重視したアニメ」の最後の作品という位置づけになっている。最後の作品がふたつあるのは、両作品の放映が、ほぼ同時に始まっているためだ。1989年4月に放映枠が移動し、毎週木曜19時半の放映となった。木曜19時半と言えば、テレビ東京系で『ミスター味っ子』をやっていた。感心するくらい渋い藤子アニメが、信じられないくらい演出が派手な料理アニメの裏番組になったのだ。その表裏のギャップは、凄まじいものだった。
 この作品については、以前に「アニメ様の七転八倒」で書いている。今書いても、それ以上に突っこんだ原稿は書けそうもない。傑作エピソードや、作品の概略については「アニメ様の七転八倒」の原稿を読んでいただきたい。


「アニメ様の七転八倒」


 今回は、個人的な思い出について書く。同世代のマンガファンには、同じ様な人間が少なくないと思うが、僕は原作『エスパー魔美』にかなり思い入れがあった。SF短編シリーズをのぞけば、藤子・F・不二雄で一番好きな作品だ。原作が雑誌「マンガくん」で始まった時から、連載で追いかけていた。リアルタッチの超能力SFものとしてよくできていたし、個々のエピソードも面白かった。魔美のヌードにもドキドキしたし、思春期らしい雰囲気も気に入っていた。連載がスタートしたのが1976年末だそうだ。当時、僕は小学6年生。自分に身近な世界の物語として、原作を読んでいた記憶がある。
 マンガ全集「藤子不二雄ランド」の刊行中に、同全集のCMがTVで放映されていた。藤子作品のオールキャラが登場するもので、魔美も登場。なかなか目立っていた。自分が知る限り、魔美がアニメキャラクターになったのは、これが最初だ。僕はアニワルで、このCMを取り上げた事がある。魔美が出ているのが嬉しかったのが、取り上げたきっかけだった(TVアニメではなくCMなので、本来的にはアニワルの守備範囲外だった)。僕には、『エスパー魔美』は藤子作品の中でマイナーなタイトルだという意識があった。だから、たとえCMでもアニメになったのが嬉しかった。
 その後、TVシリーズがスタートした。CMでも喜んだくらいだから、TVアニメになったのは嬉しかった。第286回「原恵一の『ドラえもん』」でも触れたように、僕は、新進気鋭の演出家である原恵一に注目していた。当然、彼の初監督作品としても期待した。
 アニメ版『エスパー魔美』は、基本的には原作を重視した映像化だったが、その語り口と演出が驚くほど渋かった。派手さを抑えて、現実味を強調していた。「地に足がついた藤子アニメ」だった。そのテイストは、他のシンエイ動画が作った藤子アニメとも違っていたし、『ドラえもん』での原恵一演出とも違っていた。
 僕の感覚としては、原作よりもちょっと硬い作品になっていた。ストーリーも演出も硬かった。最初は原作との微妙な違いに違和感を感じていたけれど、すぐに慣れた。原作と同じものだと思えたわけではないけれど、似て非なるものとして楽しんだ。硬さはずっと感じていたが、その硬さが嫌ではなかった。むしろ、そのちょっと硬いところが、アニメ版『エスパー魔美』の魅力であったと思う。アニメ版の地に足がついた作りや硬さが、ジュブナイル小説のような、かつてのNHKの少年ドラマシリーズのような、そんな味わいを生んでいた。あるいは「アニメ様の七転八倒」で紹介した「最終バスジャック」のような、社会派のドラマに繋がっていた。
 『エスパー魔美』は各話のストーリーに光るものがあった。傑作が次々と生まれた。「こんな話をアニメでやるのか!」と驚いた事が何度もあった。原恵一の代表作であるのと同時に、シリーズ構成を務めた桶谷顕の代表作でもある。作り手が生真面目に作品に向かっている感じが心地よかった。TVアニメが力を失いかけていた時期ではあるけれど、こういったが作品があるのなら、まだまだTVアニメも大丈夫だ。大袈裟ではなく、そんなふうに思える作品だった。

第392回へつづく

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(10.06.21)