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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第88回 『エスパー魔美』再見 「サマードッグ」

 18話「サマードッグ」は原恵一監督が絵コンテを担当したエピソード。自然に囲まれた別荘地を舞台にした話で、これも力の入った作品だった。「サマードッグ」の仕上がりを見た桶谷さんが、原さんがそういった舞台を好むようだと感じ、同じ自然の中を舞台にした「たんぽぽのコーヒー」を書いたという事らしい。
 「サマードッグ」は原作の中でも、重たい話だ。サブタイトルになっているサマードッグとは、夏の間に別荘地等で飼われていた犬が、飼い主が街に帰る時に捨てられ、野犬になる事。群れをなした野犬達が家畜を襲うのだ。魔美親子のいる別荘地に、高畑が遊びにやってきた。そこで、2人はサマードッグの事件に遭遇する。この別荘地の野犬達は凶暴で、人間をも襲うようになっていた。魔美達が出逢った伸一という少年の家族も、一昨年、チビという犬を飼っていたが、その別荘地にチビを残して東京へ帰ってしまった。伸一は、2年ぶりにやってきた別荘地で、チビを探していたが、見つからない。魔美達にサマードッグの事と、その群れの中にチビらしい犬がいる事を聞いた伸一は、チビを探すために山に入っていく。そして、魔美と高畑は、伸一を連れ戻すために山へと向かうのだった(この辺りの展開も「たんぽぽのコーヒー」は引き継いでいる)。
 魔美達は野犬に襲われ、危機一髪となるが、野犬のリーダーになっていたチビが伸一の事を覚えており、彼らは助かる。伸一はチビとの再会を果たすが、チビは伸一の元には戻らず、仲間の犬と共に山の中に消えていった。その後、大規模な山狩りが行われ、チビを含めた野犬達がほぼ全滅した事が新聞で報じられる。新聞が別荘に届いた時、魔美は別荘の部屋で寝込んでいた。野犬達に襲われた際に、怪我人を助けるために超能力で自分の血を与えており、極度の貧血になっていたのだ。魔美が犬達の事を心配している事を知った高畑は、彼女が野犬狩りの事を知る事がないように、新聞を焼くのだった。
 苦い結末だが、それも含めてこの話は原作に沿って作られている。原作を改変した部分はほとんどないが、付け加えられたものはある。別荘地で暮らす現地の人達の描写だ。ひとつは冒頭で、高畑が魔美のいる別荘地に向かうシーンだ。たまたま同じバスに乗り合わせていた老婆が、高畑にトウモロコシを勧める。自分の家の畑で収穫したものなのだろう。高畑がトウモロコシを食べると、次にタバコを取りだして、高畑にタバコを勧める。高畑が断ると、老婆はうなずいて、1人でタバコを吸い始める。タバコを一息吸って、高畑の方に向かって微笑む。旅先での見知らぬ人との出逢いを丁寧に描いているわけだ。ラストシーンで、高畑は老婆からもらったトウモロコシでコーンスープを作り、身体を休めている魔美に飲ませる事になる。もうひとつが終盤での、村の駐在と医師のやりとりだ。友達同士であるらしい2人はお茶を飲みながら、野犬狩りで死んだ犬達が哀れだと言う。駐在は釣りに行かないかと提案するが、医師は今日は殺生はやめておこうと言う。喪に服すと言うと大袈裟だが、犬達が死んだ日に、釣りで殺生を増やす事はないと考えたのだろう。
 このふたつのシーンが付け加えられている事は重要だ。飼い犬達が凶暴な野犬になったのは、人間が彼らを捨てたからだ。自分の都合で飼い、捨て、殺すとは、人間とはなんて勝手な存在なのだろうか。劇中で台詞等で言っているわけではないが、それがこの話のテーマだろう。人間が勝手なのは否定できない事だが、魔美は身体の具合が悪いのに犬達の事を気遣い、駐在と医師は彼らを哀れに思い、好きな釣りを我慢した。見知らぬ旅の少年にトウモロコシを与える老婆もいる。そして、そのトウモロコシが魔美の身体を温めた。人間にも少しはいいところがある。この描写は、そういった事を表現している。原作を改変したのではなく、原作どおりにドラマを進めて、さらに別の視点を加えたのだ。
 ラストシーンにも、ちょっとした描写が加えられている。魔美が休んでいる部屋に風が吹き込み、ゆっくりとカーテンが揺れている。窓の外では魔美の愛犬のコンポコがトンボと戯れている。高畑は笑みを浮かべて、それを見るのだった。老婆のトウモロコシ、駐在と医師のやりとり、爽やかな夏の日の描写。それらのため、ラストは原作ほどは重くなっていない。過剰にドラマチックにせず、穏やかな日常に物語を着地させる。日常性を重視して作られていた、アニメ『魔美』らしいまとめ方だ。
 もうひとつの原監督の代表作、96話「俺たちTONBI」も紹介しておこう。これは唯一、彼が脚本も担当した話。オリジナルのエピソードである。受験を控えた高校生の4人組が、自分達が作った人力飛行機のTONBI号を飛ばそうとしていた。テスト飛行を繰り返すが、TONBI号はなかなか飛び立たない。だが、紅一点の宮田は、親の都合でもうすぐ引っ越ししてしまう。宮田と、TONBI号のパイロットである杉野は互いに好意を持っているが、2人ともその気持ちを相手に伝えていない。偶然、杉野達と知り合った魔美と高畑は、彼らを応援する。魔美は超能力でTONBI号を飛ばそうかと思うが、高畑はそれを止める。彼らの力で飛ばなくては意味がないのだ。果たしてTONBI号は飛び立つのか、そして2人の関係は?
 4人組の和気藹々とした様子、人力飛行機に賭ける想いが衒いなく描かれている。直球ストレートの青春ものである。宮田がいる間にTONBI号を飛ばす最後のチャンスで、魔美は超能力を使わず、4人組は自力で飛行を成功させる。原監督はそこで話を終わらせず、その後にもうひとつクライマックスを用意した。魔美の超能力はそこで使われるわけだ。
 原監督にとっても『魔美』は思い入れのある作品なのだが、本放送以来、観返す機会がなかった。そのため、彼自身も今回のDVD-BOX化を喜んでおり、サンプルをもらってすぐに1話から観返したそうだ。アニメスタイルイベントで上映した1話「エスパーは誰!」と54話「たんぽぽのコーヒー」は、DVD-BOXの上巻に収録されているエピソードであり、イベントの段階で、すでに原監督は観返していた。だが、「俺たちTONBI」が収録されるDVD-BOX下巻はまだ制作中であり、原監督はイベント会場で、このエピソードを約20年振りに観る事になった。DVD-BOX解説書の取材で、彼は「俺たちTONBI」を観返したら、恥ずかしくて身悶えするのではないかと言っていた。さすがに会場で身悶えはしなかったが、照れくさそうにしていたのが印象的だ。自分で照れくさくなるほど、思い入れして作ったのだろう。

■第89回に続く


[DVD情報]
「エスパー魔美」DVD-BOX下巻〈期間限定生産〉
価格/60900円(税込)
発売日/12月8日
発売元/シンエイ動画、フロンティアワークス
販売元/ジェネオン エンタテインメント
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(06.12.06)

 
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編集・著作:スタジオ雄  協力: スタイル
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