アニメ様365日[小黒祐一郎]

第286回 原恵一の『ドラえもん』

 1985年のOVAについての話題は前回で一段落。今回から少しだけ、同年のTV作品の話題に戻る。その頃、僕は原恵一に注目していた。後に『エスパー魔美』『クレヨンしんちゃん』『河童のクゥと夏休み』などを手がける彼は、デビューしたばかりの若手演出家であり、『ドラえもん』で傑作を連発していた。
 彼の担当話数は素晴らしい出来だった。少し先の話になるが、僕が「アニメージュ」で仕事を始めて、最初に取材に行ったのが原恵一だった。もちろん、自分で「この人を取り上げたい」と企画を出して、やった記事だ。1987年2月号(vol.104)の「TVアニメーションワールド」内のコラム記事である。短いものなので、以下に全文引用しよう。基本的には、今と原稿の書き方が変わってない。読み返して苦笑いしてしまった。


独特の映像センスとハチャメチャギャグ
傑作続出の原恵一さんに注目!

 『ドラえもん』を熱心に見ているファンなら気づいているだろう。'84の秋くらいから、次々と毛色が変わった快作が生み出されていることを。「ドッキリビデオ」「地球下車マシン」「ドラマチックガス」「強いイシ」などなど。そのほとんどが原恵一さんの手によるものだ。
 原さんは、『オバQ』の絵コンテを数本担当した以外、演出として参加した作品が『ドラ』のみという、藤子アニメの専属演出家だ。『ドラ』を知り尽してしているというのは強い。なにげないセリフや仕草が味のあるギャグになる。
 そして、原さんの作品を傑作たらしめているのが、奇抜な画面構成とハッタリとさえいえる大胆さだ。『ドラ』の画面に奥行きを与え、パースをつけ、アオリ、フカン、斜めと、様々なアングルを駆使する。良くも悪くも印象に残る場面が多い。説明の難しい道具も画面構成の上手さで納得させる。そして何より凄いのは、どんな奇をてらったことをやっても、藤子作品のワクからはみ出さないということ。しかし、原さんは謙虚に語った。
「やっぱ、子どものもんじゃなきゃいけないですよね。変なヤマッ気出したり、変なおとなびたカットになったりするとはずしちゃうんですよね」
 子どもの反応が気になるという原さん。ちなみにおすきなアニメは『サザエさん』だそうだ。


 これは原恵一にとっても、初めて受けた取材だった。近作『河童のクゥと夏休み』では派手さを抑えた演出をしている彼だが、『ドラえもん』ではケレンのかたまりのような仕事をしていた。原稿では「藤子作品のワクからはみ出さない」と書いているが、実際には「藤子アニメでこんな事をやっちゃうんだ!」と驚きながら観ていた。記事で原自身の発言が少ないのは、彼が自分の仕事について、あまり肯定的な発言をしなかったからだ。取材した時すでに、過剰な演出について反省しているニュアンスがあった(記事にはしなかったが、取材で彼は、周囲から「やりすぎだ」と言われていたと語っていた)。
 原稿でタイトルが出ているエピソードが、僕のお気に入りだった。「ドラマチックガス」はひみつ道具のために、のび太の周囲がどんどんドラマチックになる話で、どんどんエスカレートしていくのを、悪ノリ演出で描いた傑作。「地球下車マシン」は自転する地球の動きから、のび太が「下りてしまう」という話。このエピソードは久しく観ていないが、SFマインドたっぷりの画作りが素晴らしかったと記憶している。
 基本的に原恵一の『ドラえもん』はリアルタッチだった。構図も凝っていたが、それだけではない。「強いイシ」だったと思うが、雨が降り出す場面があった。屋根にポツリポツリと降り始めた雨の跡が残るのだが、それがアニメで観た事がないくらいリアルだったと記憶している。また、彼の演出は、個々の描写も気が効いていた。上の原稿でも触れているが、芝居のつけ方もよかった。絵コンテだけでなく、作画打ち合わせや原画チェックも念入りにやっていたのだろう。描写の巧さと作り込んでいく感じに、同世代の演出家である佐藤順一に近いものを感じていた。
 1984年の大晦日に放映されたものだったと思うが、年末の藤子アニメ特番で、のび太とドラえもんが登場する新作パートが間に挿入された。簡単なマンザイのようなものだが、これが非常によくできていた。観ているだけで楽しくなるような仕上がりだった。「アニメージュ」で原恵一の取材に行った時に「あの大晦日特番の新作パートは、原さんの演出じゃないですか?」と聞いたら、やはり、彼の仕事だった。それについて聞いた時、あんまりにも細かいところをチェックしてるアニメージュの記者(僕の事だ)を、原恵一はちょっと気持ち悪がっていた。
 取材したのが1986年の12月。翌年の春から、彼がシリーズディレクターを務めた『エスパー魔美』が始まる。

第287回へつづく

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(10.01.15)