『キャシャーンSins』を戦い終えて……
山内重保・馬越嘉彦インタビュー(1)テーマは「哀愁」と「憂い」

 竜の子プロダクションが生んだヒーローアニメの名作『新造人間 キャシャーン』を、山内重保監督×マッドハウスという意外な布陣で復活させたTVシリーズ『キャシャーンSins』。これまでOVA、実写映画とリメイクを重ねてきた人気タイトルを、山内監督は独自の作風で染め上げ、物悲しくも美しい異貌の傑作を生み出した。「滅び」が蔓延する絶望的世界を旅する中で、記憶を失った主人公キャシャーンは己の生まれた意味と忌まわしい過去を問い続ける。胸をえぐるハードな展開、過度な説明を廃したミステリアスな語り口、ダークなパッション迸る映像美は、TVアニメとは思えない緊張感で視聴者を圧倒した。また、山内監督とは『も〜っと! おジャ魔女どれみ カエル石のひみつ』『甲虫王者ムシキング 森の民の伝説』などの作品で組んできた、トップアニメーター馬越嘉彦によるビジュアルも斬新かつ魅力的。シンプルな描線に美麗さと生々しさを兼ね備えたキャラクターデザイン、そして全24話を通じて全くテンションの落ちない見事なアクション作画で、観る者に強烈なインパクトをもたらした。アニメスタイル編集部は、過酷なスケジュールとの戦いだったという制作を終えたばかりの山内監督と、総作画監督として獅子奮迅の活躍を見せた馬越嘉彦のおふたりに、たっぷりとお話をうかがってきた。

●PROFILE
山内重保(Yamauchi Shigeyasu)

アニメーション監督、演出家。1953年4月10日生まれ。北海道出身。血液型O型。葦プロダクション、東映動画(現・東映アニメーション)を経て、現在はフリー。TV『聖闘士星矢』等の演出を手がけた後、劇場『聖闘士星矢 神々の熱き戦い』で監督デビュー。以降、TVシリーズ『まじかる★タルるートくん』『花より男子』『おジャ魔女どれみ♯』『甲虫王者ムシキング 森の民の伝説』、劇場『デジモンアドベンチャー02 前編 デジモンハリケーン上陸!!/後編 超絶進化!! 黄金のデジメンタル』など、多彩な作品を手がけている。独特の構図、台詞、ストーリーテリング、色彩感覚など、作家性の強い演出スタイルで知られるアニメ界の鬼才である。01年に行われた『も〜っと! おジャ魔女どれみ カエル石のひみつ』のインタビューはこちら

馬越嘉彦(Umakoshi Yoshihiko)

アニメーター、キャラクターデザイナー、作画監督。1968年7月30日生まれ。血液型O型。愛媛県出身。東京アニメーター学院在学中、『北斗の拳2』の羽山淳一の作画に衝撃を受け、ムッシュオニオン・プロダクションに入社。その後、スタジオコクピットへ移籍。日曜朝の少女マンガ原作アニメ三部作『ママレード・ボーイ』『ご近所物語』『花より男子』でキャラクターデザインを手がけ、『おジャ魔女どれみ』シリーズではキャラクターコンセプトデザインを担当。近年の代表作に『十兵衛ちゃん2 ─シベリア柳生の逆襲─』『蟲師』などがある。山内監督とは『花より男子』『ストリートファイター ZERO -THE ANIMATION-』『おジャ魔女どれみ♯』『も〜っと! おジャ魔女どれみ カエル石のひみつ』『甲虫王者ムシキング 森の民の伝説』でキャラクターデザイン・作画監督として組んでいる。03年に行われたインタビューはこちらこちら

2009年4月3日
取材場所/東京・荻窪 マッドハウス
取材/小黒祐一郎、小川びい
構成/岡本敦史

小黒 今回の『キャシャーンSins』は、どのように作っていこうと思われたんですか。
山内 いちばん最初からやりたい事は変わっていないですけどね。小黒さんも企画の初期に参加してたのに、そういう質問をされると困るんだけど(笑)。最初にブライキング・ボスの台詞みたいな感じで、メモを書いたじゃないですか。初めてロボットを作った科学者がいて、最初は小躍りして喜んでいたんだけど、そのあと急にがっくりきて悩んでしまう。なぜかと言ったら、もし自分で考えるロボットができたら、やがて人間を駆逐してしまうだろうと。そう思った時、やってはいけない事だけども、娘の体に──多分、ルナにあたる──人間の体の中にナノマシン的なものを入れてね。本当に未来になれば、ロボットも何もかもがネットワークでつながってやりとりしていると思うんですよ。そんなある時、そのナノマシンが世界に「止まれ」とでも発信したら、世界中の全てが止まっちゃうんじゃないか……。そのコンセプトだけがありました。
小黒 それが、シリーズ終盤で明らかになる「ルナの中にあった死が、全て世界に流れ出した」という部分ですね。
山内 うん。ただ、科学考証的な事はあんまりやりたくなくて、理屈っぽい説明じゃなく、ブライキング・ボスのハードボイルド的な言い方だけで世界を表現していこう、と。本当は科学考証がきちんとあるものも好きなんですよ。ただ、今回はそれを排除して作っていこうと思った。僕のボキャブラリーが足りなかったので、「哀愁」と「憂い」という言葉しか出なかったけど。
小黒 「哀愁」と「憂い」ですか?
山内 そう。人間が感じる形容詞で言うとね。本当はそういうタッチの各話完結ストーリーだけで、シリーズ全部やり通したかったくらい。ロボットの話と言いながら、そうじゃないものにしようというコンセプトは、ある程度は頭の中にあってね。ただ、1人で作るわけじゃないから、小黒さんも含めていろんな人が企画に入ってやっていく中で、どうやってその方向に持っていけるか、というのがスタートでした。
小黒 滅びの話になったのも、「哀愁」と「憂い」がやりたかったから?
山内 いや、どうしてそうなったんだっけね。哀愁とか憂いを表現するために滅びの話にする必要はなくて、どんなシチュエーションでもできるだろうから、それはイコールではないと思います。どのみち、科学者がルナに(ナノマシンを)入れて、それが起動した状態というところからスタートしないと、話が進んでいかなかったと思うんだよね。
小黒 出てくるのはロボットでも描くのは人間の気持ち、というのは『キャシャーン』という題材を貰った時からやろうと決めていた?
山内 うん。真面目な事を言うと、やっぱり『キャシャーン』というのは大きなタイトルでね。本当はオリジナルのまま作るのも好きなんですよ。「キャシャーンがやらねば誰がやる!」って、本当にヒーローものとして──まあ、ヒーローというか孤独な人だけども──バーンとやるのもね。もっと対象年齢を下げて子供向けに作る事もできたけど、今そうやって作るのがいいのかどうか。そうでない作り方をするにはどうしたらいいのか。そうやって考えているうち、かえって周りの方向性を狭めて、今の方向に向けちゃったきらいはあるけどもね。最終的には、観念とか感情とか、殺伐としているとか凶暴であるとか、そっち系の雰囲気で行こうと決めた。あんまり大風呂敷を広げてやらずに、「生と死の狭間の中で生きた人達、生きたロボット達がいた」みたいな感じにしよう、と。そんなにきちっと計算ができていたわけじゃないから、そういう感じで止めておいた方がいいかなと思ったんだよね。
小黒 それが出発点?
山内 うん。
小黒 先に「小黒さん参加してたじゃないですか」と言われてしまったので(苦笑)、そういうモードで訊きます。最初は、第1話をああいう世界観提示みたいなかたちで始めて、シリーズの途中はキャシャーンと追っ手のバトルを『サスケ』みたいにやっていこう、という話もありましたよね。
山内 うん。あの時『サスケ』のタイトルを出したのは、あれって必ずサブのキャラクターが出てくるじゃないですか。どうでもいいサブじゃなくて、その話をちゃんと仕切るキャラクターが。
小黒 しっかりしたドラマを背負ったゲストキャラ、みたいな。
山内 そう。今回の作品もそういう風にしたかった。各話にしか登場しないキャラでも、それはそれでひとかたの人物が出てきて、その話の中で主人公と絡むようにしたい。そういうつもりで言ってました。
小黒 今の完成した全24話のシリーズは、そうやって物語を転がしていくうちに作られたのか、それとも山内さんの中にあるイメージがブレなくまとまった結果なのか、どちらなんですか。
山内 あれはね、第1話を作ってから、ずっとどうしていいのか分かんなくて(笑)。ルナを殺した後、どうケリをつけるかがまず問題だった。
小黒 ここで読者の方に説明すると、先の事はあまり考えず、差し当たって第1話のストーリーを作り始めたんですよね。「キャシャーンがルナを殺して滅びが始まった」というのは、山内さんから出たアイディアでしたっけ。
山内 もう昔の事で忘れちゃった(笑)。小黒さんと僕と、シリーズ構成の小林(靖子)さんとで、自分なりの『キャシャーン』についての考えを、たくさん言い合ったと思うのね。だから3人の考えがごっちゃになってるような気はしてる。
小黒 舞台となる世界に、人間が生き残っていた方がいいのか、いない方がいいのかという議論もありましたよね。
山内 個人的には、いてもいなくても関係ないと思ったけどね。結局ああいう話になったから、ロボットと人間の対比みたいなものを見せるのも正統的なやり方だ、という方向では動いていったけども。
小黒 「滅びが進んでいる」という事に関しても、どのくらい滅んでいるのかが問題でしたね。
山内 最初にブライキング・ボスの台詞として(作品のコンセプトを)書いた時も、僕は滅びが始まってから1000年とか2000年とか時間を進めちゃったのね。あんまり滅んでから長いのはどうだろう、という意見がプロデューサーから出たので、大体300年ぐらいにしたんだけど、具体的な数字は出さない事にした。最初は、ロボット達もあそこまでボロボロに錆びているわけじゃなかった。例えば「腕が壊れたから別の腕を付け直してるんだけど、あまり上手くいってない」みたいな感じ。それが徐々に徐々に進んでいって今の状態になっている、という方向で(世界観についての)大体の結論が出た。2話とか3話の作打ちをする時とかにも、そんな説明をしていた覚えがありますね。
小黒 じゃあ、第1話を作りながらその後の事を考えていた、と。
山内 そうですね(苦笑)。いい加減だなあって言われそうだね。あと、ウマ(馬越)の方でイメージ画をたくさん描いてきてくれたんですよ。あの印象がやっぱり強くて、その世界観に僕の方が引っ張られていったような気がする。
小黒 キャラクター設定が固まる前に、馬越さんが、黒キャシャーンとか女キャシャーンを描いてきたんですよね。
馬越 ああ、そうですね。ありましたね。
山内 キャラクター原案もあったけど、それと別に場面を描いたイメージ集みたいなやつがあったんですよ。こうピシっと立ってるんじゃなくて、まだ肩がこわばってる状態でロボットの上に立ってるキャシャーンとか。あれがもの凄く説得力があった。「ああ、この世界観は嫌いじゃないし、自分も持ってる感覚だし、いいな」と思って。だから第1話の“見せる画”に関しては、あのイメージ画を起こしただけなんです。
小黒 なるほど。馬越さんの画をコンテにしていったような?
山内 そうそう。気づいてたでしょ?
馬越 いやあ……(笑)。
山内 第1話の冒頭で、やっつけた敵の身体の上に着地して立っているところとか。敵ロボットにズボッと腕を突き刺して抜いて、リンゴを助けるところとか。
馬越 ああ、はいはい。
山内 あそこら辺はもうイメージ画ありきですよね。だから楽は楽でしたよ。まあ、横に置きながらコンテを描いたわけじゃないけども。ウマの画を見て、それが僕の頭の中でどう動いていくか。そこが自分にとっての勝負どころだと思って描いてました。

小黒 主要キャラクターの内面にどんどん入っていくストーリーになっていったのは、当初から考えられていた事なんですか。
山内 そういう展開に入っていくのは、15話以降ですよね。それまではやっぱり各話ストーリー形式でやっていかないと、まず世界観が全く説明できない。かといって、例えばブライキング・ボスがいきなり1話分の半パートを使って延々と設定を説明しても意味がない。だから、シリーズの前半を使って世界観を少しずつ見せて、その中で凶暴だったキャシャーンがだんだんと変わっていく過程が見えてくればよかった。インサートで「ルナを殺した」という過去のイメージが繰り返されるのと、それとは逆に、いろんな人と出会いながら殺伐としていたキャシャーンの内面が少しずつ変化していく。その上で──あれもやる必要はないんだけども──途中の14・15話でブライキング・ボスを再登場させて、一応説明として「俺が指令を出した云々」という話を入れた。
小川 山内さんの中でも、ブライキング・ボスがあそこで色々と説明する必要はなかったと思われてるんですか。
山内 必要ないわけじゃなくて、アニメーションというのはなんのためのものなの? という事です。誰かが言ってた事だけど、お話だけ知りたいならシナリオを渡して、それを読むだけでいいと思うんですよ。アニメーションというのはそうじゃなくて、画を観ている人が、その画の中からいろんな事を感じ取るものだから。例えば「優しい」とか「凶暴だ」とか、「カッコイイ」とか「美形だ」とか。説明するにも、できるなら言葉ではなくて、画の中でやっていきたいと思うんです。
小川 なるほど。あの説明は、ひたすら画で世界観を見せていった前半部の補足として入れたに過ぎない、という感じなんですね。
山内 まあ、そんなに複雑な事はやってないと思うし。
小黒 いえいえ(笑)。具体的に制作が始まってからは、どういうところにポイントを置かれて作っていったんですか。
山内 同じですよ。本当は、キャシャーンと関わる人達の物語を各話完結スタイルで続けていって、最終的に(シリーズ全体の)話が終わらなくてもいいなと思ったの。また来年、再来年と作っていって、そのうちにルナが出てきて展開が変わっていけばいい、くらいの方が好みだった。けど、やっぱり終わらせなきゃいけないからね(笑)。最終的には、僕は「キャシャーンが鬼になる」という言い方をしてたんだけど、その方向で終わってもいいかなという流れでやってました。そんなに深いストーリーを作ろうとは思ってないし、やってる事は大した事ないと思うんですよ。本当にやりたかったのは、キャシャーンと色んな人達との出会い。あの各話に出てきた人を主人公にもう13本ずつ作ってもいいくらい、1話しか出てこないけれども、ちゃんとその1話で生きている。キャシャーンはその人とのやりとりの中でから何かを受け取るけども、その人自身の生き方については何も言わない。それと、いちばん最初に言った「哀愁」と「憂い」。そんな感じを出せればいいなと思った。
小川 素晴らしかったです。おそらく1クール13話ならできなくはないんでしょうが、2クール通してジリジリした緊張感を保ちつつ、それこそ言葉にならない何かを伝えようとした骨太なTVシリーズを観たのは本当に久しぶりで、驚きました。
山内 それが売れてるかどうかは別問題ですけど(笑)。

●第2回につづく

●公式サイト

http://casshern-sins.jp/

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辻田邦夫「色彩設計おぼえがき」
第80回 DVD&Blu-Ray発売記念!『キャシャーンSins』色彩設計おぼえがき(その1)

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13〜18話収録/本編142分+特典約3分/カラー/16:9/ステレオ/リニアPCM/2枚組
特典/馬越嘉彦描き下ろしBOX/32Pライナーノーツ「アーカイブ オブ キャシャーン3」
映像特典/ノンクレジットED(13話)、ノンクレジットED(14話〜)

キャシャーンSins Blu-ray&DVD−BOX VOL.4

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19〜24話収録/本編142分+特典約5分/カラー/16:9/ステレオ/リニアPCM/2枚組
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(09.06.15)