アニメ様365日[小黒祐一郎]

第96回 『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』補足

 前回(第95回 『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』)の原稿を読み返して、ちょっと言葉が足りない気がしたので、もう少しだけ書いておく。劇場で『めぐりあい宇宙編』を観た後で、友達と話したのは「あのシーンの作画がよかった」とか「爆発がきれいだった」といった事だった。あるいはセイラの入浴シーンの衝撃について語りあった。ドラマや作り手のメッセージではなくて、そういった画的な魅力や、サービスシーンだけを取り出して、愉しんでいた感覚だった。
 ちょっと話は脇道に入るが、当時、アニメ雑誌「OUT」は『ガンダム』に限らず、いろいろな作品のアニパロ記事を載せていた。また、同人誌即売会ではアニパロ同人誌が花盛りになっていた。そういう時代になっていたのだ。「OUT」が、セイラのヌードイラスト「悩ましのアルテイシア」を掲載して話題になったのが、前々年の1980年の事だった。今のアニメファンが見ても何とも思わないだろうが、当時はアニメヒロインのヌードイラストが、全国区の雑誌に掲載されるのは、ちょっとした事件だった。
 『めぐりあい宇宙編』の公開後に、アニメ雑誌やムックに『めぐりあい宇宙編』の入浴シーンが掲載されて、僕は(そして、おそらくは多くの他のファンも)喜んだ。だが、喜びつつも心の隅で「あれ? 何か違うなあ」と思っていた。そう思ったのは、当時の僕が、パロディである「悩ましのアルテイシア」と『めぐりあい宇宙編』の入浴シーンを、同じようなものとして受け止めていたからだ。当時は「何か違うなあ」と思ったが、何が違うのか分からなかった。今なら分かる。要するに、作品ではなく、嗜好品として愉しんでいたわけだ。
 別に嗜好品としてのフィルムを否定するつもりはない。『めぐりあい宇宙編』も好きか嫌いかで言えば、好きな作品だ。ただ、振り返ってみて「あの時、自分にとって、すでに『ガンダム』が嗜好品だったのか」と気づいた。それはちょっとばかりショックだった。
 それから、もうひとつ。きちんと検証したわけでないので、断言はできないのだが、劇場版第1作、第2作『哀・戦士編』に比べると、『めぐりあい宇宙編』は、温度の低いフィルムだったかもしれない。父との再会、ニュータイプとしての覚醒、ララァとのドラマ、シャアとの決着とイベントが多いだけに、話が圧縮されている。前に劇場版『機動戦士ガンダム』3部作について「総集編ものにありがちなせわしなさは、ほとんどない」と書いた(第81回 『機動戦士ガンダム』(劇場版))。確かに、『めぐりあい宇宙編』もせわしさはないのだけれど、全2作に比べると、構成的な緩急が弱いかもしれない。また、「エピソードの積み重ねによって、映画の気分を出す」という事をあまりやっていない気がする。
 終盤の構成をTVシリーズと変えてしまって、もっと劇場作品らしいスケール感を出したり、ドラマチックな展開にする事もできたはずだ。ただ、それをやるべきだったかどうかは、難しい問題だ。そうなっていたら、僕は『めぐりあい宇宙編』に対して、作品として向き合う事ができたかもしれない。ではあるが、それをやるという事は、作り手が「TVシリーズは不完全なかたちで終わったものだった」と言うのと同じだ。それは作品としてのTVシリーズに対しても、TVシリーズを好きだったファンに対しても誠実ではないように思う。

第97回へつづく

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(09.03.31)