アニメ様365日[小黒祐一郎]

第84回 「お楽しみはこれもなのじゃ」(番外編2)

 第72回(「アニメーターにならなかった理由」)に続いて番外編である。つまり、これも代原なので、連載の前後の回とは繋がっていない。僕は、みなもと太郎の「お楽しみはこれもなのじゃ」の影響を受けている。これは「月刊マンガ少年」に連載された、マンガについてのエッセイだ。和田誠の映画エッセイ「お楽しみはこれからだ」のパロディであり、名セリフを引用し、それをきっかけにして、古今東西のマンガを紹介していくというものだった。
 前にも書いた(第2回 「マンガ少年」)けれど「マンガ少年」が創刊されたのは、僕が小学6年生の時だ。「お楽しみはこれもなのじゃ」で取り上げられたマンガは、古いものが多く、ほとんど読んだ事がなかったし、興味を持ったとしても読む方法がなかった。だけど、その連載を面白いと思った。今思うと、この連載に「マンガの豊かさ」を感じていたのだろう。この世に、僕が知らない面白いマンガが沢山あるという事にも驚きがあったし、当時の僕が思ってもいなかった着目点で、みなもと太郎がマンガを楽しんでいるのも新鮮だった。マンガそのものも、マンガを読むという行為も、豊かに感じられたのだ。後に、そういった豊かさを、初期の「アニメージュ」で感じる事になる。初期の「アニメージュ」を読んだ時も、自分が知らないようなこんな作品があるのか、そんな観方があるのか、といった事で驚いた。そこに「アニメの豊かさ」を感じた。
 「お楽しみはこれもなのじゃ」に話を戻すと、マンガという作品に対して「それに対する文章」が存在する事自体が新鮮だった。それまで、マンガに関わる方法は「自分でマンガを描く」か「読む」かのふたつしかないと思っていた。「お楽しみはこれもなのじゃ」は「マンガについて文章を書く」「マンガについて書かれた文章を読む」という方法もある事を教えてくれた。「お楽しみはこれもなのじゃ」以前にも、マンガについて書かれた文章はあったはずだし、評論と呼ばれるものもあったようだが、僕はそれを目にした事はなかった。初めて読んだマンガについての文章だったと思う。
 数年後に、雑誌「だっくす」を手に取る。この雑誌について、評論誌という表現が適切だったかどうかは分からないが、とにかくマンガに関する記事が山ほど掲載されている本だった。同誌が「ぱふ」と改題する前か後かは覚えていないが、巻末に「編集部に遊びにきてね」といった一文があり、それを目にして編集部に見学に行った事がある。その時、僕は中学生だった。その頃には、SF雑誌や情報誌でもマンガに関する記事を目にするようになっていた。初期の「OUT」にもマンガに関する記事があった。
 「お楽しみはこれもなのじゃ」を読むようになってから、元の「お楽しみはこれからだ」も読んでみようと思って、図書館の映画本コーナーで借りてみた。当時は実写の映画にはあまり興味がなかったのだが、それをきっかけにして「映画」と「映画について書かれた本」の関係にも興味を持って、映画の本を何冊も読んだ。だから、いまだに名セリフやウンチクを知っているけれど、1カットも観ていない映画が何本もある。
 さっき「お楽しみはこれもなのじゃ」で取り上げた本を、読む機会がなかったと書いたが、その中でも忘れられないのが「アルジャーノンに花束を」だ。これはマンガではなくSF中編小説。吾妻ひでおの「やけくそ天使」を取り上げ、その中の「とーとつですが アルジャーノンに はなたばをあげてやってください」というセリフが「アルジャーノンに花束を」のパロディだと解説していたのだ。その文章では、「やけくそ天使」の内容についてはほとんど説明していないのだが、面白そうだと思って、「やけくそ天使」を読むようになった。「アルジャーノンに花束を」も読みたいと思ったが、当時は本屋で見つけられずに、残念な思いをした。この原稿を書くにあたって、編集部スタッフに調べてもらったら、当時は「世界SF全集」「ヒューゴー賞傑作集」といったアンソロジーに収録されていたらしい。この小説には、中編版と長編版がある。僕が「アルジャーノンに花束を」を読む事ができたのは、数年後に長編版が単行本になってからだった(しかも、ちょっと値段の高い本だったので、買ったのは、単行本が出た翌年くらいだった)。

第85回へつづく

お楽しみはこれもなのじゃ 漫画の名セリフ

角川書店/四六/1890円
ISBN: 4048838989C00954
[Amazon]

(09.03.12)