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橋本敬史(8)初心に返った「化猫」そして『モノノ怪』

小黒 そして、橋本さんのプロフィールの中で近年最も異彩を放っているのが、当然『怪 〜ayakashi〜』の「化猫」と『モノノ怪』になるわけですが。これはご自身の中で、どういった位置づけになるんですか。
橋本 うーん、位置づけ……。
小黒 むしろ、昔のキャラクター作画時代に戻ったような?
橋本 ああ、気持ちとしてはそうですね。エフェクト仕事とは全然関係ないですから。どこかのインタビューでも言いましたけど、他の2話──「四谷怪談」の天野(喜孝)さんはあまり動かない艶っぽい感じの画で、「天守物語」の名倉(靖博)さんは童話っぽいファンタジー風の画になるだろうから、橋本はキャラクターデザインはともかく好き勝手に動かしていいよ、と言われたんです。元々アクションをやりたいと思って業界に入ったもので、そこでまず昔の気持ちに戻って。キャラクターについては当時の流行というか、ちょっとさっくりした感じがいいと思ったのと、大平君みたいなヨレヨレした感じもいいかな、と。結果的には、わりと普通のキャラになっていったんですけどね。最初のラフの段階ではもう少し無個性な、ヨレヨレッとした感じでした。
小黒 マニアックな?(笑)
橋本 うん、それだとちょっと観る人が限定されたりするので、主役だけはしっかりしたものにしてくれ、と言われて。苦労したけど、楽しかったですねえ……(沈黙)……いや、もう、とにかくキャラクターの話をするのが恥ずかしいんですよ(苦笑)。
小黒 前の取材でも「キャラを描く事に照れがある」と言われてましたよね。
橋本 そうなんですよねえ。だって、シナリオ読みながら泣いちゃいましたもの。「ああ、自分の描いたキャラクターがこんな風になっちゃうの」って、泣きながらデザインした覚えがあります。それぐらい気持ちが入ってました。『ミンキーモモ』の頃に捨てちゃったキャラクターへの思い入れが、そこでまた十何年ぶりに蘇ってきて……。
小黒 ああ、一回捨ててるんですね(笑)。
橋本 そうなんです。あの時、悔しかった思い出とかも蘇ってきたり。結構、トラウマになってたんですよね。演出の加戸(誉夫)さんや監督に「もうちょっとキャラを似せろ」と厳しく言われたりして、もうキャラクターはやりたくなかった。その当時の気持ちが蘇ってきて、そこで挫折してしまった自分に打ち勝たなきゃ、と思ったんですよ。だから「化猫」は、本当に一所懸命やったような記憶がありますね。
小黒 昔のトラウマを克服するための仕事でもあったんですね。
橋本 そう。だから最初は断ったんですけど、柿田君に「絶対に受けるべきだ!」とひどく怒られて、そこでハッと。「あの頃はそんな気持ちじゃなかったよな、俺」と思って。それで改めてやり始めたという。
小黒 いい話ですねえ。
橋本 あと、とにかく横手(美智子)さんのシナリオが凄くよかった。何度読んでも泣けるんです。最初は他の2作に勝とうなんて全然思わなかったですけど、このシナリオと中村健治とのいい融合があれば、もしかしたら勝てるかもしれない、誰も見てくれないかもしれないけど、どこかで高い評価をもらえるかもしれない、と思いながら作れたんです。ホントに初心に返ってやれた仕事ですね。運良く、皆さんが観てくださったので、よかったと思います。
小黒 そして、巷での好評を受けて『モノノ怪』へと続いていく、と。
橋本 そうですね。恥ずかしい、恥ずかしいと思いながら……恥ずかしいから、ブサイクなキャラを作ってるんですけどね(笑)。
小黒 そうなんですか? ご自身では「ポンチ絵」と表現されてましたが。
橋本 ええ、ポンチ絵です。もうネタが尽きちゃったので、次のシリーズとかあったらどうしようかと(苦笑)。やるとしたら、もうちょっと突飛なものができればな、とは考えてますけどね。
小黒 同じ中村健治監督とのコンビ作では、『墓場鬼太郎』のオープニングもありますね。
橋本 ああ、これも楽しかったです。
小黒 ホントにサインペンでいきなり一発描きで描いたんですか?
橋本 まあ、ざっくり下書きして、その上から筆とマジックで、一発描きで。だって2日半ぐらいしか時間がないのに、100枚ぐらい描かなくちゃいけなくて、ホントにマンガの追い込み状態だったんですよ(苦笑)。枠線を描いて、ホワイトで修正して、「ここはベタで」とか指示を出して。
小黒 もはやアニメーターの仕事ではないですね(笑)。
橋本 ちょっと手首がおかしくなるぐらいでした。一時、ホントに肩を壊してしまった時期があって。急性石灰沈着症という病気なんですけど、『KARAS』が始まった頃だったか、凄く仕事が重なってる時になってしまったんですよ。それで病院に行ったら、「野球選手のように肩を使ってるね」と言われて(笑)。夜中に大激痛に襲われて、痛み止めの注射をして、1ヶ月間は肩を動かしちゃいかんと。そんな事もあったおかげで、また肩の力を抜いて優しい画が描けるようになったと思うんですけどね。ジブリの仕事をやったのも、自分にとっては凄くよかった。ちょっと前まではもう少し画がトンガッてたんですけどね。最近はエフェクトも含めて、力を抜いて、柔らかく描けるようになった。
小黒 サインペン画もその延長なんですか。
橋本 そうですね。あんまり力を入れずに、ショロショロッとやれたかな。
小黒 『ガイキング(LEGEND OF DAIKU-MARYU)』はいかがですか?
橋本 まあ、自分の中ではモドキな仕事ですね(苦笑)。大塚健君から「好きにやっていいですよ」と言われたので、金田さんモドキだったり、大張さんモドキだったり。自分の中でメカは、金田さんと大張さんのちょうど中間ぐらいの感じなんです。それは『ヤッターマン』のオープニングもそうなんですけど。そっち系では、へらくれすの渡部(圭祐)君がずば抜けて凄いじゃないですか。今石(洋之)君も尊敬するぐらいに。そういう人達も参加していたので、わりと肩の力を抜いて、「自分なりの80年代アニメはこんな感じかな」という感じで、楽しくやれた気がしますね。
小黒 全然違う事をお訊きしますけど、『STEAM』のメイキングで、作画机に奥さまとお子さんと思しき写真が飾られていたのが印象的だったんですが。
橋本 えっ、本当に!? ああ、そういえば置いてたかもしれない。
小黒 いつもご家族の写真を見ながらお仕事されてるのかなあ、とか思ったんですが。
橋本 ハハハハ(笑)。でも、子供達の写真は今でもずっと飾ってますね。奥さんは映ってないですけど。うちの奥さんはアニメ業界の人じゃなくて、元看護婦さんなんです。だから、あんまり自分の仕事に対して干渉しないというか、ホントに一般人的な目線でアニメーションを見て、自分のやった仕事とかもそういう風に評価してくれてるので、凄く助かってますね。逆に、娘の方が……。
小黒 ああ、橋本さんの血が(笑)。
橋本 今、小学5年生なんですけど、結構アニメーションのテクニックとかを分かっていて。小さい頃から3枚リピートの原画を描いたり、シートもちゃんと読めるし。
小黒 うわー(笑)。英才教育の賜物ですかね。
橋本 教育というか、自分が仕事しているところを机の脇で見ていたり、最近のTV作品だとすぐ観られるじゃないですか。「こういう原画を描いて、こういう風にするわけ。そうするとこういう画面になったでしょ」って見せると、ちゃんと納得してくれたりしますよ。
小黒 原画を見せてるんですか?
橋本 見せてますね。こないだも『キャシャーン(Sins)』の作監手伝いをやったので、岸田(隆宏)さんの原画をいっぱいコピーしてもらって、「これが巧いっていう事なんだからね」って(笑)。ちゃんとアングルや背動の凄さとか分かりますよ。
小黒 末恐ろしい女子小学生ですね。
橋本 (笑)。なんか話が脱線しちゃいますけど、私の周りでも、そろそろそういうアニメーター2世の世代が出てきてるみたいですよ。
小黒 最近はまた、若くて巧い人がアマチュアレベルでもたくさんいますよね。巧い作画がネットとかで簡単に見られるようになったから反映されるのも早いし。描いた画の動きをパソコンで簡単にチェックできるようになった事も大きいと思うんですが。
橋本 そうですねえ。スタジオカラーの後ろの席に、押山(清高)君という井上さんの弟子みたいな人がいて、彼がデジタルで原画を描いたりしてるんですよ。そういうのを見ると「ああ、学ばないとなあ」と思ったりします。ここしばらくは、私と同じ年代の人達が作監やらキャラデザイナーやらをずーっとやってきたじゃないですか。だけど、そろそろ世代交代というか、下から突き上げが来る頃なんじゃないかと(苦笑)。それがまあ不安だったり、楽しみだったり、自分でも吸収していきたいと思ったりしています。
小黒 ご自身で直接3DCGのアニメートを手がけるつもりはないんですか?
橋本 えーとですね、実はスクウェアの劇場『FINAL FANTASY』にも参加していた事があって、『STEAM BOY』班には内緒で兼任していた時期があるんですよ。「すいません、ちょっと風邪で休みます」と言って、1週間ハワイに行ってきたり(笑)。
小黒 そうなんですか。
橋本 ええ。ハワイはそれ1回だけなんですけど、その前の、まだ坂口(博信)監督の他にスタッフが10人程度しかいない頃から、スクウェアの本社に通ったりしてましたよ。メカデザイナーは別の方が立っていて、私はその3D用のサポートデザイナー兼エフェクトデザイナーだったんです。敵から触手が伸びて魂を引っこ抜くところなんかは、私がプランとして考えたところです。
小黒 内容にも関わってるんですね。実際に動かしているところはあるんですか?
橋本 いや、ないです。結局1年ぐらいで辞めてしまったので。本当は、『STEAM』の現場があまりに進展しなかったので、私も『FF』に移ってハワイに行くつもりだったんですよ。結局、最後の最後で大友さんと話し合って、『STEAM』に残る事にしたんですけど。その時期に『FF』の準備に関わったり、STUDIO4℃でLightWaveとかを触ったりしてて、「ちょっとまどろっこしいな」と思ったんですよね。後に『KARAS』をやった時も感じたんですけど、3Dでは限界があるところも確実にあるんです。例えば、3Dキャラが画面に向かってパンチするところなんかは、肘から先は作画だったりするんですよ。伸ばしたり引っ張ったりとかは向いてない。将来的には、もっとフレキシブルにできるようになるかもしれないですけどね。
小黒 なるほど。
橋本 だから、3Dを直接動かしたりする能力を高めるよりは、押山君達が今やっているような、デジタルを2D作画の補助器具として使っていく方がいいんじゃないかなあ、と思うんですよね。磯さんもそうじゃないですか。破片を描いて、アーカイブとして作っておいたものを出力して増殖させてから動画にすれば、自分の思ったとおりの画面にできる、とか。そういう使い方でいいのかな、と。
小黒 ご自身の作画のスタイルを、例えば「○○系」とかって表現できます?
橋本 ……なんでしょうねえ? メカは、普通に描くと大張さん系になるんでしょうね。あのタイミングが自分の中では凄く気持ちいいので。ただ、エフェクトに関しては、D.A.S.T時代に出会った大平君から強く影響を受けてます。特に『孔雀王2』の大平君の原画は自分にとって本当に衝撃的で、なんというか、リアルなんだけどディズニー寄りなんですよね。当時、森本さん達の間でドン・ブルースの『ニムの秘密』が流行っていたと思うんですが、それを誰よりもうまく消化したのが大平君だという気がしたんです。ここまで突き詰めてやれた人はいないと思うんですよ。ただ、大平君のスタイルだと画的に作り込むのが難しいので、そこを分かりやすく原画として省略していったのが磯さんだという気もする。
小黒 大平さんと磯さんのミクスチャーなんですか。
橋本 それと、『YAMATO』で出会った増尾さんの素材の分け方・合わせ方にも影響を受けてますね。原画は凄くシンプルなんですけど、撮影すると画面が映えるんですよ。それぞれの素材の個性というか、撮影するとこうなるというのが分かっている。その知識だったり、いろんなところから影響を受けてますね。ハイブリッドなのかローブリッドなのか分からないですけど。あと、最初に「空気を読む」と言われましたけど、作品ごとに作風を意識的に使い分けているところがあるんです。だから、MADビデオとかも作りにくいと思うんですけどね。
小黒 ハハハハ!(爆笑) 「橋本MAD」ってないんですか?
橋本 いや、あるみたいですけどね。まあ、自分は「職人」だと思っていて、「アーティスト」だとは思っていないんですよね。だから作品ごとに意識して作風を変えてるんです。
小黒 リアル一辺倒ではないんですね。
橋本 ではないですね。カットによっては、大平君テイストもあるし、磯さんテイストもあるし、大張さんテイストもある。そのゴチャゴチャ感というか、逆に言ったらそれが自分の個性なのかもしれないですね。
小黒 今さら訊く事でもないかもしれませんが、エフェクトは描いていて気持ちいいものなんですか?
橋本 気持ちいいです!(キッパリ) やっぱり「あっと驚くもの」って、キャラクター作画ではなかなか出てこないじゃないですか。突き詰めると、それこそ大平君みたいな方向に行っちゃうのか、井上さんや沖浦さんみたいにロトスコをさらに洗練させたような方向にするしかないと思うんですけど。エフェクトって、何かのヒントによって、新しい組み合わせで、全く違うものが出てきたりする。実写映画でも、生身の役者の芝居はずっと変わらないですけど、エフェクトは進化していくじゃないですか。まだまだ開発の余地がある。だからやっていけるのかな、と思いますけどね。それはとても楽しい事だと思います。

●「animator interview 橋本敬史」完

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