animator interview
橋本敬史(6)じっくりと取り組んだ9年間

小黒 では、いよいよ『STEAM BOY』の話題に入ります。これは最初からエフェクト作監という事で呼ばれたんですか?
橋本 そうです。外丸君ありきでスタートしていて、最初は『MEMORIES』の延長みたいな感じで、短編で作るという話だったんです。でも、そのうちにだんだん大きな企画になっていっちゃって、そうすると外丸君1人では全部できない。かと言って、大友さんは『MEMORIES』の「大砲の街」の蒸気が気に入ってなかったらしいんですね。「エアブラシだけの表現だとアニメっぽすぎるので、もっと実写みたいな感じでやりたい。かつCGではなく手描きで」というような話で、誰かそんな事をできる奴はいないかという事で、私になった。外丸君のメカ方面の知り合いがホントに少ないもので(苦笑)、私か、吉成兄(吉成鋼)か、阿部君ぐらいしかいなかったんですね。みんな別の仕事をしていたので私が最初に呼ばれたという感じですね。最初からもうエフェクトで。
小黒 それはいつなんですか?
橋本 「2年後の2000年に公開予定」とか言っていたので、98年頃だと思います。
小黒 じゃあ『ゴウカイザー(超人学園 ゴウカイザー ─THE VOLTAGE FIGHTERS─)』とかをやってる頃は、まだ『STEAM』には入ってなかった?
橋本 えっ……(考え込む)……ああ、やってます! もしかしたらスタートは97年かもしれない。だって「まごころを、君に」は『STEAM』をやりながらやってて、『X』が終わりかけで……。
小黒 『X』は96年8月公開ですから、その前ですか。
橋本 えっ、そうですか? じゃあ、96年の4月かな。
小黒 その時には、もうある程度プロジェクトは進んでいた?
橋本 いや、進んでなかったです(苦笑)。パイロット版を作るからというので誘われたのが、『YAMATO』3巻の佳境に入った時ですね。
小黒 パイロット版にも参加してるんですか。
橋本 いや、できなかったんですよ。『YAMATO』がとんでもない事になっていたので(苦笑)。OVAのあとはTVシリーズもあって、劇場版も3本あると言われていて、「何年間『YAMATO』で拘束させるつもりなんだろうな」と思っていたら、いろいろあってプロジェクトがなくなっちゃいまして、それが4月の出来事なんです。『STEAM』のパイロットには3月アタマに誘われて、もし入るならご褒美として「大友克洋さんとイギリスへロケハンに行ける」と田中栄子さんに言われていて(笑)。「とりあえず行ってみて、やるかやらないかはその後で決めてもらっていい」と。
小黒 なかなかリッチですね。
橋本 まあ、向こうとしてみれば、やるのが前提だったんでしょうけど。『YAMATO』3巻の自分の作業が3月末に終わって、4月10日に『STEAM』のロケハンに行って、帰ってきたらバタバタと事件が起きて『YAMATO』はフェードアウトしてしまった。それで4月の半ばからは『STEAM』に入ったんです。
小黒 そこから長い歳月が幕を開けるわけですね。
橋本 まあ、そこから公開までを数えると、9年ですね。他の仕事もやりながらですけど。
小黒 拘束されてる間にこれだけやってますからね。だって『(破邪巨星 G)彈劾凰』なんてメカ総作監ですよ?
橋本 いえいえ、時間外労働ですから(笑)。いちばん大変だったのは、劇場『デジモン(アドベンチャー02)』の作監ですね。
小黒 ああー。これはさすがにアフター5というわけにはいかないんじゃないですか。
橋本 そうですね……大体1時に『STEAM』の部屋に行って、夜の11時とかに終わるんですよ。10時間労働ぐらいしてから、その足で東映に行って、朝の5時まで作監をやって、帰って寝る。で、日曜はべったり東映に入って仕事をする、みたいな。さすがに1人では無理があるので、AICで後ろの席だった柿田君と、2人で1人分の量をやろうという事でやったんです。
小黒 『02』って、もの凄くたくさん作監がいましたよね。どういう仕事分けだったんですか?
橋本 いや、もうホントにパート分けです。内容も重いし、山内(重保)さんのコンテもなかなか上がらないので、カットを分担してやるしかないという事で。予算も相当使ったらしくて、東映ではその大変さが伝説になっているみたいです(苦笑)。だから、カットが上がったら「ここはアクション主体だから橋本ね」とか「ここは美術主体だから山下(高明)君で」とか。その当時、工原(しげき)さんとは知り合いではなかったんですけど、もうパート丸ごとタツノコにグロスで出しちゃったりとか。そんな感じの割り振りでした。
小黒 コンテの束ごとに作監を任せるとかじゃなくて、もうシーン単位で?
橋本 そうです、上がったところからバラバラに。みんなで相談して、誰がやるか決めて。
小黒 そのわりには、そんなに凸凹してないですよね。
橋本 やっぱり、総作監の相沢(昌弘)さんの力が大きいんじゃないですかね。あと、前の『ウォーゲーム!』の原画が全部残っていたので、山下君のレイアウト集を全部コピーして、全員に配ったんですよ。一応これを下敷きにしてくれ、という事で。プラス相沢さんの色気をちょっと付け加える、みたいな。相沢さんは頑張って全カットに画を入れてましたね。グッチャグチャな現場でねえ(苦笑)。大変でした。唯一の楽しみは、毎日夜食として出るお寿司とモスバーガー。1日ごとに交代で出るんですけど、それだけを楽しみに東映に行ってました。殺伐としてましたねー。
小黒 ……で、『STEAM』なんですけど(笑)。
橋本 あ、はいはい。
小黒 今までもいろいろなところでお話しされていると思うんですが、ご自身にとってはどんな印象の作品でしたか?
橋本 さっき、とにかくたくさん作品数をやったと言いましたけど、短い期間にわーっと仕事をこなしていくというのが、自分の中で常になっていた時代だったんですよね。当時はタイトル数が多かったし、作監依頼もガンガンきていて、デザイン方面もちょっと色気を出してやってみたり、最大で同時に18本ぐらい掛け持ちしていた時もあったんです。そのうち作監3本とか。2〜3ヶ月ぐらいのシフトでグルグル回すような感じでやっていて、「ちょっとこのままじゃいけないな」と思っていたんですよ。そんな時期に、1本の作品にぎゅっと絞っていられるという機会に出会えた。それが大きかったですね。年齢的にもちょうど30代にさしかかった時期で、そろそろ落ち着いて1本大きいものに取り組んでみたいな、と思って。
小黒 まあ、こんなに長引くと知らなければ、これ以上にないチャンスですよね。
橋本 結果的には、いろんな作品を同時期にやったりしてましたけども。それに、自分でもはっきり自覚していた事ですけど、周りにいた同期の人達──何度も名前が出てる村木君とかは、『(機動警察)パトレイバー2(the Movie)』の冒頭だとか『攻殻機動隊(GHOST IN THE SHELL)』や『X』のアクションだとか、代表作と言えるものを作っていた。けど、さて自分はと振り返ってみると、あんまり世の中に認知されていないなーと。だから、ここでじっくりやれば、自分の代表作になるんじゃないかと思ったんですね。2年間もらえると言われていたので、ちょっと脳ミソを切り替えて、できる限りこってりやろうと。
小黒 「脳ミソを切り替える」というのは?
橋本 今まで自分がやってきた作監のやり方は、「いい原画は残して、悪い原画の底上げをする」というような感じで、時間のない中で作品の底辺を上げていくみたいなやり方だったんですけど、そこはちょっと見直そうと。原画さんは嫌がるかもしれないけど、できる限り自分の画で統一をとって、全体を見せられるものにしたいな、と思ったんです。そういう心構えでやりましたね。
小黒 主には蒸気を描かれたんですか。
橋本 そうですね。まあ、キャラクター以外では、結構いろんなものを描いてますよ。馬車だったり、バルブだったり。それと、ちょうど入った時に大友さんが「バットマン」の漫画を描かれていて、しばらくコンテが上がらなかったので、その間に3Dの勉強をさせていただいたりしてました。LightWaveとかを使ってみたり、テストしてみたり。
小黒 最初に実制作に入ったのはいつ頃なんですか?
橋本 プロローグ部分のコンテが上がったのが7月ぐらいだと思うんですけど、そこでやっと外丸君・吉成君・阿部君・私の4人で原画を分けて、まずフィルムを作ってみて作品の方向性を決めようという事になった。だから、冒頭部分は私もかなり原画を描いてます。
小黒 あ、そうなんですか。
橋本 打倒『AKIRA』! みたいな意気込みがあったような気がしますね(笑)。
小黒 よく話題になる、ギザギザとかツブツブを描いて、処理を入れる事によって蒸気を表現するというのは、その初期段階からあったアイデアなんですか?
橋本 最初はなかったですね。やっぱりそれをどうするかという問題が大きく立ちはだかっていて。CGでも作ってみたんですけど、うまくコントロールできないんですよね。手描きの自由度には敵わないという事で、大友さんの中では早い段階からCGは諦められていました。じゃあどう作るのかという話を、本当にみんなで何ヶ月も練って、「とにかくなんでもいいから蒸気の原画を描いてみてくれ」と。ちょっと田中栄子さん的な振り方なんですけど(笑)。
小黒 ある意味、ムチャ振りですよね。
橋本 なんでもいいから描いてみて、もし使えるアイデアがあったらそれで行けばいいじゃん、みたいな。例えば、吹き出しから出る蒸気を何層にもレイヤー分けして重ねてみたりとか。小さく渦を巻いている蒸気を10パターンぐらい作って、それぞれが出たり消えたりするのを、大きい蒸気の塊の中にはめ込んでみたりとか。でもそれをやると1カットで1000〜2000枚はざらにいっちゃう。そういった実験も込みで考えつつ、テストがてらの本番としてプロローグを作っていく、という感じだった。
小黒 なるほど。
橋本 機械が壊れて、スチームボールにぐーっと寄っていくタイトル前のカットがあるんですけど、あれは原画が700枚ぐらいで、動画枚数が1200〜1300枚ぐらいあって、それをテストしてなんとか「あ、こんな方向でいいのかな」というのが決まったと思うんですよね。ただ、あの時点ではまだギザギザにはしてなかった。ある時、何かしらのきっかけでハッと気づいて、そういうフォルムになったと思うんですけど。
小黒 何か劇的な事件があって、その手法を編み出したわけではないんですか。
橋本 いや、まあ、流れで(笑)。多分、疲れで目がぼやけてて、ピントを外した状態で何かを見て「あっ、もしかして角を付けた方がいいんじゃないか」と思ったのかもしれない。あとやっぱり、(撮影処理を入れると)いわゆるピンボケになるわけじゃないですか。そうするとエッジが丸くなって嫌だったんですよ。せっかく自分はこんなにカキッとした角のある原画を描いてるのに、ボケてしまうのが嫌だったので、それならさらにトゲトゲにしてみようと思って。最初は大体、1センチに角が3つくらいの線だったのを、もっと細かくギザギザにしてみた。撮影さんとのやりとりの中で、ラッシュを見ながら、そういう風に変わっていったんじゃないのかな。
小黒 あとは、ひたすら物量との戦い?
橋本 そうですねえ。Bパートまでが本当に大変でした。結局、作監の自分がどうすればいいのか悩んでるわけだから、原画さんなんて余計に方向性が分からないじゃないですか。しかも、ラッシュがまだできていなかったので、申し訳ないけど上がってきた原画は全部自分で描き直して──そのまま残っている原画は、ほとんどないんじゃないですかね。しかも、3Dに合わせて作画しなくてはいけないので、1カットにつき200〜300枚ぐらい描くのがざらでしたから。ホントに、物量との戦いでしたね。まあ、毎回実験ができたので楽しかったですけどね。“いいところ探し”をしながら仕事をしてました。
小黒 「今回はここがうまくいったから、次に活かせるぞ」みたいな。
橋本 そうですね。「このカットではキャラクターがこう動いて、空気はこういう風に流れるから、そこに気をつけてやってみよう」とか。結構、理屈を考えながらやってたんですね。外丸君のキャラ作監のあとに私のところに画が来るので、キャラの動きが毎回楽しみでした。キャラがこんな風に動いてるなら、それに負けないように蒸気の衣を纏わせてみよう、みたいな。
小黒 なるほど、同じワンカットで“競演”してるわけですね。同時にキャラの作画もしっかり見ていた、と。
橋本 そうです。結構、楽しかったですよ。後半の方はもうそんな事を言ってられなくなりましたけど。ほとんど全部、出し切った感がありますね。
小黒 『STEAM』をやる事で、ご自分の中で技量が上がったという意識はあるんですか?
橋本 技量はかなり上がりましたね。多分、あそこまで徹底的にこねくり回して作った作品というのは、後にも先にも存在しないと思うんですよ。スケジュールも含めてですけどね。自分としては、井上さんとか川崎(博嗣)さんとか素晴らしい原画マンの方達も入ってくれたので、いい技術を間近で目にする事もできたし、それありきで、さらにもっといいものを目指そうと、自分も力を注いでいけましたから。『STEAM』があった事で、例えば後の『FREEDOM』では「『STEAM』が100%だとしたら、今回は7割の力で同じような画面にできないか」みたいな、マイナスというかライト版のアプローチで画作りを考える事ができるようになった。あの当時と同じ事はもうできないと思うけど、『STEAM』の現場を経験した事で、頭の中で別の変換ができるようになった感じですね。あとまあ、『YAMATO』から『STEAM』へ続く11〜12年で、ガマンする事を覚えました(笑)。それまでは結構キレたりしてたんですよ。「あーっ、もうやってられるか!」みたいな感じで。
小黒 それはスケジュールについてですか。
橋本 スケジュールにしても、上の人とのやりとりにしても。でも、まずはガマンする事を覚えて、その中でいかに作品を自分の色に染めていくか、という考え方ができるようになった。『STEAM』は1800カットぐらいありましたけど、そこでまんべんなく力を入れていく事を覚えられたので、それはかなり自信に繋がりましたね。それまではスケジュールだとか制作的な事情で諦めたりしていた部分を、投げないで最後の最後までやるという。その点でも、自分としては凄く勉強になったし、大人になったと思いますね。

●「animator interview 橋本敬史(7)」へ続く

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