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コラム
アニメやぶにらみ 雪室俊一

 第20回 続・わがシナリオ無作法

 最長寿アニメ番組の『サザエさん』は、この秋で放送35周年を迎える。30周年のときは家族そろってのハワイ旅行をテーマにした。35周年はさらにパワーアップしてヨーロッパ旅行編という声もあったが、これだけ海外旅行が一般的になっている時代に、パリやロンドンに出かけての失敗談でもあるまいという意見が大勢を占めた。
 この番組が長続きしているのは、古きよき時代の日本の家庭を淡々と描いてきたからだ。この際、原点に立ち返り、日本を舞台にしたストーリーを作ろうと、スタッフの意見がまとまったのは3月である。
 しかし、スペシャルである。いつものご町内を舞台にするのはちょっと淋しい。結局、波平とフネの結婚35周年記念のフルムーン旅行を縦糸にストーリーを作ろうということになった。行き先は北海道。飛行機では味気ないので豪華寝台特急“カシオペア”に乗せることにした。
 チケットを取るのも難しい人気列車で、この文章を読んだほとんどの人が乗った経験がないのではなかろうか。海外旅行へ行った人より“カシオペア”に乗車した人の方がはるかに少ないはずだ。そういう意味でもスペシャルにふさわしい。
 4月中旬、取材のためにこの列車に乗る。同行するのはプロデューサーと美術監督、文芸担当の青年とぼく。この時点では、おおまかなストーリーは出来ているのだが、現地の風を肌で感じることによって、さらにおもしろくなるのではないかと都合よく考えての旅行である。
 JR側からあくまでも普通の乗客として乗ってくださいという要望がある(ちなみにタイアップではない)。この列車の乗客のほとんどが財布と時間にゆとりがある熟年カップルである。波平とフネのように子どもたちにチケットをプレゼントされて乗る老夫婦も多いらしい。
 そういう人たちの間をカメラやメモを手にした怪しい連中がうろうろしては目ざわりである。我々は乗客に徹して、トイレ付きの個室でくつろぎ、ダイニングカーでワインを飲む。極楽の時間だが、この後に「書く」という地獄が待っている。
 青函トンネルを抜けた列車は、早朝4時に函館に到着。降りたのは我々4人だけ。そのために駅を開けていてもらったようなものだ。名物の朝市もまだ開かれていない。駅前のビジネスホテルのロビーでひと休み。5時頃から取材を始める。まず朝市のおニイちゃんから市内の穴場などの情報を仕入れる。茶髪の彼は北海道から一歩も出たことがないそうだ。
 それからチャーターしたタクシーで市内を回る。タクシードライバーは情報の宝庫だ。ぼくはクルマで旅行をしても必ず地元のタクシーに乗ることにしている。
 あいにくの霧で立待岬や大沼公園は視界ゼロ。明日、また出直すことにする。おニイちゃんがそっと教えてくれた名所にも足を伸ばす。夜景といえば函館山だが、それを逆から見る裏夜景のスポットである。残念ながらイメージに合わずNG。
 昨夜、列車の中で飲みすぎたせいもあって頭が回転せず、大した収穫もなく宿に引き上げる。夕食後、函館山の夜景を見に行く。何度、見ても素晴らしいが、この美しさをアニメの画面で伝えるのは至難の技だ。
 登場人物が「まあ、きれい」と感嘆の声を上げたからといって、視聴者に伝わるわけがないと思っていながらついこういうシーンを書いてしまう。この調子だと旅行番組になってしまうという不安を抱きつつ、1泊2日の旅を終える。
 帰京してからは上野の車掌区で“カシオペア”乗務員の取材。応じてくれたのは専門の高校を出てJRに就職して3年目という青年。お嫁さんを世話してやりたくなるような好青年だ。ストーリー上、差し入れに来たカツオが降り損なって次の駅まで行ってしまうというエピソードがある。その点を彼にたしかめると、たまにそういうお客さんもいるというのでひと安心。
 列車にはカード式のシャワーがあり、6分間、お湯が出る。自宅の風呂のつもりでのんびりしていると、石鹸の泡を流さないうちにお湯がストップしてしまう。現にシャンプーの泡だらけの頭でSOSを求めて来た乗客もいるという。これはいただき! 役名を付け、コメディー・リリーフとして随所に登場するアイデアを思いつく。
 午後からは田端の車両基地で“カシオペア”の取材。これはシナリオよりも美術スタッフのための取材で、どんな絵コンテにも対応できるように、列車内をあらゆるアングルでカメラにおさめる。ぼくのようなアバウト人間には出来ない綿密な作業が続く間、ぼくは無人の列車内をうろうろするだけだ。案内の人がラウンジカーに雑記帳があるのを教えてくれる。乗客が感想を書いたノートで、こういうところに意外なネタが転がっていたりするものだ。
 2冊のノートを念入りに読む。列車のすばらしさや料理のうまさを褒める記述ばかりでがっかり。そういえばこの列車の乗客は熟年カップルが大半だった。取材で話を聞いて触発されるのは若い人か70才以上の老人で、いわゆる団塊の世代の話がいちばん平凡でつまらない。建前論ばかりで、波平のようにすぐ本音を出すタイプはめったにお目にかからない。
 そんなわけでストーリーの縦糸の部分の取材はイマイチで終わってしまった。かくなる上は横糸に期待するより仕方がない。横糸とは、カツオと中島が花沢さんの親戚の牧場に遊びに行く話だ。取材先として観光牧場は避けて、花沢さんの親戚にふさわしい生活感のある牧場を探してもらった。
 場所は福島からタクシーで1時間以上かかる、阿武隈高原の牧場である。ケイタイもつながらない山奥で周囲に人家はない。近くに宿泊施設もないので牧場に泊めてもらうことになっている。
 イメージしていた牧場より、ちょっと規模が大きいが牧場主夫婦は花沢さんの親戚にピッタリの人柄だった。「どこでも自由に見てください」といってくれる。取材でいちばん困るのは、やたらと案内してくれるケースである。
 こういう場合、自分たちの都合のいい、よそゆきの場所しか見せてくれない。表口より裏口に興味を示す人種としては、ご自由にといってくれる人の方がありがたい。
 夕飯も家族といっしょに取らせてもらう。夫婦と手伝いの若い女性二人とテーブルに着く。快活なKさんは、カツオがひと目惚れしそうなポッチャリ型美人。ストーリーとの符合に思わずニンマリ。彼女は80頭いる牛の顔をすべて覚えているという。
 もう一人のYさんは口をきく元気もないほど疲れていて、食事もほとんど手をつけない。牧場の生活にあこがれて、都会からやってきたものの、あまりの重労働に音を上げているらしい。
 Yさんには悪いが、中島におき変えてモデルにさせてもらうことにする。もっとも疲れてぐったりしているだけではドラマ的な盛り上がりに欠ける。本人は遊びにきたつもりなのに、手伝わされてばかり。アタマに来た中島は書きおきをして、東京へ帰ろうとする設定にすることにする。その書きおきを見た一同が、大騒ぎになり、中島を探すという展開はだれでも思いつく。
 どうしたら、もっとおもしろくなるか? だれも中島がいなくなったことに気がつかないという、展開の方がおもしろいのではないか。実際に忙しく働いている牧場の人たちを見ていると、書きおきを見つける暇もなさそうだ。ただし、それでは中島が笑いものになっておしまいだ。ぼくの場合、必ずもうひとひねりして救いを持たせることにしている。ただこの段階ではいいアイデアが浮かばなかったので、あえて書かない。あれこれ推理してみてください。
 他にも様々な収穫があり、この普段着取材は大成功だった。ここまで読んで、あれっと思われた方は、かなりの『サザエさん』ファンである。そう、主役のサザエやタラちゃんが全然、登場していないのだ。むろん、ちゃんと絡んでいる。それは秋放送の番組を見てのおたのしみという、やぶにらみにふさわしい意地悪さで、この連載を終わりたい。
 長い間のご愛読、ありがとうございました。

(完)

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