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リスト制作委員会通信 リスト制作委員会

 特別版「信念」おめでとう企画
「どろろはどこに!? 復元オープニングのできるまで」

 人生には、たとえ何と引き替えようとコレだけは譲れない! という瞬間がある。
 虫プロDVDのライナーづくりの仕事は、まさにそんな瞬間の連続である。信念に乗っとった仕事にこだわる分、一体どれだけの有形、無形のものが引き替えにされていることか。それを考えると思わず涙があふれるし、だからこそ、「今さら後にひけるかい!」とも思ってしまうのである。
 「どろろDVD―BOX」は、その中でも2002年の仕事のきわめつけであった。
 ひとつには、「リスト制作委員会」スタッフの間でも、『どろろ』は特別に思い入れの強い作品であったこと。今これが調べられるなら……という情熱に火がついてしまったのだ。
 またひとつには、「可能な限り本放映当時の姿を再現する」という本DVDシリーズの誓いにとって、この作品の未解決課題の数々が「適度な距離感」で横たわっていたこと。必死に頑張れば、何とか解明できそうな相手だ、という感触。これが大きかった。本当はそんな簡単にはいかず、これぞ四十八の魔神の呪いかと後で思い知るのだが……。

 オープニング映像のバージョン探索は、リスト制作委員会のいわば“お家芸”である。だが今回『どろろ』のフィルムをチェックするにあたっては、原口が胸中に抱え続けてきた直接の動機もあった。それは、かつて虫プロに届いたファンからのお便りである。『どろろ』のLD―BOXを購入したというその人は、オープニングの「絵ちがいバージョン」が収録されていないことを指摘していた。
 この時LDに使用されていたオープニングは2種類のみ。いずれも音声は「ほげほげたらたら」で始まる「どろろの歌」で、第13話までが農民一揆の絵が有名な「一揆」版、第14話からがどろろが屋根瓦をリズミカルに走る「コミカル」版だった。
 このいずれかに、バージョン違いがあるということか?
 確認したところ、このLD―BOXのオープニングは、ネガ原版として残っていた2種類の映像を、それぞれ前半用と後半用に13本ずつコピーし、各話につなげただけのものだった。つまり、元のフィルムのオープニングを1本1本調べ、各話の映像を起こしたものではなかったのだ。
 それでは、まだ他にも細かい変更があったかもしれない。早速、虫プロに保管されているフィルムをすべて回して調査することに。“お家芸”は怒濤のスタートを切った。
 と、調べ始めて間もなく、虫プロ・版権部の松本知江子さんが傍らでつぶやく。
 「でも『どろろ』って、初めは歌、なかったんですよねェ」
 えっ!? (一同に緊張が走った。ガーン)
 松本さんのご記憶によれば、それは所謂「どろろの歌」のインストではなく、重厚な男声コーラスの曲だったという。
 知っている方々が聞けば、なんだ、不勉強な奴らとお思いでしょう。でも、私たちは知らなかった。まったく、こういう未熟さを思い知ることは、本当にしょっちゅうある。だからこそ、自らの無知と闘い、時空間をさかのぼり、飽くなき発掘の旅を続ける必要があるのです。
 冷静に考えてみると、確かに軽快な「どろろの歌」は、あの「一揆」版とよばれる深刻なムードの絵とは、少々不似合いのような気がしてきた。知らなかった頃は、あのギャップが良いように思っていたのだが……。
 その後、松本情報を補強するように、「確かに最初は歌が違った」という証言が、杉井ギサブロー総監督をはじめ、お互いに関係のない多方向から入ってきた。
 しかし、その音源はどこに!? 何話まで使われていたのだ? 本編との関係は?

 やがて、全現存フィルムのチェックは終了した。例の、ファンの方からご指摘のあった「絵ちがいバージョン」もしっかり見つけられたし、話数の範囲も特定できた。さらに、1話1話をつぶさに調べた結果、テロップの表記や、メインタイトル部分の変化も勘定に入れると、オープニングのバージョンは全部で6種に上ることも確認できたのである。
 それがいかなるものかは、是非、現物でご確認いただきたい。

 だ・が……。
 肝心の「コーラス版」オープニングのプリントだけは、ついに1本も見つけることができなかった。
 苦悩の日々が続いた。原口には、映像構成と並行し、解説書や付録の絵コンテ集を編集していく仕事があった。そのための、連日にわたる巨匠スタッフへの取材、資料調査、原稿執筆もまったく手を抜くことは許されない。それどころか、200パーセントの密度で仕上げてやる、という常軌を逸したこだわりが、この時の原口には宿っていたと言っていい。やっぱり魔神の呪いとしか思えない。
 スケジュールはすでに臨界点を突破しかけていたというのに。

 あらすじと各話解説は、原口、磯部、道原のトリオで1話1話入念に執筆を進めていった。3人とも、何度も何度も各話を見返す。見返すたびに発見がある。
 昔話や言い伝えマニアの私、道原は、「モチーフの原型」探索を割り当てられ、秘蔵の伝説や神話、おばけ話の本をごっそり用意して喜々(鬼気?)としていた。
 世田谷の実家に残してきた古い本も運んできた。
 次から次へとくりだされる通好みの物語展開に、何かピンとくる箇所を見つけてはページをめくってメモを続けた。
 実際には、まあ何でもそうだが、この時集めた「どろろネタ探しメモ」は全体の10分の1も使われていない。それでも、作業としてはとても充実していて楽しい日々だった。
 「神はこの瞬間、『どろろ』のネタ探しをさせるために、私に本を読ませ続けたのだ」とか思うくらい。
 この成果はその内、同人誌にでもできたらなあと思う。

 横道にそれたが、そういうわけで、原口も地道に本編を観ていた。何度も観ていた。そのうちに、ある1曲が原口の耳に妙に残り始めた。予告編などにも頻繁に使われる曲。これは男声コーラスではないか。しかも重厚だ。ひょっとして!? だが、確証はない。
 そんなとき、スタジオASHの新堂真氏が原口に電話をかけてきた。原口は『どろろ』のDVDの話題のついでに、このオープニングの件を話そうと思った。すると新堂氏、こちらがまだ何も言わないうちに
 「『どろろ』ってさあ、途中までは歌詞がなくてね。男の声でアーアーアーアーアー、アーアーアーアーアー♪」
 曲まで口ずさんでくれちゃったのである。それは、紛れもなくソノ曲だった。
 新堂氏はその昔、『どろろ』の上映会を観に行ったとき、オープニングの曲が違っているのが気になり、虫プロの上映担当者にそのことを尋ねたのだという。すると、その時点ですでに「フィルムはこれしかないのです」との悲しい答えが返ってきたのだとか。かなり、手強い。

 だが、原口は思った。フィルムが見つからなかったとしても、音源自体は残っているのではないか。6ミリテープの形で。実際、本編にBGMとして使われているのだし。
 それなら、まだ手はある!
 まずは、くだんの曲がオープニング曲として本当に正しいかどうかを、松本さんや杉井監督に確認していただくことが必要だ。
 原口は、大胆な戦法に出た。本編のなかで、このコーラス曲が比較的長く使われているところを捜す。ひたすら捜す。できれば台詞や効果音のかぶりも少ないほうがいい。それらの断片を集めてきて、フルバージョンの曲を再現してみよう!

 ここで一応、解説しておくが、原口は映像編集ソフトを使い、コンピュータ上で映像と音声を加工する作業、所謂“ノンリニア編集”が大好きである。アニメーション全国総会の「アニメ100年史」や、芝山努さんの還暦パーティで上映された「芝山努28年史」は、原口自身の編集によるものだ。もっとも、もっぱら仲間内の趣味なのだが、根が好き者なので、かなり高度なワザも磨いていた。
 原口のメガネが光った(ような気がする)。
 大して難しいことではなかったようだ。
 本編の計4ヶ所からコーラス版の音声を選び出し、1本の曲につなぎ、その上で「一揆版」の映像とシンクロさせるのは。
 何しろ、道原がひと晩眠って(ヒドイ……)起きてきたら出来上がっていたのである。
 「ねえねえ、観て観て」
 原口は嬉しそうであった。堂々とした男声コーラスがあの「一揆」版と見事に一体化していた。搾取された農民たちの苦しみ、力強い反骨の力……やはり最初はこの曲だった、と信じられるパワーがそこには漲っていた。
 執念で編集された「コーラス一揆」版テープは、松本さんと杉井総監督のもとへと送られた。そしてまもなく、「そうそう、記憶にあるのはこれです」のお返事が両者から届いた。

 曲は特定できた。あとは6ミリテープから、きれいな音声が見つかればよいのである。
 ところが……ここでも難関が。6ミリテープの音源は、大別すると2種類の速度で録音されたものに分かれていた。そのうちの1種類は、虫プロ社内でも再生可能なのだが、もう1種類は、しかるべき機材のある場所に行かないとまともな速度で聞くことができなかった。そして、不幸にも虫プロで確認できたテープの中には、目当てのコーラス曲は入っていなかった。
 DVDの映像エミュレーションのリミットは、2日後に迫っていた。すぐそこに光明を見ながら、このまま諦めるしかないのか。いや、諦められきれない! どうする!
 虫プロ版権部の芝田達矢氏が、原口の情念に心動かされ(と言うより、見るに見かねて)、立ち上がった。残ったテープを再生し、確認してくれる、と言ってくれたのだ。再生速度は違うが、同じ曲かどうか、目星をつけることぐらいはできるだろう……かなり無謀な作業だったが、芝田さんは「これは」と思う1曲をピックアップ。それは、「M―6」と記載された曲だった。
 翌日、アオイスタジオで6ミリテープからのダビングを終えた芝田さんから、原口に連絡が入った。「当たりでしたよ」。
 ここからは、虫プロDVDシリーズの映像クオリティを一手に支える井谷義和氏以下ジェー・ピーのスタッフが、最後の仕上げのために大活躍。原口の送った編集映像を手がかりに、正確なタイミングで映像と音声をミックスしてくれた。多くの人々の協力と努力、そしてプロの技術により、「コーラス版オープニング」は復元されたのである。

 まあもっとも、こうしたこだわりの一つひとつが、大河のような遅れとなって、日本コロムビアの武鎗敦子さんを極度の心労に追い込んでしまった(らしい)のも事実。
 復元オープニングひとつにもこんなエピソードが満載なのだ。32頁の解説書の裏に潜むドラマの重みといったら、とてもここで書ききれるものではない。それはもう、日々、死霊(=資料)との闘いの連続であった。
 作品そのもののパワーが、映像のひとコマひとコマに内在するスタッフのドラマが、私たちをして、いつも以上に解説の文章を吟味させ推敲させ、構成に力を入れさせてしまったのである。それぞれが自分の特性を活かし、このDVDに青春のひと夏を捧げた。
 原作連載版と単行本との細かな内容の違いは、長尾けんじ氏が国会図書館と現代マンガ図書館に通い詰めて調査、同時に貴重な当時のカラーイラストなども発掘してきた。氏の収集した貴重な記事の恩恵は、今回のみならず、数知れず。
 音楽については、言わずと知れたマイスター・早川優氏が執筆。
 掲載する絵コンテの画面選び、演出的観点からの解説文は、映画表現に一家言をもつ磯部氏が。モチーフ原型調べは、前述のとおり道原が。そして、総まとめを、アニメ研究に人生をかけた原口が。

 「命を削りました。でも削ってもいいかと思って。『どろろ』なら」
 これは、2002年のアニメーション全国総会でのデータ原口のあいさつである(自己紹介の時、ちょっと宣伝をした)。

 時を越えて、百鬼丸の剣が闇を切る。
 このDVD―BOXを手にしてくださった大人の皆さん。
 子どもの頃は主人公たちと一緒に妖怪や悪人を退治している気分だったのに、いつの間にか切られる側に回っているような気がする人、いませんか?
 解説やスタッフの回想録に深い感動をおぼえ、若い頃の夢を思い出した人はありませんか?
 だとすれば、調べうる限りの情報と映像を乗せて、『どろろ』はそのためにこそ蘇ったのである。
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