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■『河童のクゥと夏休み』
原恵一監督インタビュー

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『河童のクゥと夏休み』原恵一監督インタビュー
第2回 会議で考えるような物語作りはしたくない


── 構成についてなんですが、これまでの作品とは作り方自体、かなり違っていますよね。90分から100分の尺で『クレヨンしんちゃん』の映画を作るのとは、わけが違うというか。
原 違いましたねえ、これは。でも作っている間は、長さとか考えてなかったんですよ。自分で作ったプロットをもとに絵コンテを描いて、それから枝葉末節を切っていく作業をしようと思っていたんです。でも、絵コンテが思った以上に手間がかかって、そのうち作画作業も平行して進めなければいけなくなって……そこでまず計算が狂ってるんですけどね。ようやくコンテを全部描き終えた時点で、3時間分あったんです。さすがにこのままの長さじゃ無理だろうと思ったので、切る作業を始めたわけですよ。絵コンテでも切ったし、フィルムでも相当……30分以上は切ってます。
── 凄い話ですね。
原 やっと今の長さで最終形になったわけですけど、僕としては相当つらい作業でした。原画の人にも申し訳なかったし……。
── ファンとしては、ぜひ全長版が観てみたいと思うんですが。
原 ああ、それはぜひ言ってください!(笑) もし観たいと望んでくれる人がいるなら、声に出してほしいです。自分から言うのはちょっとカッコ悪いんで(苦笑)。
── それはもう声を大にして言いますけど、観たいです!
原 素材はありますからね。音の作業とかは必要になってきますけど、画は揃ってますから。欠番扱いになった段階で作業はストップしてますけど、完成させるのは不可能ではない。
── 原監督としても、全長版を世に出す事は全くやぶさかではないんですね。
原 ええ。切りたくなかったですからね、僕は。ただ、3時間版が今のものよりよくなるかと言われたら、そうでもないと思うんですけど。切ってよかったところも間違いなくあるし。
── でもリクエストは結構あると思いますよ。
原 今回、主に切ったのは日常部分なんです。後半なんかは大体残ってるんですけどね。本来は、もっと淡々とした日常描写がたくさんあった。やっぱり、そういうところからどんどん削らざるを得なくて。詳しくは、今度出る全長版の絵コンテ本を見ていただけると(笑)。
── 楽しみにしてます。僕が最初に拝見した『河童のクゥと夏休み』は、ファイナルカット一歩手前ぐらいのバージョンで、そこからさらに数分カットされたそうですが、どこを切ったかほとんど分かりませんでした。
原 やっぱり切るにしても、なるべく印象が変わらないように、頭を使うわけですよ。そういう事を考えるのが凄く大変でしたね。でも僕、意外と慣れてもいるんです、切る作業に。
── そうなんですか?
原 『しんちゃん』なんかでも大抵切ってるんですよ、いつも長くなるんで(笑)。今回ほどの事はないですけどね。そこで思わぬ発見もあったりする。「ここをこう切ったら、かえっていい感じになるな」とか、「絶対にない方がよかったよ、これ」とか思う事もあるし。
── そんなに悪い事ばかりでもない?
原 まあ、結果的にね。実際に切る時はつらいですよ、どうしたって。僕としては、もっと長くてもみんなに最後まで観てもらえる作品になる、と思ってましたから。今のバージョンは僕から見るとやや短いので、それを見て「長い」とか言われると困るんですよね(苦笑)。まあ、確かに他の作品よりは少し長いですけど。
── 今度公開される138分版にしても、やはり元々3時間の作品だった名残はあって、通常の映画とはまた違った構成になっていると思います。いちばん大きなスペクタクルは映画の4分の3あたりにあって、残りの時間でゆるゆると、スケールは小さいけれどもお話的には大事なエンディングがじっくり描かれていく。贅沢な映画作りをされているなあ、と思いました。
原 これも自然に出てきたものだと思うんですよね。今回、例えばグラフで全体の構成を見て「この辺にヤマを持ってこようか」なんていう作り方はしていない。とりあえず、なんとなく頭の中で育ててきた物語をそのまま組み立ててみたら、3時間になったという感じなんです。いわゆる「観客の望む物語の起伏」みたいなものに沿って映画を作るのは、もうやりたくないと思ってるんですよ。映画は良い意味で観客を裏切るべきだし、その映画に必要な物語さえあれば、もうそれでいいんじゃないか、と思うようになったんですよね。

▼劇中の1シーンより。都心を見下ろす東京タワーがクライマックスの舞台となる

── そのきっかけは『クレヨンしんちゃん』ですか。
原 そうですね。やっぱり『オトナ帝国(クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲)』から。あの作品はかなり自分としては挑戦だったので。それからはなるべく、そういう考え方でお話を作っていこうと思うようになりました。会議で考えるような物語作りはしたくない、と。
── これからも、自分なりの作り方を貫いていきたい?
原 うん、やっていきたいです。しんどいですけどね。でもそういう作業をしないとやっぱり……人と違うものを作りたいですから、絶対的に。「○○みたいに」とか「××のような感じで」とかじゃなくてね。まあ、頼りにしているものはたくさんあるけど、そこで自分なりに組み立て直していかなればいけないと思う。
── なるほど。
原 先が見えない作業になるんですけどね。しかも僕のやり方だと、絵コンテでそれに直面するわけで。
── そこまで苦労してでも、一般的な娯楽映画のセオリーに則ったような映画作りはしていきたくない?
原 そうですね。
── 今まで劇場『しんちゃん』とかでさんざんやったからいいよ、という気分もありますか。
原 まあ、そういう部分もあります。いつまでも同じ事をやっててもしょうがないんじゃないか、とも確かに思ってましたから。さっきも言ったけど、会議室に何人も集まって、みんなで頭を寄せ合ってお話を作っていく、みたいなやり方はしたくないんです、僕は。つらくても自分でやりたいんですよ。
── ファン的にはかなり心強い言葉だと思います。
原 まあ、分からないですけどね。どこかで挫けるかもしれないんで(苦笑)。
── 演出の話に戻るんですが、視点の置き方が面白いと思いました。主人公であるクゥと康一のふたりに限りなく寄り添っていながら、実は三人称であるという。微妙な距離感が保たれている感じがしました。
原 うーん、どういう視点でカメラを置くか、というのは今回そんなに注意してないです。そういえば、観察しているような感じは意識してましたね。「あんまり暑苦しい演出はしないでいこう」というか、あるがままをあるがままに見せるという感じ。それも特に、こうするぞと誓ってやっていたつもりもないですけどね。
── 結果的にそうなった?
原 うん、こうなっちゃったというだけですよね(笑)。ホントに。
── その距離感とも通じていると思うんですけど、日常のリアリティを基調としながら、どこかオフビートな可笑しさも漂ってますよね。康一の家族がわりと簡単にクゥの存在を受け入れちゃったりとか、中盤の座敷童子が出てくるくだりとか。
原 やっぱり「軽み」みたいなものは、なるべく意識しています。そうした方が、かえって奥行きが出るというか。
── 余談なんですが、以前『ケモノヅメ』の取材で湯浅政明監督にインタビューしたんです。まだ企画を練っている段階で、原監督に意見を聞きに行ったら、「ニャンコ先生みたいなキャラクターを入れたらどう?」とアドバイスされて、サルのキャラクターを足したと言っていたんですよ。
原 ああ、うん、言いましたね(笑)。あの企画を見た時、凶暴だったり血なまぐさい部分もある話なので、そればっかりで走っていくのもなあ、と思ったんです。何かホッとする部分も欲しい気がして。そんな時、大ちゃんとニャンコ先生が頭に浮かんだんですね(笑)。凄く強い奴なんだけど、猫を「先生」と呼んで師事している、というのがおかしいなと思って。
── “軽み”の部分ですね。
原 そうそう。
── ナイスアドバイスだったと思います。
原 ああ、それはよかったです。言った甲斐がありました(笑)。湯浅さんが僕の言った事を真に受けてくれたのは凄く嬉しいですね。
── 『河童のクゥ』のキャラクターで言うと、康一の妹・瞳がそういう“軽み”の部分を引き受けているんでしょうか。
原 まあ、そうですかね。
── あの生意気な感じがまたリアルで、面白かったです。
原 小さい子って、自分の気持ちを隠さないじゃないですか。嫌いなら嫌いって言うし、平気で無視したりするし、ツーンとかするし(笑)。そういうむき出しの、あの年頃の小さい女の子らしさを出したいな、とは思ってました。あとはやっぱり、上原家のみんながみんなクゥを迎え入れるわけじゃなくて、家族の中に反発する人も必要かな、と考えた部分もあります。最初はクゥが大嫌いだったのに、最後は好きになっているというのも、やっぱり観ている人は嬉しいじゃないですか。


●『河童のクゥと夏休み』原恵一監督インタビュー 第3回に続く

●公式サイト
http://www.kappa-coo.com/

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(07.08.01)

 
 
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