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水島精二監督が語る劇場版『鋼の錬金術師』
その1 情報量の多さと映画としての語り口


 『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを往く者』は、人気作の劇場版という事だけでなく、いろいろと見るべきところのある作品だった。第一次世界大戦と第二次世界大戦の挟間のドイツを舞台のひとつとし虚実とり混ぜた構成も興味深いものだったし、膨大な物語を詰め込みながらも総集編的にしなかった語り口も見事なものだった。公開はそろそろ終了するが、劇場版の総まとめの意味で、水島精二監督に『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを往く者』について話をうかがった。すでに読者が、劇場版をご覧になっている事を前提にして話していただいている。

●2005年8月14日
対談場所/東京・新宿
取材・構成/小黒祐一郎


●関連サイト
『劇場版 鋼の錬金術師』
http://www.hagaren-movie.jp/index2.html


PROFILE
水島精二(Mizushima Seiji)

アニメーション監督。1966年1月28日生まれ。東京都出身。主な監督作品は『ジェネレイター ガウル』『地球防衛企業 ダイ・ガード』『シャーマン キング』など。2003年から2004年にかけて放映された『鋼の錬金術師』は幅広い層に支持され、ヒット作となった。『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』は彼にとって初の劇場作品。現在は次の監督作品の準備中だ。


小黒 水島さんの人生で、この夏くらい取材を受けた日はなかったんじゃないの。
水島 そうですね。多分、今が人生のピークですね(笑)。
小黒 (笑)人生のピーク!? 気が早過ぎるよ。
水島 いや、俺がこれだけもてはやされるのは、今だけですよ。だけど、来月(9月)から、もう取材の予定がないんです(笑)。なんだ、劇場公開したら、アニメ誌は記事をやってくれないんだ。振り返る記事とかないのか、と思ったりして。
小黒 今まであれだけ載っていたんだから、いいじゃない。
水島 まあ、確かにそうですね。
小黒 試写で、劇場『鋼』を観た時に、語り口が変わってると思ったのね。物語がやたらと詰まっていて、シーンの数が多い。とは言いつつも、総集編的にもなっていないところが面白いなと思った。
水島 そうでしたね。短いシーンの積み重ねだけど、ひとつの流れにするという事に関しては、注意して作りましたよ。會川(昇)氏が僕に「この映画いいよ」と言って勧めてくれた映画に、たまたまそういうのが多かったんですよ。唐突にシーンが始まって、その場面で必要な事だけが語られているんだけど、映画としての流れも成立しているみたいな。僕もそういう映画って、あまり観てなかったので凄く新鮮だったんです。今回のホンを読んだ時に、これだけ語らなきゃいけない要素があるんだったら、その手法をとるしかないなと。一個一個のシーンを普通に作っていくと、絶対にもの凄い長さになってしまう。他の取材でも「今回の映画はテンポを大切にした」と話していますけど、本当にそのシーンで必要なところだけ見せていく。そして、全体がちゃんと流れていく構成にする事を意識してやりました。ほぼシナリオどおりではあるんですが。
小黒 アニメの映画で、これだけ緩急がないのは珍しいよ。
水島 (笑)。
小黒 駆け足で始まり、そのまま立ち止まらず、駆け足のまま映画が終わってしまった。
水島 そうそう。正直なところ、ダレ場というか、ゆったりした部分がほしいと思う人もいるだろうとは思いました。だけど、やっぱ語るべき事を考えると、どうしてもああいう作りになっちゃうんじゃないかと思いますけど。
小黒 シナリオブックを読んで思ったんだけど、例えば映画のスケジュールや規模が違って、2時間半のものを作れたとしても、多分、ゆったりとしたシーンを付け加えるんじゅなくて、エピソードを増やすんだろうね(笑)。
水島 恐らくそうですね。映画の中で語るべき、お話のパーツが増えるんでしょうね。もし、映画の尺数を増やしたとしても、意外とテンポは変わらないだろうと思いますよ。最初の脚本から、お話のパーツを削っていますから、もし尺を増やせるとしたら、削ったものを戻すでしょうね。脚本にはエッカルトのトゥーレ協会に対する形で、シュタイナーという人物の人智学協会の描写があったんですが、トゥーレ協会に対立する存在をフリッツ・ラングに集約させてしまった。その辺を、元に戻す可能性はあるなと思いますけどね。
小黒 エッカルトって、なにか背景はなかったの?
水島 背後に何者かがいたって事?
小黒 いや、クライマックスで、驚くような事を言い出すじゃない。
水島 ああ、あれねー(笑)。上手くいかなかったんだよね。エッカルトの登場時に何か匂わせたり、彼女の持つ未知への恐怖みたいなものを入れようと思っていたんですよ。でも、それをやり過ぎると、あまりにも分かりやすくなってしまう。だから、表情などで、微妙にやったつもりなんですけど、微妙すぎて少し唐突に見えるようになってしまった。それは自分でも残念だなあと。
小黒 むしろ、クライマックスで「実はそんな事を思ってました!」という事が判明して、観客を驚かせる構成になっているよね。
水島 うんうん。意外と小人物みたいな風に見えちゃって、それでちょっと失敗かなと自分でも思っているんです。エッカルトは、難しかったですね。かとう(かずこ)さんの演技のおかげで、キャラクターとしての肉づけができ上がってるみたいな感じで。かとうさんに役について説明した時にも「難しい、難しい」と言われてしまって。
 エッカルトは尺を使って見せるべきだと思いながら、でも、それをすると映画が崩れちゃうんじゃないかと悩みましたね。絵コンテだけでなく、演出チェックの段階で(彼女の感情が表現できるように)僕の方で表情を直したりしたんです。だけど、それは微妙過ぎて、僕自身がそういうキャラだと分かってるから、意味があると思えるくらいのものだったのかもしれない。
小黒 僕らは映画を観る前から、TVシリーズのキャラクターがほとんど出てくる、しかも、現実世界の話もあるらしいという事は分かっているわけじゃない。
水島 ええ。
小黒 盛りだくさんになるんだろうなあと思って映画を観たら、アバンで「過去にエルリック兄弟は、こんな活躍をやっていました」というシーンをたっぷりやって……。
水島 ええ。あれだけで6分あります。
小黒 こっちは、全部で2時間ないのが分かってるから「ここで、こんなにタップリやったらマズイだろ。どうするんだ!」とかね。
水島 (笑)。
小黒 かなりハラハラしながら観てた。話が始まってからも「うわあ、こんなに色んな事をやって、どうやってまとめるんだ」とか。
水島 はっはっはっは(笑)。あれでも、アバンは(コンテ段階で描写を)切ってるんですけどね。
小黒 そうだろうね。
水島 全体のバランスを取るっていうのがこんな難しいのか、というのはありましたね。元々、ホンが長かったんですよ。物凄くスケジュールがもらえる作品だったら、初稿が出た段階で一遍やり直していると思うんです。今回の作品のフォーマットには合わないから、これをベースにそこからまた考えようよ、という事になったと思うんだけど、シナリオが上がった時点でそこまでやる時間はなかった。それで、僕と會川昇で、最初のホンを整理して、今のかたちになったんです。
小黒 去年の秋まではTVシリーズをやっていたわけだものね。
水島 シナリオが決定稿になったのって、多分、11月を過ぎてると思うんですよ。
小黒 そうなんだ。
水島 TVが終わってすぐにやって11月だから、かなり早いと思いますけどね。もっと時間があれば違った作り方もできたかもしれないけど、でも、やっぱり限られた時間内で作るというのはプロとしては当たり前の事なんで。そうやって作ったので、どうしても長い話を圧縮したような印象は拭い去れないかもしれない。僕も會川氏も長尺をやったのって始めてだったから……。いや、それはあんまり関係ないかもしれませんね(苦笑)。
小黒 このコンビだったら、別のプランだったとしても、話をいっぱい詰め込む映画にしたんじゃないの。
水島 まあそうですかね。そういうスタイルであっても、絵コンテのチェックの時間をもっと取れれば、もうちょっと上手いやり方ができたかもしれない。でも、それはこの劇場版だけでなく、どんな作品でも思う事ですから。それに、僕がコンテチェックに時間がもらえなかったかというと、全然そんな事はなくてですね。「年内(2004年)にコンテチェックを終わらせるぜ」と言ってたのに、終わったのは3月末ですからね。充分かかってるよ、という(笑)。だから、僕の力のなさが出てるんじゃないかなと思うんです。まあ、でき上がってから気がついた反省点がなんて、山ほどありますよ。だけど、作っている間はアップアップでやってるから、途中では全然見えてない事だったりするんです。作っていく過程で気づいて直したところも沢山ありましたし。TVで1話ずつ作っていくのと違って、映画って、制作の終盤にならないとでき上がってくるものが見れないというのがあって、それが難しいなあ。気付いた時点では根本的な修正はできなくて、限られた時間内で直せる方法を採るしかない。
 でも、また劇場作品をやってみたいですけどね。でき上がってから、そういう気持ちにはなりました。
小黒 『鋼』で、また映画を?
水島 いや、『鋼』じゃなくても何でも。機会があればまた劇場作品をやってみたいなと。『鋼』はもうないでしょ。やり尽くしたと思いますよ、自分達としては。

●水島精二監督が語る劇場版『鋼の錬金術師』
その2 企画成立と時間との戦い に続く


「劇場版 鋼の錬金術師 
 シャンバラを征く者 シナリオブック」

記事中で話題になっているシナリオブック。劇場版決定稿だけでなく、最初に書かれたプロトタイプ脚本も掲載されている。詳細な解説も付けられており、ファン必携の一冊。

ストーリー・脚本:會川昇
監修:水島精二
発行:スクウェア・エニックス
価格:980円(税込)
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(05.09.14)

 
 
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