色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第88回 昔々……(52) 色を作った! BG-2A、BG-3A、そしてCR-1A、CR-2Aのヒミツ

先週から今週、東映アニメーションの大泉スタジオ、その色彩設計部屋で大移動がありました。僕がフリーランスになったこともあって、フリーの人の部屋とそれ以外の人、という形に今までの部屋を分割したのです。で、それに伴っての大移動。そして身辺整理、大掃除。

ついこの前のこと、と思ってたら、今の部屋に入って15年超だそうです。その間に溜まりに溜まった諸々を、いったんリセット、ってことで、実にいろんなモノを処分しました。

昔の作品の絵コンテや設定資料は自分の記念碑的作品だけ残してあとは廃棄。古くなった参考資料の雑誌、漫画なんかの書籍群も廃棄。デジタル化初期の作品のデータを収めたMOディスク(!)も全部廃棄(←データはずいぶん前にCD化ずみ)。私物の、音楽録りためたカセットテープ、MDディスク群も廃棄。

もうね、よくもこんなにも大量のモノたちがこの机周りに置いてあったよなあ、と呆れるばかりでありました(笑)。

同時にいろんなモノも「発掘」されてきましたよ!

いま書かせてもらってる『Coo 遠い海から来たクー』の関係の本編資料なんか、もう山ほど。で、そんなのを思わず見入っちゃうモンだから、なかなか片づけが進まない、進まない(苦笑)。

それでもなんとか力尽くで片づけまして、無事に「新しい巣」ができました(笑)。

「もうね、これからはできるだけ身軽に生きていこう!」そう誓ったのでありました(笑)。

さてさて。

「それなら、作っちゃいましょ」

「えっ? いいんですか?」と僕。

「今ある絵の具じゃどうしてもできないんでしょ? それなら、作らせちゃいましょう、絵の具会社に。これだけ大きな劇場作品なんですから」

劇場作品『Coo 遠い海から来たクー』の、その肝心の主人公・クーの身体の色がどうしても決まりません。東映動画で使える絵の具では色味がなくムリ。そうしたら急転直下、驚きの展開です。

おおおっ! この展開には正直びっくりでした。いや、実際僕も「それしか方法ないかなあ?」とは思っていましたが、「ま、ムリだろうな」と思ってたのです。

裏技的に、東映動画では基本的に使っていない太陽色彩の絵の具の中にちょうどいい絵の具はないかとも思って探してはみていたんですが、あれだけの色数を持つ太陽色彩色であっても、クーの身体に使える色は、これもまた微妙だったのです。でも、最後にはその辺で監督にも妥協してもらはなくちゃならないのかなあ、とか考えていたわけです。

そもそもなんで新しい絵の具作ることに慎重なのかというと、つまるところ、色数を増やすと、そのぶん余計にお金がかかるワケですね。

当時セル彩色用の絵の具は、業務用大瓶(通称「キロ瓶」)のお値段がSTACが1本2000円(ちなみに太陽色彩は1600円くらいだったはず)。これを彩色作業してもらうスタジオに常備してもらわなければなりません。この新色を必要とするキャラクターが「主人公」のクーなわけなので、当然イチバン出番も多く、となれば、1本、2本ですむわけもなく、大量に準備しておかなければなりません。それが3色、4色〜と増えていけば、それだけコスト増になっていきます。

彩色の仕事は、1枚いくら、の世界です。劇場用作品であっても、東映作品の発注単価はせいぜい300円くらい(もうちょい上だったかな?)の額だったと思います。その中に絵の具などのコストも含まれちゃっておりました。ですので、使用する(準備する)絵の具が増えると、そのぶんプロダクションは大変なのです。

「だったら、増えた新色ぶんは現物で必要なだけ支給すればいいのに」そう僕なんかは考えますが、「単価に材料費は含まれてる」と、どうにもその辺はなかなか会社側が譲らなかったのですね(苦笑)。

また、当時東映作品の彩色作業の中心は、徐々にフィリピンのマニラにあるスタジオにシフトしていました。当時マニラのスタジオへのセルや絵の具類は、すべて日本から船便で送る、という時間のかかるシステムだったのです(カット袋なんかの、現地で作れる工業製品は、現地で作ってましたが)。ですので、制作の途中で絵の具が足りなくなったら大変なので、余剰になることを覚悟の上で大量に送らなければなりません。

で、今回作る新色は、あくまでも『Coo』制作にのみ使っていい新色ってことになるだろうし、今後この色たちが東映動画の使用色のカラーチャートに残って、どんな作品でも使ってよし、というワケではないのです。そんなこともあって「新しい『色』を増やす」というのは、ある意味制作上のタブーでありました。

でも、それでも作ってしまおう、ということになりました。前述のようなことはたしかにあるけど、色を決め込む立場に立ったら、これはもう願ってもない大チャンスでありました。

「どのくらいの数、必要になるのかリストアップしておいて」

そう言われれば、自ずと「必要な色たち」は「欲しい色たち」へと変わっていきます(笑)。それで僕がリストアップした色は、それでも削って約10色ほど。それを会社に出したのです。……が、大方の予想どおり、怪しい雲行きに(苦笑)。どうやらやはり製作部の上の方でいろいろ揉めたようで、結果「10色は多すぎ!」ということでリストは突っ返されてしまいました(苦笑)。でもまあ、全部ダメ、ってことではなく、「最低限」という但し書きつきならば、ということになったのです。

「ま、そうだろうな」と僕。正直そんな事態は予想しておりました(笑)。で、これだけは絶対に新作! という4色をあらためてリストとして出しまして、なんとかGOサインをもらったわけです。

その4色とは、まず「クー」の身体の色2色。クーの身体は上面と下面の2色塗り分けになるのですが、その上面のノーマル色と通常の影色です。これは既存の絵の具であるBG系という色の絵の具を僕が調合してサンプル分を作って色見本を塗り、監督にOKもらったもの。それを絵の具会社に渡して生産してもらいました。それぞれ、BG-2A、BG-3Aと名づけました。

そしてもう2色。これは「キャシー」の肌色でありました。

キャシーは褐色に日焼けした白人女性ということだったのですが、丁度いい絵の具が東映の絵の具になかったのです。東映の絵の具の肌色のバリエーションの少ないことといったら、それはもう致命的でありました。で、ね、いまここに初めて告白するのですが、ちょっとずるいことを僕は画策したのです。

新しく作ってもらったのは、CR-1AとCR-2A。実はこの2色、太陽色彩の絵の具の56N(←たぶん)と45Mだったのです。僕が個人的に持ってたこの2色の太陽色彩絵の具を使って色見本作って、それをSTAC色で作ってもらっちゃいました。

「今回作る新色は、あくまでも『Coo』制作にのみ使っていい新色」ということではありましたが、

「どうせ多く作ってしまって余るんだろうし、余って残ってるんだったらもったいないし、他の作品でも使った方がいいよねぇ(ニヤリ)」

と、まあ、そう考えたのですね。「クー」の身体の色はともかくとしても、この褐色系の肌色的中間色は『Coo』以外の作品でも、とりわけビデオ系作品ではぜひ使いたい色味だったのです。あんまりおおっぴらには使えなくっても、バレない程度にこっそり使っていけば大丈夫、と、そういう計算が僕にはあったんですね。で、もし、万が一足りなくなっても、太陽色彩の絵の具をそのまんま使えばいいんだし、と。

で、実際、『Coo』以降、僕が参加したかなりの作品で、この2色は「こっそり」使われ続けていきました(笑)。

また、『Coo』に入る前に参加してた劇場版『DRAGON BALL Z』なんかのように、追い込み時には太陽色彩色で色指定して韓国のスタジオで彩色してもらう、というパターンの制作態勢もあって、そういう場合にも使えるよね! と、まあ、そんな考えもあったのですね。

そんなわけで、新しく4色が使えることになりました。

大量に使うための新色はこの4色だけだけど、たぶん色指定していくうちに、カットによっては「ここだけ! このカットだけ!」って感じで使いたい色も出てくるんだろうなと、そう考えておりました。その時には、そのカットごとに自分で作った絵の具を添えて彩色に発注してもいいし、太陽色彩の絵の具を持ってる彩色スタジオに発注してもらってもいいし、と、ありとあらゆる手段を使っていこう、そう心に決めておりました。

かくして『Coo 遠い海から来たクー』は、東映動画作品史上最高の色数を使って「色」を作れる態勢を整えることができたのでありました。

そしていよいよ本編の画面作りの本番に突入していくのであります。

■第89回へ続く

(09.04.21)