色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第89回 昔々……(53) 数少ない手持ちの色数で見た人を納得させる色を作り出す工夫、の話

世の中、GWであります。かくいう僕も、実はイタリアに来ております。5年ぶりのイタリアは、いきなり連日連夜、大雨に見舞われております。……う〜む、誰かの陰謀か?

僕はイタリアなのですが、東京の現場はGW中も仕事稼働中。出発までに予定の作業を終わらせられなかった僕は、ノートパソコンとペンタブレット持参でイタリアを移動しております。ホテルの回線でインターネットにつないで、東京と設定データのやりとり&チェックです。便利な世の中になった反面、どこにいても仕事が追っかけてきますねえ(苦笑)。

で、大方の予想どおり、この連載原稿も間に合わず、現在滞在先のホテルで書いてます(汗)。しかも7時間の時差の関係で、うまく更新作業の締め切りに間に合うのかが……。あ〜、すみません……。

さてさて。

ようやく新色絵の具問題も一段落。クーの身体の基本色も決まりました。届いた新色を使ってキャラクターの色見本の作業も進んでいきます。

クー……こだわった身体の色も新色でクリア。

洋助と徹郎……この親子はわりとすんなり決まりました。似たもの親子だし。服装もシンプルだし。注意したのは肌の色。日焼け具合のバランス。「日焼けした東洋人」っぽさを、実際どの色(どの絵の具)で表現するか、がミソでした。あんまり黒くしちゃうと、髪の毛とのバランスも悪くなるし、だいいちポリネシアンとの差別化ができにくくなります。なので、わりと明るめになりました。で、当然、子供の方が元気のいい感じに濃いめの日焼け具合になりました。

トニー……「オーストラリア人のおっさん」っていうフンイキで、白人らしく少しピンクっぽい肌色に。ただし、彼はあんまり日焼けさせない、って決めてました。

キャシー……こだわった肌色も新色でクリア。ただし「それでも女性らしく肌を明るく見せよう」と、着ているシャツを黒っぽい色にして、バランスで肌が明るく見えるようにしました。「雨のシャワーシーン」は、下着と肌のバランスが絶妙に決まりました(笑)。

彼女の持ち物にカメラバッグが出てくるんですが、プロカメラマンの機材っぽくしたくて、普通のジュラルミンバッグにはせずにNIKON製の黄色と黒のバッグにしちゃいました。

ブルーとホワイトチップ……この2頭のイルカは、結構大変だったです。「ホワイトチップ」は、要するに白い斑点があるからすぐそれでなるほどって感じですが、「ブルー」はなんでブルーなのかっていうと、きっと他のイルカたちよりも青っぽいんじゃないのかな? と、そう考えました。でも、じゃ、青いってどれだけ青いのか? で、いろいろ試して、「あ〜、こんなでいいんじゃないのかな?」というところへ着地。つまるところ「考えすぎないでいいんじゃネ?」と(爆)。

それともうひとつ。イルカの身体の上面と下面の塗り分け問題。本物のイルカって、パッキリ色が分かれてるわけじゃなくって、境界線はグラデーションになってるわけで、でもアニメではなかなかそれができないので、その塩梅が難しかったのです。でも結局、微妙なところを狙いすぎるよりも見せ方の中ではっきりしてた方がいいのではないか? ということになって、あんな色味になりました。

だいたいメインで登場するキャラクターのあらましはこんな感じ。

で、こうして色を決め込んでいく中で、みんなの中に新たな課題が生まれていきます。「屋外と室内でのキャラクターの明るさ、見え方は同じでいいのか?」ということです。

屋外のシーンは、例えば太陽が燦々と照っているならば、影の面積を小さめにして少し影を濃いめに作れば日差しの強い印象はできますし、それほど晴れていなくても、通常の影の作画の仕方で普通に彩色してあれば、まあそれで大丈夫かな? と。

ところが、じゃ、室内ではどうなのだろう? と。「たぶん、少し暗いよね?」と。しかし「単純に全体に少し色を暗くすればホントにそれでいいのか?」ということになったのです。

屋外は南国の強い日差しが降り注いでいます。室内といってもそれは南国の簡素な作りの建物ですから、キッチリと遮光をしているような密閉された空間ではなく、そこら中が窓であったり扉であったり、絶えず外からの明るさが入り込んできているのではないか? と。

二三さんの室内の美術ボードは、比較的柔らかめに明るく描かれていました。屋外はスコーン! とまばゆく明るいので、室内は影がちになりそうなのだけれど、その室内で目が慣れた明るさ、みたいな感じの柔らかさです。

「ならば、キャラクターの輪郭に沿って、ハイライトを作画してはどうか?」そういう提案がなされました。ハイライト、といっても、光の反射を強く感じるようなパキッとはっきりと強いものではなくて、いわゆるノーマルの部分とさほど差のない程度の柔らかい色の差のモノをつけてみよう、と。

で、大倉さんからハイライトを作画追加した影つきキャラ設定が上がってきて、それを基に色見本を何パターンか作ってみました。

まずは、基本のいわゆる「ノーマル」の色指定の色見本に「ノーマル」色より少し明るい色でハイライトをつけたもの。これはどうにも明るくなり過ぎ。見ようによっては、屋外の場合より明るく見えたりしちゃいます。

ついで、基本の色を全体に1段階暗く影色塗りにして、ハイライトとして「ノーマル」の色を塗ったもの。これが予想通り微妙な出来に。やはりネックは絵の具のバリエーションでありました。

デジタルの今だったら「じゃ、全体に明度を○%下げて……」とか、Photoshopでちょちょい! と微妙なことも楽にできちゃうのですが、セルで絵の具のこの当時は、色味を1段暗くするにも「暗く見える絵の具で塗る」ワケなのです。で、手持ちの絵の具のバリエーションではどうにも暗くなり過ぎちゃって、背景に対して逆に浮きまくる(沈みまくる)という状態に。

う〜む……。

で、考えに考えて作り出したのが「部分的に暗く色を下げてハイライトを活かす」というもの。例えば、髪や肌は基本の「ノーマル色」そのままにして暗くせず、柔らかくハイライトをつける。で、シャツなどの明るい色の部分だけ1段暗い色を設定して塗って、ハイライト部分はその部分の元々の「ノーマル色」で塗る、という今風に言えば「ハイブリッド方式」でありました。

キャラたちが並んだ時のバランスを見ながら、1人ずつ丁寧に、使える絵の具で色を決めていきました。これがなかなかいい感じでバランスよく画面におさまりました。

とにかくデジタル彩色になった今では、ホント簡単に色あいや明るさを修正調整できちゃうので、むしろあんまり頭使って考えなくてもある程度までは作れちゃったりしますが、こうして思い返してみると、この当時は、とにかく頭使ってひねり出してたなあ、とそう思います。

この「ちょっと暗くする」みたいな場合だけじゃなく、例えばイメージ空間のシーンの描写や炎の照り返しみたいなリアルな描写とか、ありとあらゆる場面で、僕らは「あ〜、この色とこの色の間の色の絵の具がないんだよね……」みたいなことばかりでありました。

で、そのたびごとに頭ひねって、手持ちの絵の具の組み合わせを数限りなく試して、説得力のある組み合わせを作って乗り切ってきたのです。

確かに今は今だからこそ、の苦労とか考えることもいっぱいあるけど、「数少ない手持ちの色数で見た人を納得させる色を作り出す工夫」は、僕だけのことじゃなくって、この頃のアニメ業界中の色指定さんみんなの闘いだったのでした。

■第90回へ続く

(09.05.01)