色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第143回 『四畳半神話大系』色彩設計おぼえがき 第4巻(最終巻)

先日、プロ野球のドラフト会議が開かれまして、将来有望な若者たちがそれぞれ各球団に指名されましたね。以前、僕はドラフト会議って「職業選択の自由を侵害してるんじゃないか?」とか考えてたんですが、最近少々考え方が変わりまして、実はあれって「プロ野球」っていう大きな企業に就職を希望して、そのなかで「球団」という12の支社に配属になる、というものなんじゃないか? と。だって、最近は「プロに行きます!」っていう「就職希望」を出すんですよね? 学生は。
でもだったら「初任給」は一律同じにしちゃえばどう? って思うんですけどね。で、2年目からは実力に応じて昇給になっていくの。どうでしょうかね?
「日本プロ野球」っていう企業に行きたくなくて「外国企業」であるところのアメリカへ行きたい人とかは、そっちに「就職希望」だして行けばいいんだし。中には長年「日本プロ野球」で働いてきて、アメリカに「転職」したい人も居るだろうし。まあ、採るか採らないか、就職できるかできないかはいろいろでしょうが。
とかね、いろいろツラツラと考えてる秋の夜です。…え? 日本シリーズ? なんの話でしょうか? ちなみに僕は巨人ファンです(笑)。

さてさて。
まず先に「おまけ」のおぼえがきから。
『四畳半神話大系』は当初より本編は全11話と決まっておりましたが、そのほかにTVサイズ1本分、DVD&Blu-ray特典用に「番外編」の制作が決まっておりました。結果的に3本の短編になりましたが、僕ら現場では「第12話」という名前で制作が進行。スケジュール的には本編最終話の作業のあと、間を開けずに作っちゃいました。「あくまでも『おまけ』なので、かる〜く」と、湯浅監督。かなり本編とはテイストの異なった仕上がりになっております。ちなみに色指定は僕がやってます。3本3様、文化祭で上映する自主制作映画みたいで、たいへんおもしろかったです!

■おまけ第1話(12話の2) 地面潜航挺、南極へ

絵コンテ・演出・作画:三原三千夫、色指定:辻田邦夫
演出の三原さんの「ひとり原画」な1本です。背景の実線タッチもすべて、三原さんが描かれてます(美術打ち合わせの時に、三原さんがあらかじめ背景用の画用紙に描いて持ってきたのでありました)。

TVシリーズ本編では原則キャラの肌は色ナシの「白」だった訳ですが、この「おまけ」では、その原則からも離れて自由に作りました。ただ、「あまりにもかけ離れちゃうとそれはどうよ?」ということもあって、基本色数、塗り分けは極力なくす、と。よってこんなヴィジュアルになっていった次第です。
この3本の「おまけ」には「色」で縛りが設けてありまして、2本目夏目さんのが「ピンク」というか「赤」、3本目宮沢さんのが「白黒」、そしてこの1本目の三原さんのが「青」。タコの化け物になっちゃってる小津が登場するのですが、最初、三原さんからは「ピンク系で」というオーダーがありました。青白の世界にピンクのタコ。ところが、いざ色を置いてみるとどうもおさまりがよろしくない。で、結局、小津タコも青になりました。この青い小津タコ、僕はなかなか気に入っております。

■おまけ第2話(12話の3) 地面潜航挺、女湯へ 〜閨房調査団桃色探索〜

絵コンテ・演出・作画:夏目慎吾、色指定:辻田邦夫
これも演出の夏目さんの「ひとり原画」です。すっかり「ピンク担当」な感じになってしまった夏目さんです(笑)。この話では、もうなんといっても明石さんのスク水姿です! 羽貫さんの肩のずり落ち具合といい、裸タオル姿といい、もうやはり「ピンク」な夏目さん、というポジションを狙ってるなあ、と(笑)。

実はピンクという色は、PCのモニター上ではなかなか作りにくい色で、こちらの思うようにちゃんと発色してくれません。彩度をいくら上げていってもあんまりその変化が見えないのです。ところがこれが撮影されてビデオ信号化されると、思いの外、派手に発色してたり、赤やムラサキに色味がシフトしちゃってたり。でも、今回は「ピンク」っていうよりもどっちかっていうと「赤」でしたね。なかなかうまくいきました。
三原さんのもそうでしたが、ほんのりと「夜は短し歩けよ乙女」のフンイキを取り込んでおります。両方ともそれぞれに「李白」というキャラが登場。さらに「古本市の神様」も登場です。

■おまけ第3話(12話の1) 恋と釣りの地面潜航挺

絵コンテ・演出・作画:宮沢康紀、色指定:辻田邦夫
「宮沢さんって、ちよっと変わってる人だから」と、何人かの方に打ち合わせ前に耳打ちされておりましたが、いやいや、全然普通な方でしたよ。多少一途に情熱的に過ぎる部分もある方ではありましたが(笑)、とってもステキでありました。そんな宮沢さんの回が実は「おまけ」の1本目でありまして、それまで11本に渡って培ってきたTVシリーズでの原則をリセットしての打ち合わせに、僕も美術さんたちもちょっと困惑したのは事実です。

この話も宮沢さんの「ひとり原画」。キャラが色つき、というか色ナシ(?)というか、「白私」「黒私」「白小津」「黒小津」……まあ、そんな感じで、ちょっと複雑なヴィジュアルなお話なのですが、カット番号順にドンドン作画が上がってきてくれて、絵コンテの順を追って色指定ができたので、非常にわかりやすく助かりました。
ところが、だいぶ完成に近づいたある晩、ラッシュチェックとリテイク出しが終わって宮沢さん帰途に就かれてしばらく経ってから、宮沢さんからいきなりの電話。
「あの〜、銛の色をですね、いや、ホント、申し訳ないんですが変えたいんですよ、ええ。いま、電車に乗ってましてですね、ちょっと思いついちゃいまして、そうしたらどうしても変えたくなっちゃいましてえ……」
本編中「私」が鮮やかな色の銛を持ってるんですが、その刃先の色味を水色から赤黒っぽい色に変更したいのだ、ということなのです。

というわけで、そこから数時間かけて、塗り上がってたセルを全部塗り直しました(笑)。実はこの時点で、ほぼ全カット、彩色作業が終わっていたのでした。後にそのことをずっと宮沢さんに恐縮されてましたが、いえいえ、僕は全然大丈夫ですよ。なぜなら、この変更後の色の方が断然シックリと画面にはまっていたのです。ああ、すごいなあ、宮沢さんのこの直感力は! また是非ともご一緒したい演出さんが増えちゃいました!(笑)

……そんなところで「おまけ」の話は終わりです。さあて、いよいよ本編、ラストまで一気に行きます!

■第9話 秘密機関「福猫飯店」

絵コンテ・演出:横山彰利、作画監督:牧原亮太郎、色指定:斉藤麻由
当初のローテーションだとこの9話、色指定は3話、6話の大塚さんだったのですが、別作品の追い込みで参加できなくなり、代わりに斉藤さんに参加していただきました。で、そんな1本がかなりたいへんな1本でありました(笑)。
9話はなんといってもここまでの総括のお話。これまで「私」が絡んできた諸々の組織団体の、そのウラで糸を引いてたのが福猫飯店であり小津であったという。そして「私」は……というお話。夜のインクラインで明石さんにひっぱたかれる自転車整理軍のシーンからが現在(OP前もそうですね)、それまでは過去回想。

「『私』の所属ごとに色変えて、わかりやすくしましょう」と、美術ボード打ち合わせで湯浅監督。福猫飯店での「私」が所属する組織のシーンごとに色分けしちゃおうということなのです。「図書館警察」は青系、「印刷所」は緑系、そして「自転車整理軍」は黄色系。
で、美術ボードが上がってきて、いつものようにボードにキャラを載せてそれぞれ色味を作って監督&演出チェック。最初僕は「背景がそれぞれの色」で、キャラは通してノーマルっぽくっても成り立つんじゃないかな? と考えていたんですが、「あ、いや、そうじゃなくって全部変えちゃいましょう」と監督。「キャラも含めてすっかりモノトーンっぽくしちゃいましょう」ということに。すぐさまその場で慌てて色味作りなおしまして、湯浅監督と横山さんにチェックしていただきOKいただきました。それにあわせて、新作分はもとより、例によって過去話数のBANKカットも色替えを。
とにかく総括の話数のため、過去の多くのシーン、カットがめまぐるしく登場。しかしながら、いろんな断片がつながっていく気持ちのよさがそこにはあって、斉藤さんには作業がたいへんで申し訳なかったんだけど、実は僕はかなり楽しんでおりました(笑)。

「可能性という言葉を無限定に使ってはいけない」「ありもしないモノに目を奪われてはどうにもならん。自分の他の可能性という当てにならないモノに望みを託すことが諸悪の根源だ」「いまここにいるキミ以外に他の何者にもなれない自分を認めなくてはいけない」早朝の鴨川デルタ、「私」の迷い、悩みの問いかけに対する樋口師匠のお言葉です。このシーンはこの作品の大きな柱であると思っています。白黒モノトーン基調のなかにほんのりと青みを持たせた鴨川の優しい背景と、樋口師匠のマフラーの青みで、実に透明感のあるいい画面に仕上がったと思います。大好きなシーンです。

■第10話 四畳半主義者

絵コンテ・演出:CHOI EUNYOUNG、
作画監督:伊東伸高・石浜真史、色指定:鈴木寿枝

10話は四畳半から出ない、いや出られないお話。いよいよラス前、いよいよ大詰め。

この10話、僕ら色チームより、断然、美術チームがたいへんでありました。何がたいへんだったといえば、閉じ込められた四畳半世界はほぼすべて写真背景で作ることになったからです。これって知らない人から見れば「描かなくていいから楽じゃん!」とか思われがちですが、いやいやとんでもない! 僕が言うのもナンですが、全部最初から描いた方がどれだけ楽か!

実は制作期間中、都内某所に実際に四畳半を借りておりました。いろんなもの(ほとんど湯浅監督の私物です(笑))を持ち込んで「私」の部屋の撮影モデルを構築したのです。オープニングも含め、本編で登場した実写の四畳半はほぼここで撮りました。で、たとえば、できあがった絵コンテ、レイアウトのそのとおりにその四畳半を使って撮影できたのなら、それは確かに楽と言えましょう。しかし実際はそれができないのです。確かにモデルとなるリアル四畳半はある。しかし、いくらカメラで撮ろうと思っても、絵コンテの画角どおりには決して撮れないのです。なぜなら、レイアウトは意図的にパースをいじって歪ませてるからです。あの独特の「湯浅パース」。計算式で作れるパースじゃないのです。じゃあ、実際どうやってあの写真背景を作っていったのか? というと、大量の写真参考を切り貼りして組み合わせて作り上げていったのです。
その部屋で撮影した大量の写真素材を使って、1カット1カット、コラージュの嵐です。1枚の写真がそのまま使えたなんてカットはほとんどなくって、せいぜい畳のドUPくらい。ほとんどの背景は、このカットのベースはこの写真を使って、この本棚はこっちの写真から、あの壁と窓はこっちの写真から、という具合に切り貼り切り貼り、寄せ集めてそれらをPhotoshopで変形させつつ、レイアウトの変形パースにあわせて貼っていく。で、足りないところは描く(!)、という、まさに気の遠くなる作業でありました。

一方、色はというと、閉じ込められてからは基本変えない、と決めておりました。しかし、そこでちょっとだけ僕とウニョンさんとで意志の疎通ミス、っていうか確認ミス。僕はノーマルで行くつもりでいたのですが、ウニョンさん的にはモノクロトーンのつもりだったのです。そもそもノーマルは非常にモノクロトーンっぽいんですが、実はちゃんと色が入ってるんですね。セルが上がり始めていくつかラッシュが上がったところで、その問題が発覚。で、大急ぎでセルの方を修正しました。いやはや、ホントに申し訳なかったです>関係各位

■第11話(最終話) 四畳半紀の終わり

絵コンテ・演出:湯浅政明、作画監督:伊東伸高、色指定:秋元由紀
いよいよ最終回であります。シリーズ開始当初、第1話はまず僕が色指定担当して、なんとか最終話も僕が、と思っていたのですが、さすがにスケジュールが切迫していて、8話以降の話数は色指定開始から原板納品までほぼ1週間という状況でありました。さらに最終話は絵コンテがギリギリまでかかってしまい、シリーズ中もっとも持ち時間のない1本となっていたのです。「これは僕のスピードじゃ無理(泣)」。確かに自分でやりたかったのですが、制作的に考えてもっとスピードのある人に担当してもらった方がいいと僕が判断。で、今回の色指定チーム屈指のスピードの持ち主、秋元さんに担当してもらうことにしたのでした。
実際、最終話については1話のBANK素材の加工作業やら、その他膨大な量のBANK素材加工やら、それらは一手に僕作業になるので、実際本編の新作カットと一緒にはやりきれないのです。結局のところ、全体のカット数の1/3以上は僕が加工した素材カットだったので、まあ、僕も1/3は一緒にやったんだぞ! と(笑)。
そんな最終11話。

「全然つながらなくていいので、動画1枚1枚作画も変えちゃうので、セル1枚1枚色をカラフルにつけていってほしいんです」と湯浅監督。「四畳半主義者」の呪縛から解き放たれて見回した世界は、まさに色とりどりの輝きに充ち満ちた世界であった、と。それをまさにそのとおりにビジュアルを作ろうというわけです。もうこの辺は「色指定さんよろしく!」って感じで秋元さんにがんばってもらったんですが、上がりを見せてもらったところ、まだちょっと遠慮がちのカラフルさ。なのでそれらのセルに色調の補正をかけて、全体的に「えいやっ!」っと彩度を上げまくりました。ひとつひとつの色が原色に見えるくらいまで、ガガッ! と補正かけさせてもらってあの画面になりました。

11話のクライマックスは、1話で登場した五山の夜でありました。実は僕がもらっていたシナリオは3話まで、あとはプロットを9話か10話分までしかもらっておらず、11話がどうなるのかは、まあ「最後の最後は病室であの台詞だろうな」とは思ってましたが(笑)、実際に監督の絵コンテが上がってくるまでわかっておりませんでした。でも、1話を作ってたときに、何となく「最終話はこの五山の夜に帰ってくるんじゃないかな?」という予感があったのですよね。そうしたら、まあ、なんとドンピシャリでありました!
その1話の時に漠然と考えていたのが、「このモブキャラのシルエットたち、最終回ではちゃんと色を入れたい」と。なので、それらBANK素材のモブキャラのシルエットたちに、1人1人色を入れていったわけです。これがまあ、いい感じでたいへんな作業でありました(苦笑)。そもそも1話制作時、これらのモブのシーンはほとんど、自由彩色という指示の仕方で、彩色作業をしてくださる方にお任せでそれぞれ塗り分けてもらってたのです。で、1話では結果的に1色塗りに塗り替えちゃったのですが、それを今回改めて塗り分けを作り直しました。最初の最初に塗ってもらったデータを残してあれば、それをもとにちょっとは楽ができたと思うんですが、まあそれはそれ。持ち時間も少なくたいへんではあったけど、とっても楽しく作業しておりました(笑)。そしてその甲斐あって、先の百万遍の交差点で「私」が見回したカラフルな世界からの一連の画面の流れが、実にいい感じに組み上がったと思います。

11話のシーンの色替えで、最後までこだわって監督と作り込んだのは、あの夏の下鴨神社の境内の古本祭りの回想シーンでありました。この『四畳半神話大系』の大きな軸は「私」と小津でありますが、もうひとつの軸はやはり「私」と明石さんでありましたから。
このシーン「緑色で」というのは美術ボード打ち合わせ時から決まっていて、じゃあそれに併せてどう作って行こうかと。この回想で、シリーズを通して初めて「私」が「明石さんに惚れた」と独白するのです。なのでこのシーンを、11話でいちばんいいシーンにしたい、と、僕はそう思っていたのでした。
やはり「私」と明石さんのいいシーンは、あの1話の糺の森の夕景の回想シーンです。ですので、監督も僕も、自然とあのシーンの方向へと向かいます。あの夕景の回想シーンの色を作ったときのような組み立てで、そうしてできあがったのがあのシーンのあの色でありました。

……というわけで、これで「おまけ」も含めて全話分終了であります(パチパチ)。
自画自賛でありますが、これは僕だけの仕事じゃなくって、一緒にがんばってくれた色チームの色指定さんみんなで残せたとってもいい仕事であります。今回のこの色チームは、僕にとってはまさにドリームチームでありました。そして、湯浅監督をはじめとするすばらしい、っていうかスゴいスタッフと一緒に仕事ができたことも、みんなにホントに感謝です。ホントに楽しい日々でありました。2009年の晩秋から2010年夏のはじまりまでのステキな体験でありました。そしてまたいつか、またこのみんながどこかで巡り会えればいいな、と願っております。

第144回へつづく

(10.11.02)