色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第133回 昔々……77 1994年その11 劇場版『セーラームーンS』さらに色カーボンの憂鬱

前回「今年、蝉、少なくないですか?」と書きました。「他の地域はどうだかわからないですが、この中野は確実に今年蝉が少ないです」そう書いた原稿が全世界へ向け公開された翌日から始まりました。今年も蝉、狂乱です。
東の空が白みはじめる午前4時前から鳴き始める蝉、そのままギンギンに鳴き続け、1日でイチバン暑い(熱い)午後1時〜3時くらいはひと休み。そして夕方から夜半まで間断なく鳴き続けてるんでありますよ。
もうね、素晴らしい(苦笑)。
この調子なら、7年後もきっとたくさんの蝉が鳴いてくれることでしょう。
目下、絶好調なのはミンミン蝉。徐々にアブラ蝉の声が多くなって、やがてツクツクホウシへと移っていきます。そうするともう「秋」が迫ってるのでありますな。

さてさて。
敵キャラの処理に青カーボン、そして白カーボン導入を決めた劇場版『セーラームーンS』、決めたあと実は制作のえらい人に呼ばれました。
「これ、どうしても色カーボンじゃないとダメなわけ?」
実は、色カーボンは若干お値段が高いのです。当時確か、フツウの黒いカーボンの単価が1枚17〜18円くらい、一方色カーボンは20円以上してたのでした。しかも、色によっても多少単価が違ってたらしい。
さらに、問題が。実は色カーボン、流通してる量が絶対的に少なかったのです。作品単位で使うことがままある、茶カーボンについては、そこそこ流通量があるのですが、この白や青は、極めて特殊な時にしか使われてないモノなので、東映の社内には多少はあるものの、外注プロダクションさんや、ましてや動仕作業をお願いする事になるフィリピンや韓国のスタジオには、まず手持ちの在庫ナシ、と考えねばなりません。となれば、発注する際に必要な量をカットと一緒に先方のプロダクションに渡すことを考えねばなりません。
とにかく問題なのは、お金よりもその使用量でした。僕が言うのもナンですが、お金はまあどうとでもなる。劇場作品だし。でも、制作の途中、肝心なところで「カーボンが足りない!」という事態になったら大ゴトです。
聞いた話だと、この色カーボンの増産っていうのが結構大変らしくて、今日増産をお願いして明日明後日には、っていうワケには到底いかないらしいのですね。しかも機械の運用上、1回にまとまった量を作らなくてはならないらしく、必要な分を必要なだけ、というワケにはいかないらしいのでした。「代わりに全部色トレスで……」なんてのは、もはやあり得ない話ですし。
「ええ。白カーボン、青カーボン以外無理です!」と僕。
だいたい何カットくらいに「スノーカグヤ」や「スノーダンサーズ」たちが登場するのかを絵コンテからカウントして、おおよその使用量の予想を立てたりもしましたが、まあ、なんせ劇場版です。おそらくガンガン動きまくるんだろうし、ってことで、とにかく多めに準備! って話になりました。確かメーカーの城西デュプロさんにも在庫がそれなりにあったんじゃなかったかな?

かくして本編作業に突入したわけなのですが、まず先行してる予告編カットの作業でいろいろと問題が発覚です。
まず、作画上の問題がひとつ。通常の黒カーボンのキャラと色カーボンのキャラが同時に登場するカットでは、必ずそれぞれ別々のセルになるように作画しなければなりません。実は色カーボンと黒カーボンは、転写の際の熱量に差があるため、1枚のセルに同時にカーボン転写ができないのです。
いや、厳密に言えば、1枚のセルに「合成」できるんですが、そのためにはある程度の知識と丁寧さが要求されることになり、スケジュールのない中で、しかもイマイチ意志の疎通が不安な海外での作業が中心な量産態勢を考えると、動画をそれぞれ別々にあらかじめ分けておいた方が無難、という見解に。なので、本来なら描き込みで1枚ですんだ動画が、キャラ別に2枚、3枚という風に増えていったのであります。
そしてさらなる問題点が! 塗り上がってきたスノーカグヤのセルを見て呆然です。なんと、白カーボンを使用しているスノーカグヤ、良く言えば塗り色トレス、悪く言えば裏表間違えて塗ったような、一瞬なんだかわからない、そんなぼけぼけの塗り上がりになってしまっているのです。
これはどういうことかというと、アニメーションのセル絵の具での彩色では、裏側から絵の具を塗っていくわけですが、当然主線、すなわちカーボン線の上にも絵の具を塗ることになります。通常の「黒カーボン」であれば全然問題ないことなのですが、「白カーボン」の場合、カーボン線自体が半透明なくらいに薄いため、塗った絵の具に負けてしまって、まるで線がないように見えてしまうのです。

いやあ、これは迂闊でした。
実は色見本作ってチェックしたときには、黒カーボンで塗り上げた色見本セルに、白カーボンの線だけのセルをかぶせたモノをみてもらって「OK!」をいただいていたのです。ですからこのようにセル絵の具に塗り負けてしまうことはなく、塗ってある絵の具に対してシッカリと白い線が浮かび上がっていい感じだったのです。ちなみに、青カーボンのスノーダンサーズの方は、塗り色自体が白だったりしたので、そんなに塗り負けることもなく、むしろいい感じに仕上がっておりました。やはり問題は女王さまです。
さあ、どうする?(汗) すでに本編作業はスタートしてしまいました。いまさら変更は利きません。

第134回へつづく

(10.08.10)