色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第132回 昔々……76 1994年その10 劇場版『セーラームーンS』色カーボンの憂鬱

8月になりましたね。連日猛暑の東京です。今年、蝉、少なくないですか?
我が家は公園の隣にあるのですが、日中はそこそこ鳴いてる蝉たち、夕方になるとパタッとその声が止んでしまいます。去年も一昨年も、日の出とともに始まった蝉時雨が、一日中、時には夜中までも続いていたのに。今年はなんとも静かなものです。
他の地域はどうだかわからないですが、この中野は確実に今年蝉が少ないです。
蝉は約7年間地中で過ごします。7年前、もしかしたらその年は、やはり今年みたいに蝉が少なかったのかもしれません。7年前? どんな年だった? 僕はどんな仕事してたっけ?
そして7年後の夏、また蝉の少ない夏になるのかな?

さてさて。
劇場版『セーラームーンS』、今回の敵は雪と氷の女王プリンセス・スノー・カグヤとその手下たち。原作者書き下ろしのストーリーですから、当然原作者からの敵キャラたちのイメージのイラスト画が送られてきてました。
う〜む、真っ白(苦笑)。
そうなのです。「雪と氷」ってイメージだから、まあ、そうなってしまうのも頷けるんですが、女王も手下も上から下まで全くの白一色。確かに漫画イラスト風に描けば、それはそれでいい感じに見えるんでしょうが、このアニメ版においてはなかなかそれでOKってことにはできません。とにかくもうちょっとなんとかして、女王らしさと手下との格の差を作らないと。かと言ってあんまり色数は増やしたくないし、やっぱり「雪」と「氷」な感じだろうし。
で、ひとまず「こんなかな?」ってな感じの色見本を作ってみました。まず手下たち「スノーダンサー」は、ほぼ原作イラストどおりのイメージで、肌も髪も服も一切塗り分けナシの白一色。影色にCB系の薄い青にまとめてみました。
女王プリンセス・スノー・カグヤも原作イラストをベースに肌と服に白、そして髪や装飾品にN系の水色。上半身には描き込みで薄いベール状のガウン。さらにその上に頭からのベールが半透明のダブラシ処理で乗ります。白〜青(水色)、あるいは白〜うす紫な感じにまとめようと試みました。
ところが、なんだろう? なんかイマイチしっくりきません。なんかね、固いのです、印象が。色自体は白基調でまとめられてはいるんだけど、透明感っていうか「冷たさ」がちょっと違う方向に向いてしまっているのです。
「ああ〜、主線(輪郭線)が固いのか」。
通常アニメーションのマシントレースでは、黒いカーボンを使用しているので輪郭線が黒になります。これが例えばうさぎたちレギュラーキャラたちのように、肌や髪や服などにボリュームのある色を使っているのなら気にならないのですが、今回の女王と手下は基本が白。となると、白に黒い輪郭ではどうしても固い、っていうか汚く見えてしまうのです。

で、思い立ったのが色カーボンです。
以前にもどこかで書いたかも知れませんが、この黒のカーボンの他に茶、ピンク、緑、白などいくつかの色カーボンがあるのです。で、その中から今回はまず、青を使ってみようと考えたのでした。
で、先の色見本に青カーボンの線を乗せてみました。激しく飛び回る、スノーダンサーはいい感じ! 主線を青にしたことでキャラクターに透明感とスピード感が増していいバランスになりました。ところが女王スノーカグヤがどうもイマイチ。やはり手下に似ちゃうのです。これはやはり、いったん原作イラストから離れて根本的に考えてみた方がいいのではないのか?
ということで、思い切って塗り色を白から離して作りかえてみたわけです。そして主線の色、カーボンも白を使用。肌や髪の塗り色に使ってた白をやめて、白い輪郭線が映えるように塗り色をそれぞれ水色系の色に変更してみました。正直言って、原作イラストとは見た目全然違っちゃいました(汗)。実際本編で画面では、さらにこの上に雪だとか風だとか、あるいは光線系のワザ効果が乗るわけで、そのことを考えたら、まあ、これくらい色があっても大丈夫なのでは? と。
そんな考えで整理した色見本たちを、プロデューサー、監督、作監、美監など、メインスタッフに見てもらって、多少手直しをして決め込み完了。原作者サイドに送りました。「ひょっとして、『わたしの描いたのと違う!』って言われて差し戻しにされるんでは……」と、ちょっとばかり戦々恐々。ちなみに、その他のゲスト、宇宙翔(あおぞらかける)と名夜竹姫子(なよたけひめこ)は、ほぼ原作イラストのとおりの色に作りました。
しかしそんな心配は杞憂に終わり、結果は多少の手直しの指摘はあったものの、基本すべてOKとなりました!

さあ、これで本編の作業スタート……なのですが、この色カーボン、実は想像以上に厄介なシロモノだったのでした。

第133回へつづく

(10.08.03)