色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第126回 『NOX』のこと

梅雨到来、毎日蒸し暑くて参ってます。一年でイチバン苦手な季節到来です。
今年の梅雨の僕の新兵器はロング・パンツ。日本語に訳すと「ステテコ」です。今年の僕の誕生日プレゼントに奥さんがいくつか買ってくれました。いろんなプリント柄が施されてて、ちょっとオシャレでかわいいヤツ。自宅仕事部屋ではこれ履いて過ごしてます。あ、さすがに外には履いて出ませんよ(笑)。
サラサラの素材で作られてる上にちょうど長さが膝下くらいまであるので、膝の裏とか汗をかきやすいところまでしっかりカバー。上手い具合に汗を吸ってくれるのですよ。この「おしゃれステテコ」、なかなかやります!
そんな、「おしゃれステテコ」姿で今日もこの原稿を書いてます(笑)。この夏、これ流行らないかな? 流行るとうれしいなあ。

さてさて。
「辻田さん、はい、これ! お待たせしました」と、先日、監督から直々に白箱DVDをいただきました。あ、そうそう、制作スタッフに配られる完成版の見本を「白箱」といいます。これ昔は無記名の白いケースの家庭用美ビデオテープとかで配られてまして、だから「白箱」。最近ではたいていDVDですね。

『Wakfu』というアニメをご存じでしょうか? フランスのTVで大好評放映中のアニメーションです。お話は異世界冒険もの? 子供向けの作品です。製作はANKAMA ANIMATION。フランスの会社です。フラッシュをベースに作られています。実は去年、この作品『Wakfu』のいわば「番外編」みたいな1本に参加してました。それが『NOX』(原題は「Special Episode NOXIMILIEN」)です。
監督はチェ・ウニョンさん。絵コンテ、演出も、一部原画もウニョンさんです。あ、そうそう、ウニョンさんってこういう人です。ウニョンさんとは『キャシャーンSins』の#20で初めてご一緒しまして、なんか意気投合(笑)。で、この『NOX』に呼んでいただいたのです。
キャラクターデザインは湯浅政明さん、作画監督は三原三千夫さん、美術はサンチアゴさんで彼はフランスの人。そして僕は色彩設計担当です。ちなみに色指定は『四畳半〜』でも頑張ってくれてる秋元由紀さんです。本家『Wakuf』はフラッシュ・アニメーションなのですが、この『NOX』はバリバリ手描きの2Dアニメーションです。
僕が参加したのが去年の夏。ちょうど『STRONG WORLD』作ってる時期に並行しての作業だったわけです。キャラクター設定を渡されて「湯浅さんのデザインなんです」と聞きまして、「へえ、あの湯浅さんかあ」と思ったのを憶えてます。それがその2ヶ月後に『四畳半神話大系』で初めてお会いするわけです(笑)。作画監督の三原さんともその時が初めて。アニメスタイルの三原さんのコラムの読者だったので、初めてお会いしたときは実は結構緊張してました(笑)。
制作スタジオは新井薬師。実はANKAMA社の日本スタジオがここにあります。実は僕の自宅のすごい近所で、その前を通るたびに「なんだろ? このオシャレなオフィスは?」って思ってたのです。このステキな建物で日本人のスタッフとフランス人のスタッフが一緒に仕事をしています。さらにウニョンさんは韓国の人なので、めちゃくちゃグローバルなスタジオです。
この『NOX』ではフランス人のアニメーターも参加していまして、美術のサンチアゴさんも、コンポジットのスタッフも(あ、すみません、名前忘れた(汗))もフランスの人。みんなが会議室に集まってミーティング、となると、共通言語は英語だったりします。監督自ら通訳です(笑)。
僕の作業はいつものどおり、キャラクターのカラーデザインから始めまして、まずは僕、ウニョンさん、三原さんの3人で「こんな感じ?」っていう案を作り上げていきました。で、それをフランス人のスタッフさんたちにも見てもらって意見出してもらうのです。だってフランスで放映される作品ですから、彼らの意見は大事なのです。で、これがね、なかなか面白かった。
僕ら「極東アジア組」とフランス人のみんなとはやはり色彩感覚がだいぶ違うんですよ。それと民族的なものへの感覚が僕らとはとても違ってました。あ〜、なるほど、ヨーロッパだなあ。いろんな人種、民族が日常的にそこら中にいるし、差別とかそういうことではなく、歴史的にもいろんなこだわりとかがあるんですね。
とりわけ服の色で意見が噴出。「家族だし……」ってことで親子そろって同じ色に見えるような配色を施したのですが、「一族が同じ色の服というのは選民思想的ヴィジュアルになりすぎていてよくない」と。なるほど、文化が違うとそういうところもこんなに感じ方が違うんだ、とあらためて思った次第です。
そんな意見もよく聞いて、再構成し直し。で、最後は監督が「これで行きます!」と決定を出しまして、その基本の色をもとに各シーンの色彩設計を進めていきました。
作画面でのこの作品のこだわりは「線の表情」でした。普通に僕らが作ってる2D作品ですと、線画をすべてデジタルで二値化するところから始めるのですが、そうするとどうしても線が硬く細くなりがちで、鉛筆画の持つ線のふくらみ、厚み、つまりは「線の表情」が失われてしまうのです。
デジタル彩色な、いわゆる2Dのアニメの画面でありながら、その「線の表情」を生かす画面にするためには、どうしたらよいのか? いくつもの方法を試していっていきついたのは、二値化した線で彩色した上から二値化していないナマの線画を撮影時に乗せていくという手法です。その手法に合わせて主線の色味も計算して決め込んでいきました。それは美しい背景の上で素晴らしい効果を発揮しました。
制作は去年の年末ギリギリまでかかり、完成した映像を持ってウニョンさんはフランスへ。アフレコ、音入れを済ませて完成したのが今年の春先です。完成披露試写会が新井薬師のANKAMA-JAPANのスタジオであったんですが、僕も湯浅さんも『四畳半〜』の打ち合わせと重なって行けず。なので、このいただいた白箱で、僕は初めて音の入った完成版を観ることができました。
いやあ、いい感じ。狙った以上の画面になってます。『Wakfu』は子ども向けなのですが、この『NOX』はちょっと年齢層上っぽく作ってあります。ちょっと怖い話だし。画面も重厚で怖いし。『Wakfu』観てる小さな子どもたち、トラウマになるんじゃないか? ってちょっと思ったりしてます(笑)。
そのうちにANKAMA社のサイトに公式に本編ムービーが上がるのではないかと思ってますが、現在はそのトレーラームービーのみ観ることができます。ひょっとすると本編、YouTubeあたりにも上がってる? 気になる方は探してみるのもよいかと。あ、ちなみに、フランス語です(笑)。

さて、そんなウニョンさんですが『四畳半神話大系』の第10話「四畳半主義者」で絵コンテ・演出で参加されてます。関東では今週放送です。みなさんよろしく。乞うご期待です!

第127回へつづく

(10.06.22)