色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第9回 昔々……(7) 禁断の「X」絵の具

暖かいです。春ですね。東京はもはや桜が咲きそうなくらいの陽気です。石神井公園の桜の木々も、心なしか全体にピンクがかって見え始めましたよ。

で、困ってるのが着る服です。日中はぽかぽかなので、スタジオとかでは実はTシャツで過ごしてたりするのですが、夕方以降はまだまだそれなりに気温も下がるので、油断してると風邪ひきます(笑)。かと言って、日中Tシャツで過ごしちゃうと、なかなかもう一枚羽織るのがうざったい(苦笑)。う〜む。

ちなみに、僕は花粉症ではないので、その辺は助かってます(笑)。

さてさて。

東映動画に入っちゃった僕は、好むと好まざるとに関わらず当然スタック色の絵の具とのつきあいになります。

東映動画は絵の具をみっつのグループに分けて使っていました。

まずは、通常のTV作品用としての120色ほど。次に劇場作品用の特別色としての絵の具「X(エックス)色」が70色ほど。そして、アメリカとの「合作」作品用特別色「あ色」(番号が「あ—1」みたいな)がやはり70色ちょっと。

TV作品用基本色は、各色だいたい5段階ほどのグラデーションになっていて、どんな作品でも使えるように超平均的にバランスよくチャートが組まれていました。一説によると東映動画の美術課で「こんな風に……」とこのチャートを決めて、それに従ってスタックが絵の具を作った、ということを聞いたことがありますが、どうなのでしょう? その辺、確認取ったことないのですが(笑)。

「X色」は、劇場作品を作る際に、TV基本色だけではどうしても足りないので、必要に応じて少しずつ増やされてきた、と聞きました。ちなみに「X—51」以降の番号の数色は、他社で請けていた合作作品を途中から請けることになり、そのため太陽色彩の絵の具に合わせて色味を調合して作られた色で、これらは例外的に太陽色との互換がありました。たとえば「X—54」は太陽色彩の「200G」みたいな。

「あ色」は、アメリカから送られてきたカラーモデル(色見本セル)に塗られてきた色が東映で使っている絵の具にない場合、そのモデルの絵の具に合わせて作られてきた色です。たとえば、「あ—7」は『スパイダーマン』のボディスーツの色、みたいな。

当時も東映動画は常時数ラインのTVシリーズを作っていましたが、どの作品も内容の方向性に関わらず、みんなこのTV作品用の基本色をベースに色を決めていました。確かにバランスよく色味を配したカラーチャートなのですが、やはりどうしても同じようなフンイキになってしまいます。基本が発色が鮮やかな強い色味ばかりなので、ホントは中間色系でまとめたいものも、強引に割り振って配色していました。「バンダイカラー」とはよく言ったもので、オモチャに使うようなハッキリした色味ばかり。例えば、赤(B—3)、青(CB—4)、黄(Y—3)みたいな感じは王道でした。

ひとつの理想を言えば、どの作品もみんなおんなじカラーチャートを使うのではなく、作品の傾向に応じて、例えばこの作品はアースカラー系の多いチャートにしよう、とか、この作品は青い色味のバリエーションを多めに揃えよう、とか。そういうふうに作品ごとにアレンジして使用色を決めていければいいのですがね。

とにかくTV作品で使える色は、この基本色チャートの120色あまりの色です。でも、やっぱり「X」とかの絵の具も使いたくなるのは人情(笑)。ところが、「X」やましてや「あ」なんて使うと、会社の上司からとても怒られました。仕上のプロダクションからもクレームが来たりしました。

確かに、作品的あるいは色指定的な見地から言えば、ポイントポイントに「X」とか使った方が絶対よく見えていいんですが、そうすると彩色に使う色数を増やしちゃうことになる。使う絵の具の色数を増やすと、その分仕上プロもその色を用意しなければならず、余計に材料費がかかってしまうからです。決して高くない単価で作業している仕上の仕事です。その辺はシビアな現実がありました。

なので、例えばキャラクターの色味を決める打ち合わせの席で、色見本のセルやカラーチャートのシートを広げてああだこうだと決めていくんですが、演出や僕ら色指定は「X」も使いたい。でも、使わせてもらえない。ここにこの「X色」使えばバッチリなのに……みたいな葛藤が展開していたのです。

当時の東映動画のTV作品は作品によっては「影なし作品」というくくりがあって、それらの作品では、いくら作画が影つきであっても、仕上では影をつけなくていい、という申し合わせがありました。セル仕上げで影つきとなると、絵の具を塗るにしても、影トレス、影塗り、という具合に手間が倍で、時間も倍以上かかります。しかし、単価は当然TV単価なので、仕上プロの負担になる。よって、申し合わせで「影なしでOK」ということになっていたのです。それは『セーラームーン』なんかもずっとそうだったのです。

しかし時代の流れで、TVアニメといえども、やはり「影つき」を要求される作品が増えていきました。ただ単に影をつけて見た目のグレードを上げる、ということだけではなく、キャラクターの色味を決定する時点で、影色にノーマル色のグラデーションとは異なる色味を配してフンイキ作ったりするキャラも多くなりました。そんな中にあって、「X色」もTVで普通に使われるようになっていきました。

また、仕上作業の現場が国内のプロダクションから海外のスタジオに移っていった、ということも大きいのでした。

■第10回へ続く

(07.03.06)