β運動の岸辺で[片渕須直]

第86回 15年ぶりにその村に立った

 かつては暇さえあれば本屋に立ち寄っていたのだけど、ここのところそれも途絶えてしまっていた。
 その昔、阿佐ヶ谷にマッドハウスがあった頃は、同じビルの中に面積はそれほどでもないが、書棚がたいへん充実した本屋さんがあって、ほんとうに暇になったらそこへ降りていた。マッドが荻窪に引っ越せば引っ越したで、これまたたいへん充実した古書店が近所にできて、新刊書店が少し縁遠くなったりもした。さらに最近はそうした書店が近くにない仕事環境になってしまい、あまつさえ、出歩くのもたやすくない仕事密度になってしまったりして、すっかり本屋さんというものから足が遠のいてしまっていた。
 かといって、本を買わないわけでなく、それどころか大散財を繰り返してしまっている。古書も新刊書もインターネットで注文して自宅に送りつけてもらえるようになったことに味をしめてしまっている。ちょっと図書館に行ってコピー数ページすればよいような本も、その図書館へ赴く暇がとれないものだから、全部丸ごと1冊通信販売に注文することになってしまい、今準備中の仕事など前回の『マイマイ新子と千年の魔法』に輪をかけて世界作りの下調べがものをいってしまうたちのものなので、一時は自分の寝る布団の上にすら本の山ができてしまっていた。その状況であの3月11日の地震を迎えていたらちょっと室内が収拾つかなくなってたいへんだったのではないかと思われるが、実は、地震の前にそれら本の山は仕事場に移してしまっていて、地震の最後の大波で自分の上に崩れかかってきていたのだった。
 それはさておき、先週、娘がショッピングモールに出かけたいというので、車に乗せて出かけてみた。買い物するあいだどっか行っててなどといわれてしまったので、その中にある本屋にシケ込んでみた。こんな家から遠くないところにこんなデカい本屋ができていたとはつゆしらなかった。ここはこの間まで自動車メーカーのテストコースだった土地じゃないのか。
 さっそく、これ使えるね、などと次回作の資料漁りなどはじめてしまうのだったが、ふと写真集の棚で「名作アニメの風景」などという背表紙を見つけてしまい、とはいうもののだいたい自分の仕事はこういうものには取り上げられてないんだよな、と心の傷とひとり格闘しながら、でもまあ、ちらちらっと中身を覗いてみた。目次を見ると、『名犬ラッシー』に『赤毛のアン』や『母をたずねて三千里』と同じだけページが割かれていることになっていて、びっくりした。いっちゃ悪いが『魔女の宅急便』の倍だ。びっくりしつつ、「これは誰か別の人が作った『名犬ラッシー』なんだろうな」などと思ってしまう自分がまたいてしまう。でもって、本を棚に戻してしまうのだ。こと『ラッシー』に関しては心の傷が深いのだ。怖いもの見たさなどという心理も起こらない。なのにもう一度その本を手にとってしまったのは、最近お知り合いになることができた漫画家のこうの史代さんが、『名犬ラッシー』のことをいたく評価してくださっており、そのことをきちんとした言葉で伝えていただけたことによる。放映当時雑誌デビュー作を描くか描かないかの時期にあったはずのこうのさんの中で、毎週観ていただいていたという『名犬ラッシー』はそれなりの居場所を占める記憶になっているらしく、ありがたくて仕方がない。そうした人がいるというのに、自分ばかり背中向けていても駄目なんだよな、ともう一度その本、「名作アニメの風景」を棚から穿り出して、名犬ラッシーのページを開けてみた。
 正直驚いた。
 ジョンやラッシーの住んでいた村の俯瞰図が、家の一軒一軒まで描きこんだ詳細な見取り図が載っていた。あの町の名はいったいなんだっただろうか。そうだ、グリノール・ブリッジだ。誰がいつの間にこんな絵を、と首をひねりかけて気がついた。絵の中に添え書きしてあるこの汚い字は自分自身のものではないか。

 封印されていた記憶を手繰り寄せてみる。
 ジョンの家のある鉱山住宅があって、だらだら下る坂を下りてゆくと、村の広場がある。ちょっとショートカットして広場に下りる小さな階段があって、その下に泉がある。広場にはナポレオン戦争の頃の戦捷記念塔が立っていて、たしか広場を囲む胸壁沿いには本当は大砲も置きたかったはずだ。ここが「町」ではなく「村」なのは、それなりに歴史のある土地だったからだ。古くから牧羊を営む、囲い込みされた貴族の領地があって、新しくできた炭鉱と、それに付随する炭鉱夫たちの住宅がある。
 広場から下って橋を渡る道があって、それとは別に子どもたちが近道に使う小さな石段がある。川から向こうのエリアは学校も含めて何も描かれていない。鉱山住宅から上の炭鉱の方向も何も描かれていない。なぜならこれは第1話のコンテを切る中で構築した世界だからだ。
 1話のコンテを超速で終えて、平行して松井さんが進めている2話の脚本があがってくるまでのほんのちょっした合間の中で、これを描いたのではなかっただろうか。淡く漂う村の歴史も地形もそこかしこで遊ぶ子どもたちのさんざめきもすべて、1話のコンテを描く中で自分が空想したものに過ぎない。
 たぶん、学校への行き帰り道だけはちゃんとしておきたかったのだと思う。ジョンの母メリッサの勤め先であるお医者のホッパー先生の診療所もまだ場所を定めかねている。にもかかわらず、鉱山住宅から広場に向かう道を横に曲がった先もちょっと広々と家屋敷が描き込んであるのは、将来的にこの辺で何かお話を展開できないだろうかと、想像を膨らますよすがが欲しかったのだと思う。このどれか1軒を診療所にすればいいし、パン屋にすればいいだろう、と思いたかったのだった。学校や炭鉱方面はいずれ描き足すつもりでいたらしかったが、とうとうそんな都合のよい時間は得られずじまいに終わってしまったのだった。

 この村のことはずっと忘れてしまっていた。
 15年ぶりに村の道を辿ることができた。
 ロケハンどころかほとんどろくに資料らしい資料も見ずに村をひとつ、丸ごと描こうとしていた当時の自分が、少しまぶしく思えた。
 この本、ピエ・ブックス「名作アニメの風景 50」を編集された方々に感謝します。

第87回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(11.06.27)