アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その87 声優さん

 再編集による劇場版『宇宙戦艦ヤマト』公開に触発されて始まったアニメブームは多くの声優ファンも生み出しました。アニメの声優さんについては『鉄腕アトム』の放送時から各種媒体で取り上げられていましたし、『海のトリトン』の時点ですでに熱心な声優ファンは存在していましたが、アニメブームはそれを一気に拡散させたのでした。アニメの内容に関心はなく、お目当ての声優さんだけにお熱を上げるというタイプのファンも増えて、当時の私はもっとアニメそのものについて知ってほしいと思っていました。マスコミ等では声優さんのことを「アニメに魂を吹き込む存在」と紹介されることが多く、それにも反発を抱いていました。アニメの魂はやはりアニメート、動きであろうと思っていたからです。でも今ではアニメの楽しみ方、享受の仕方は人それぞれ、キャラクターのファン、作画マニア、劇伴マニア、声優さんのファン、何でもいいのだと思うようになりました。そういう気持ちになれたのも年齢を重ねたおかげかも知れません。

 映像における声優業はかつてサイレントだった映画がトーキーとなり音を獲得して以来のものだと思います。それまでは弁士さんがセリフからナレーション、観客の盛り上げまで全てを受け持っていたのですが、この歴史的な転換点で意外な声優デビューとなったのがウォルト・ディズニーです。ウォルトは初期ミッキーマウスの甲高い声を自ら演じていたのです。それは困窮時代の苦肉の策で後にバトンタッチしましたが、ウォルト自身は芝居気のある人で、長編アニメの制作にあたっては居並ぶアニメーターたちを前に自ら声色を使って全ての役を演じてみせたという伝説もあります。
 ディズニーといえば対抗して浮上してくるのがフライシャー兄弟です。彼らの生み出したセクシーガール、ベティ・ブープの声のなんとキュートでコケティッシュなこと。ベティの声を演じたのはメイ・クェステル。彼女の「ブプッピドゥ♪」に敵う者は皆無です。
 日本に目を転じれば政岡憲三さんの傑作『くもとちゅりっぷ』のジゴロなクモの声。「もしもし、てんとう虫のお嬢さん」という声のキザな嫌らしさといったらありません。それに対する、てんとう虫の女の子の声の無垢な愛らしさも絶品です。
 時代を少し進めれば、やはり私にとっては東映長編の数々。森繁久彌さんと宮城まり子さんの2人だけで全ての役をやってのけた『白蛇伝』は活弁の時代も思わせてなお驚くべきですが、それが最良だったのかどうかは私には疑問です。後に宮崎駿さんが『もののけ姫』で、サンを取り込む猪神に森繁さんをキャスティングしたのは、大きな影響を受けたという『白蛇伝』あっての故でしょう。
 『わんぱく王子の大蛇退治』でスサノオを演じたのが子役時代の風間杜夫(住田知仁)というのは有名と思いますが、子供らしい声の中にも堂々とした演技で長編を支えています。芹川有吾さんが演出助手として参加した『安寿と厨子王丸』でも健気な声で少年時代の厨子王丸を演じているので、そこからの配役でしょうか。『わんぱく』といえばスサノオのお供、ウサギのアカハナを演じた久里千春さんの声が私は大好きです。勘のいい、やや哀愁を帯びた高い声。久里さんは同じ芹川さんの『ちびっこレミと名犬カピ』でサルのジョリクールを演じていますが、その最期の場面は芹川さんの泣かせる演出、森やすじさんの細やかな作画とあわせ、涙なくしては見られない名シーンになっています。
 『ホルスの大冒険』ではグルンワルドの平幹二朗さんをはじめ演劇畑の役者さんが多くキャスティングされ、ヒルダの市原悦子さんは繊細な声の演技で彼女に内実を与えています。あの時点で他に適任の方がいたとは思えないのですが、それでも私は女優として顔を出さない人の方がよかったかもしれないと今は思うのです。頭から演じる人の顔を振り払いながらというのは映画の鑑賞法としてはありがたいものではありません。市原さんと声質が似ている増田睦美さんの歌唱によるヒルダの唄は何の違和感も抱くことなく聴けるのですから。現在、多くのアニメ映画で行われている俳優・女優さんによる声の配役や吹替えは、もちろん上手い人、ハマリ役の人もいますし、その宣伝効果も理解しますが、おおむね喜ばしいことではないと思うのです。
 東映動画から現在の東映アニメーションのシンボルマークとなっている猫のペロは3度の映画化ごとに3人の声の役者さんがいます。第1作『長靴をはいた猫』の石川進さん、第2作『ながぐつ三銃士』の鈴木やすし(現・鈴木ヤスシ)さん、第3作『長靴をはいた猫 80日間世界一周』のなべおさみさん。映画自体の出来もそうですが、やはり何と言っても第1作の石川進さんが最高です。石川さんのペロは歌が上手く声に愛敬と品のよさがあり、ピエール役の藤田淑子さんとのコンビも抜群です。
 ひとつのキャラに複数の声といえば思いがけず長寿作品となった『ルパン三世』もそうです。峰不二子の声は現在の増山江威子さんももちろん魅力的な方ですが、こと不二子に関しては初代の二階堂有希子さんに軍配を上げざるを得ません。
 初めて耳にした時、驚いてしまった声の持ち主が何人かいます。『美少女戦士セーラームーン』月野うさぎ役、三石琴乃さんの素っ頓狂な声とイントネーション。それから『彼氏彼女の事情』芝姫つばさ役の新谷真弓さんの独特なフニャフニャした喋り。最近では『けいおん!』平沢唯役の豊崎愛生さんの思わず脱力するような声の演技。『けいおん!!』でも中CMの時の「けいおんぅ」という独特な力の抜け方にたまらないものがあります。『デ・ジ・キャラット』の通称でじこで一世を風靡した真田アサミさんが先生役をやっていることにも時の流れを感じます。
 先述の三石琴乃さんには『新世紀エヴァンゲリオン』の葛城ミサトという当たり役があります。ミサトの前髪は月野うさぎと同じにという監督指示があったそうですが、キャストも三石さんに決定したのは偶然の一致だそうで運命的なものを感じます。ミサトは他の人が「エヴァ」と言っている中で1人だけ「エバー」で通していて、こんなところにもうさぎとの共通点を感じたりします。
 『エヴァ』といえばガイナックスのキャスティングの上手さの極致と言えるのではないでしょうか。見渡せば主役クラスの人気声優さんとユニークさでカルトな人気を誇る声優さんの集合。まるで当代の声優さんの見本市のようで、ガイナックスのマーケティング能力の高さと、視聴者(ファン)と同じ目線に立った姿勢を称賛と共に痛感します。
 『エヴァ』では渚カヲル役、石田彰さんの声の印象も鮮烈でした。石田さんは男性ながら女性の声もこなす多才な人で『セーラームーンSuperS』の中性的な悪役フィッシュ・アイも印象的でした。
 驚いたといえば『カリオストロの城』のクラリス、島本須美さんもその1人です。素直な美しく澄んだ声は汚れを知らない正にプリンセス・ヴォイス。島本さんにとってクラリスはデビュー作ではないのですが、それでもそのひたむきな清新さは驚きに値します。
 プリンセス・ヴォイスといえばその元祖は「ローマの休日」のオードリー・ヘプバーン、アニメファンには『銀河鉄道999』のメーテルの声でおなじみの池田昌子さん。その揺らぐような潤みを帯びた美しく気品ある声は永遠のプリンセス・ヴォイスです。私は「ローマの休日」もオードリー・ヘプバーンも池田昌子さんも大好きなので、「ローマの休日」は原語版と吹替え版の両方を持っています。
 好きな声優さんはまだ沢山います。子供の頃は太田淑子さんのファンでした。『ジャングル大帝』のレオや『リボンの騎士』のサファイヤを演じた太田さんの声は凛々しく、当時の私にとってのヒーローそのものでした。
 それから『幽★遊★白書』で蔵馬を演じた緒方恵美さん。本作がデビューの緒方さんの声の演技がどんどん達者になっていく様は目覚ましく、その本体である冷徹な妖狐の登場も衝撃的でした。緒方さんはその後『セーラームーンS』で男装の麗人・天王はるか=セーラーウラヌスを演じ、この2本が連続して放送されていた1994年は至福の時間でした。
 緒方さん同様に複数の役の演じ分けが上手いのが高山みなみさん。『天空のエスカフローネ』では、あどけない中にも気品ある幼い王子と性格破綻した悪役、さらにその実体であった少女の3役を演じて唸らせてくれました。TWO-MIXとしての歌声も魅力的です。最近では『ハートキャッチプリキュア!』の悪のダークプリキュアをどう演じ切ってくれるか楽しみでなりません。
 『機動武闘伝Gガンダム』のドモン・カッシュ、関智一さんも外すことはできません。ドモンと同じ熱血キャラ、アニメ店長こと兄沢命斗が『らき☆すた』にゲスト出演した時は驚喜したものです。関さんは『ふたりはプリキュア』の妖精メップル、『ドラえもん』のスネ夫、『カードキャプターさくら』の木之本桃矢、さらに特撮の「超力戦隊オーレンジャー」では敵方のブルドントを皇子から成長後の声までと演技の幅も広く、実写特撮ドラマ「ボイスラッガー」では顔出しで変身ヒーローまで演じています。モデラーでもあり、ガレージキット等のイベント、ワンダーフェスティバルに自作キットでディーラー参加したこともあります。その時は1体お買い上げごとに客の望みの役を実演というサービスがあり、私も客の輪に混じって生の「流派東方不敗」の名乗りを聴いて興奮したものです。

 さて、TV放送が始まってからでもすでに60年近くが経過し、そこから流れる声を日常的に享受していた声優さんにも鬼籍に入られた方が増えてきました。『タイガーマスク』伊達直人の富山敬さん、『ルパン三世』の山田康雄さん、『機動戦士ガンダム』のマ・クベのセリフが永遠に残る塩沢兼人さん、『PATLABOR』の優しい巨漢、山崎ひろみが印象的だった郷里大輔さん、『赤毛のアン』のマリラを好演した北原文枝さん、『アルプスの少女ハイジ』のおんじこと宮内幸平さん……。田の中勇さんの目玉おやじの声も、広川太一郎さんの作品問わずの名調子ももう聴けません。長寿番組『ドラえもん』では高齢化を理由にキャストの総入れ替えが行われましたし、『サザエさん』でも1人また1人と声優さんが交代しています。悲しいことですが、これから先こうしたことはもっと起こってくるでしょう。それでも私たちの記憶深く刻み込まれた彼らの声は永遠に色褪せることはないのです。

その88へつづく

(10.07.30)