アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その56 オープロでの仕事

 私が入った頃のオープロで手がけていた作品はズイヨー映像の『山ねずみロッキーチャック』、東京ムービーの『荒野の少年イサム』、東映動画の『ミラクル少女リミットちゃん』『キューティーハニー』等でした。
 『ロッキーチャック』の原画は米川さん、『イサム』は村田氏と才田さん、『リミットちゃん』『キューティーハニー』は小松原さんが、それぞれ中心になって原画を描いていました。東映動画の仕事を手がける通称東映班は建て増しの離れの部屋に小松原さんを中心に集まっていましたが、他は机もバラバラで動画も誰が何々班という厳密な分け方はされておらず、その時ある仕事をどれでも引き受けるといった風でした。

 『ロッキーチャック』では東映動画からズイヨーに移られた森康二さんが中盤以降の作画監督をされていました。キャラクターも森さん独特の小さな上着を着た可愛い動物たちで、優しく柔らかいタッチのものでした。動物たちの動きは半擬人化されていて2本足で立ち上がってしゃべったり、四つん這いで走ったりします。
 森さんによる作監修正はデッサンのような柔らかい幾本もの線で描かれていて、とても感じの出ている絵でしたが、動画がクリンナップするのは大変でした。描かれている修正の線からどの線を拾うかによってニュアンスが違ってきてしまうのです。
 かつて『ホルスの大冒険』の制作当時の話として、ヒルダの動画を描く時に、原画の1本の線の中の内側寄り、外側寄りに髪の毛一筋程でも動画の線がずれてしまうともうまるで違う表情になってしまうので大層苦労したという話を聞いたことがあります。この頃から本格的に導入されるようになったトレスマシンにしても、その導入は省力化のためばかりでなく、いかにしたら元の線のニュアンスを生かせるかという技術上の要求もあったはずです。線には描いた人の個性が多かれ少なかれ出ますし、画面上に最終的に表れるのは原画をそのまま使う場合を除いて動画マンの描いた線ですから。思えば、初期東映長編の絵が必要以上になよなよして見えるのは、当時うら若き女性たちがハンドトレスしていたことも多少の関係があるのではないでしょうか。
 話がずれてしまいましたが、『ロッキーチャック』は動物のキャラクターでもあり表情や造作もシンプルなものになっているので、デリケートの極限であるヒルダとは比較になりませんが、それでも斯界の雲の上人である森さん直筆の修正ですから、随分と気を遣って動画用紙に向ったものです。幸いなことに私も森さんのまろやかな絵は随分と模写したこともあり、また『バビル2世』で黒ヒョウ形態のロデムの動画を描くことによって四つ足の動物の動きには大分慣れていたので、何とかやって行くことができました。でも山ねずみという動物自体日本人には馴染みのないもので、作品としては余り評判にならなかったのは残念なことでした。

 『荒野の少年イサム』は『巨人の星』と同じ川崎のぼるさんのキャラクターで、劇画調のメリハリのあるタッチの絵でしたが、その前にアルバイトで東京ムービーの『侍ジャイアンツ』の動画をやっていたのが役に立ちました。やはりアルバイトはお金のためにするだけでなく、様々な傾向の作品の勉強になるものです。『イサム』は日本のアニメには珍しい西部劇でしたので、ガンアクションと乗馬シーンが出てきます。銃に関してはオープロでは、大塚康生さんが作画監督を務められた『ルパン三世』に参加していた経験が原動画共に生きたようでした。オープロの動画の先輩たち、田中ともこさんや束田久美子さんにうかがうと、『ルパン』は一見大変そうに見えるけれど、動画としてはルパンたちの大きくて関節のはっきりした手等はむしろ描きやすかったそうです。

 『リミットちゃん』は小松原さんのキャリアの中では珍しい魔法少女ものです。ヒロイン・リミットちゃんが走る時の、両腕を肘から上へ上げて左右に振りながらやや内股で走ってくる作画は「小松っちゃん走り」として評判になりました。「小松っちゃん走り」には『デビルマン』のように両脇を大きく広げてダイナミックに走る男性バージョンもあります。
 オープロでは『リミットちゃん』の担当回を終えてすぐに同じ東映動画の変身アクションもの『キューティーハニー』に移行したらしく、私が入った頃は動画はすでに『ハニー』ばかりでした。『ハニー』は作品自体もオシャレで笑いとアクションがほどよくて、その後様々なリメイクが実写アニメ問わず作られましたが、やはりこの最初の『キューティーハニー』が最高だと思います。センスとテンポのいいOPに、パンチの利いた前川陽子さんの主題歌。この番組も『デビルマン』と同じくNETでの本放送枠は短くて、EDの名曲「夜霧のハニー」を我々が耳にしたのは再放送でのことでしたが、セクシーでカッコいいOP曲に、哀愁漂うED曲の取り合わせは素晴らしいものでした。荒木伸吾さんのキャラクターデザインも抜群で、今や伝説にもなっている第1話での鮮烈なハニーフラッシュの変身シーンはタイミングといいアングルといい惚れぼれします。ハニーの余分なものがない流れるようなボディラインは作画としても実に描きやすく、私が最初に仕事としていただいた動画は、ハニーが崖をジャンプしながら上っていくカットだったのですが、描いていても爽快感がありました。作画が乗れる仕事は作品自体も生き生きしてきます。『ハニー』の最高傑作は第12話「赤い真珠は永遠に」だと思うのですが、その動画の一部も手がけています。これは私が個人的に好きな人魚モチーフのストーリーで、後に人魚のシーンのセルを沢山いただいたりし、今も大事にとってあります。

 オープロはとても自由な雰囲気の居心地のいい会社で、私も入社直後から伸び伸びと溶け込んで仕事に励んだものです。

その57へ続く

(09.05.15)