アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その55 アルバイトの日々

 アニ同で活発に活動していた先輩メンバーや同期の仲間たちがほとんどアニメ界に就職し、プロとして仕事を始めた1973年春以降、アニ同は小さな停滞期に入らざるを得ませんでした。月例上映会は不定期開催に、毎週の小上映会は以前に書いた集会場の問題もあって一時休止状態となりました。この年の7月に発行された会誌「(旧)FILM1/24」第11号で、編集担当の藤田登さんは編集後記兼用の「アニ同始末記」の中で「戦力激減」と書いています。そしてその藤田さん自身、古沢動画工房への入社が決まり、この号を限りに編集から退くこととなります。

 そんな中でも私たちは新しい拠点「あんばらや」を舞台に共同で動画のアルバイトをしたりして元気に過ごしていました。中心は、アニ同の大先輩であり、東映動画を退社してエイケンに移籍した国保誠さんを頼っての仕事でした。温厚な国保さんには公私共に本当にお世話になりました。エイケンの仕事は『おんぶおばけ』や『冒険コロボックル』『サザエさん』が主でした。動画に求められる線は各社によって微妙に違うのですが、エイケンの場合はそれが徹底していて、使用する鉛筆も芯が硬くて細い線が引けるFに限られていました。他社は芯が柔らかくて描きやすい2Bが主でしたから相当な差です。他社がトレスマシンを導入する中でエイケンはトレーサーによるハンドトレスを続けていて、動画の線も一定の細さで、きれいにつながった線が求められていました。もちろんエイケンの歴史にも『サスケ』や『カムイ外伝』等、原作のタッチを生かした劇画調作品はありますが、この当時のエイケンはファミリー路線が主になっていました。
 アニメの歴史を俯瞰してみると、1970年代から1990年代の様々なブームや傾向を経て、動画の線は次第に細くきれいなものに落ち着いていくわけですが、その中でエイケンはずっと変わらない線の質を保ったことになります。動画の線については、近年になってデジタル技術がこなれてくると共に、作品によって味のある線、いきおいのある線が望まれたりと多様化しているように見受けられ、興味深いことです。動画の線で見るTVアニメ史等も可能かもしれません。
 またエイケンのキャラクター表は一風変わっていて、主要キャラの顔が縮小拡大したように同じ角度でいくつも描かれていて、実際の画面でもある一定の角度からの顔が多いので、大抵のカットはそのキャラ表を引き写せば事足りたりもするのでした。
 それはともかく、エイケンは「あんばらや」のあった杉並区からは離れた位置にあり、仕事は自分たちで電車に乗って出かけて直接受け渡しをしていました。5〜6人分の仕事をもらってきて適当に分配し、仕上がった動画は、プロアニメーターとしてのキャリアが皆より長く技術も優れている北島さんが厳しくチェックして、おかしいところは容赦なくリテークが出されました。駆け出しのアニメーターによるアルバイトといえどもクオリティは守らなくてはなりません。特に忙しい時などはSFファンの間に流布していた言葉遊びをもじって「士農工商、エタ、非人、SF作家、アニメーター」等と軽口を叩きながら皆、頑張ったものでした。

 アルバイトといえば、こちらから是非にと頼み込んで受けた仕事もあります。東京ムービーの『エースをねらえ!』がそれです。
 当時は空前の少女マンガブームで、「花の24年組」と呼ばれる作家たちが中心となって大活躍していました。「ポーの一族」の萩尾望都、「風と木の詩」の竹宮恵子、「綿の国星」の大島弓子、「アラベスク」の山岸凉子、「ベルサイユのばら」の池田理代子、「銀河荘なの!」の木原敏江、「学生たちの道」の西谷祥子、「つる姫じゃ〜っ!」の土田よしこ等々、綺羅星のような作家たちが描いている週刊や別冊の「少女コミック」「マーガレット」「りぼん」等々を「あんばらや」でも欠かさず読んでいました。この頃の作家と作品について書き始めると連載2回分は軽く使ってしまうので割愛しますが、そんな中で「週刊マーガレット」連載の山本鈴美香さんによる「エースをねらえ!」がTVアニメ化されるというビッグニュースに皆沸き立ち、是非とも動画をやりたいということになったのでした。「エースをねらえ!」の華麗な人物配置と求道的な内容に皆心酔しており、何かというと「この一枚は唯一無二の一枚なり。されば心して描くべし!」等と口走っていた頃です。
 誰がどう話を持って行ったか首尾よく動画の仕事をまとめてもらえることになり、皆張り切って取り組みました。ヒロイン岡ひろみのキャラ表には、特に眼の描き方に細かい注意書きが添えられており、瞳の部分を鉛筆で黒くザザッと塗り潰し、トレスマシンにかけた時にできる黒ムラを絵の効果として生かすように工夫されていて感動したものです。
 『エースをねらえ!』は今も好きな作品ですが、この最初のTV版は原作で「無い」と言い切っている魔球が登場する等、内容的には疑問があります。それでも出崎統さんの演出、椛島義夫、杉野昭夫、北原健雄さんら作画監督陣の充実、そして何よりも三沢郷さんの華麗な音楽が忘れられません。溌剌としたOP曲と、一転して哀調を帯びたED曲「白いテニスコート」の秀逸さ。殊にこのEDの、きらめく水が噴き上がるかのように清冽な前奏は印象深いものがあります。岡ひろみを演じた高坂真琴、お蝶夫人こと竜崎麗香の池田昌子、愛川マキの菅谷政子、宗方コーチの中田浩二さんらもそれぞれハマリ役で、今も声が聴こえてくるような気がします。アニメとしての『エースをねらえ!』そのものは、後1979年に公開された劇場版こそが至高の作品とは思うのですが。

その56へ続く

(09.05.01)