アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その21 『どうぶつ宝島』と

 あれはどこだったでしょうか。記憶の中では平屋の、さして大きくない映画館。大勢の子供と、お母さんたちに囲まれて招待試写で観た『どうぶつ宝島』は、当時の私にとって最高の漫画映画でした。
 心弾むように楽しいタイトルバック。大らかな歌と音楽。これが長編だということを見せつけるかのような、滑らかで緻密で小気味いい動き。冒頭の港町の描写の重厚さ。それまで見たこともない色とフォルムを持った、シンプルでいてボリューム感ある海の波。主人公のジムたち以外は全て動物という世界の、のどかな感じに、作画監督の森康二さんのキャラクターがピタリと合って、お日様のような明るさを感じます。基本的にドタバタ活劇のこの作品を森さんの絵が格調高く引き締めているのです。
 中盤の、毎日がお祭り騒ぎの海賊島の楽しいこと。東映長編の中で美味しそうな食べ物というと、真っ先に、『少年猿飛佐助』で山の動物たちが取り合いをする蒸かし芋が浮かびますが、この海賊島でジムとネズミのグランが食べようとする、ふわふわで熱々の、半月形のあれも、かなり上位にくると思います。あれが実は何だか分からないところも想像を刺激します。
 食べ物が美味しそうに描かれたアニメは信じられます。描いた人の心を感じるから。ジムが腹いせに作る長靴の天ぷらでさえ美味しそう。宝島にある大きなブドウの実に直接口をつけて飲むジュースもいまだに憧れの的です。
 そして、ヒロインのキャシー。今だったらツンデレの一言で分類されておしまい、ですね。そんな言葉のなかった時代は幸いなり。優しいタッチの多い森さんのキャラクターには珍しいキツいまなざし、クールな物言いで行動力抜群。気が強くて寂しがり、由緒正しい出自を持つ囚われのお姫様キャシーは、『どうぶつ宝島』のアイディア構成をした宮崎駿さんの好みが一番素直に出ているヒロインではないでしょうか。
 海賊船同士の痛快な海戦。船底からマストのてっぺんまでフルに使っての一大活劇と、ものすごいとしか言いようがないモブシーン、ブタのシルバー船長が発揮するバイタリティは、これぞ大スクリーンで見てこその魅力に満ち満ちています。何回見ても楽しくて面白くて胸がすかっとする。『どうぶつ宝島』は、見ると幸せになれる映画のひとつです。
 ジムとキャシーが船べりで語り合うシーンの幻想的な歌と絵は、これもやはり長編ならではの楽しみのひとつと断言してしまいましょう。人の心を浮き立たせるのは、震わせるのは、昔も今も変わらず「歌」だと思うのです。歌を上手く取り入れた長編漫画映画の復活を夢見て止みません。
 そして、宝島の細く崩れやすい崖道での追っかけの面白さ。抱腹絶倒の言葉は『どうぶつ宝島』のためにあると言っていいでしょう。でも、後に、ストーリーボードを拝見しながら宮崎さんから直接うかがったところによると、宮崎さんはこのクライマックスにも満足してはおらず本当はもっともっとやりたかったそうで、驚いてしまいます。私にはこれでもう充分に思えるのに。
 東映長編の作品群は私に今も沢山の宿題を残してくれています。そのひとつが、『どうぶつ宝島』はどのような過程を経て作品として成立するに至ったかについて検証してみたいということです。
 そういえば、『どうぶつ宝島』について直接ではありませんが、宮崎・高畑作品研究家の叶精二さんの興味深い指摘があります。宮崎さんは状況的に追い詰められるとギャグ作品に走る(大意)というのです。後に知るのですが、確かにこの頃、東映動画内では充分な制作条件が得られず、労働争議が激化する大変な局面を迎えていたのです。この後、東映長編は長い低迷期に入ります。私(たち)が『どうぶつ宝島』を「最後の長編」と称するのは、このためです。

 話が逸れてしまいましたが、招待試写で観た『どうぶつ宝島』に私はすっかり満足しました。出口でお子様だけに配っていた紙帽子等のお土産はさすがにもらえませんでしたが。
 その頃、私はすでに『キネマ旬報』を読む習慣ができていました。といっても本屋さんでの立ち読みでしたが。『映画評論』『映画芸術』等々とはまだ出会っておらず、当時の私にとって唯一の映画雑誌だった『キネマ旬報』には新作映画の評が載ります。私を大感激させた『どうぶつ宝島』は一体どんな風に誉めてあるのだろう。わくわくしながら手に取った『キネ旬』の評には……曰く「アイディア不足」。とても納得がいかず不満でした。と同時に、自分の抱いた感想や感激は誰かに代弁してもらうのを待つのではなく、自分自身が、自分の言葉にしなければということを思い知ったのです。その頃は後に自分が『キネ旬』でいくつかのアニメ評を手がけることになるとは夢にも思いませんでした。
 これが、複数のペンネームを使って書いた『FILM1/24』を経て現在まで続く感想文書きの原点になりました。
 今は、思い立った時に誰でもパソコンや携帯であらゆるレビューを発信、発表できる時代ですが、他人の意見を参考にしつつ、やはり一番大事なのは、自分の価値観を確立させた上で自分の心を信じることだと思います。100万人といえど我ゆかん、の心です。それが他人の攻撃に向いてしまっては困るのですが。

その22へ続く

(08.01.11)