アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その116 ナウシカの1984年

 宮崎さんの出世作となった長編『風の谷のナウシカ』が公開されたのは1984年3月のことです。公開後、その評判と反響が日に日に広がって行く様を私は不思議な気持ちで見ていた覚えがあります。
 それまでの『未来少年コナン』や『カリオストロ』、それ以前の東映動画や日本アニメーション、Aプロ等での仕事は、宮崎さんとその作品が世に浸透していくにつれて再発見、あるいは発掘の形で知られていくことになります。
 宮崎さんがそれらにどれほどの思いを込めて作っていたかは以下のエピソードで分かるかと思います。私が結婚して初めての子供が生まれるとなった時、仲人の宮崎さんに名づけ親になっていただきたいと思い、ご自宅を訪れました。用件を切り出すと即座に、考える時間も必要ないほどの速さで答えが返ってきました。「ミミ子」と。言うまでもなく『パンダコパンダ』のヒロインの名前です。それは宮崎さんがどれほどこのミミ子という女の子を愛しているか、思いを込めて描き出したかを如実に物語っていました。私たちにとってもったいないような提案でしたが、ひとつ問題がありました。苗字と合わせると「ごみみみこ」になってしまうのです。早口言葉のようでもあり、平仮名で書くとどこで区切ればいいかも分かりにくく、残念至極でしたが、この名前は幻に終わりました。他に好きな名前として宮崎さんは「みさき」という名を挙げました。「これは問題があって音で聴くと宮崎岬になっちゃうんですよ」と笑いながら。「みさき」という名が美咲などの表記で女児の名前の上位に入ってきたのはずいぶん後になってからで、つくづく時代を先取りされている方だと思ったものです。結局子供の名前は両親がつけるのが一番ということになり、平凡な名に収まりました。
 余談ですが、お年始にうかがったこともありました。その時はまだ小学生だった2人の息子さんも挨拶に顔を見せ、お年玉をあげたりもしました。上の息子さんは母親の朱美さんに、下の息子さんは宮崎さんに似た印象でした。まさか数十年の後、長男の吾朗さんがスタジオジブリの監督になろうとは夢にも思いませんでした。

 『ナウシカ』は大々的にキャンペーンが行われ、若き日の安田成美さんがナウシカガールとして、たどたどしくイメージソングを歌ったりしていたものです。公開は3月でしたので、それに先立つバレンタインデーに合わせてナウシカチョコレートなども発売され、私は池袋西武でそれを買い求め、ナウシカガールの安田さんも見ています。ナウシカのイラストの入ったチョコの包み紙は今も我が家にとってあります。
 これは全くの私見ですが、宮崎さんは『ナウシカ』で、いわゆる監督の立場に徹しようとしたように思えるのです。『コナン』や『カリオストロ』でも作画監督の領分に立ち入る形で自らの絵の独自性を貫いてきたスタイルと比べ、『ナウシカ』では小松原一男さんの絵の持ち味を感じます。絵の面では作画監督を尊重し、自分は演出に専念しようと試みたのではないかと思えるのです。次の長編『天空の城ラピュタ』以降は作画監督に誰が立とうと完全に宮崎さんの絵のスタイルが保たれています。この意味するところは何でしょう。私は宮崎さんの絵も小松原さんの絵も両方好きなので、答えに困ってしまうのですが。

 さて、この1984年は劇場アニメの当たり年で、『ナウシカ』の他に『うる星やつら2 ★ビューティフル・ドリーマー★』『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』が公開され、アニメファンを沸かせています。
 『ビューティフル・ドリーマー』は、『うる星』のTVシリーズでも異色回連発の押井守さんが脚本・監督を務めており、『うる星』という枠組みを利用して独自の不条理な世界、終生のテーマとなる、この世は現実か否かの問題を展開する異色作ですが、人気キャラを多数擁する『うる星』の世界と上手くはまった娯楽作として仕上がり、後世にも影響を与えています。
 ただ私自身はデビュー以来の大ファンである高橋留美子さんの原作コミックが大好きなので、TVを含めアニメ版には、その若さあふれるパワーは認めつつも複雑な思いを否めません。ひょっとするとモンキー・パンチさんの原作コミック版『ルパン三世』のコアなファンの人は、こんな思いを『カリオストロ』のおじさまルパンに感じているのかもしれません。
 『愛・おぼえていますか』はTV版『マクロス』の事実上の最終回と目される第27話「愛は流れる」の壮大な仕切り直しと言える劇場版で、その美麗なビジュアルイメージと板野サーカスに代表される華麗にしてダイナミックなアクションとエフェクトで目を奪います。異文化を丸ごと創造してしまったSF感覚も心地いいもので、実は後にレーザーディスク(LD)が世の中に現れた時、最初に買った1枚がこの劇場版『マクロス』だったので、思い入れもひとしおなのです。

 TVアニメでは『とんがり帽子のメモル』と『世紀末救世主伝説 北斗の拳』、共に東映動画の相反する作風の2本が印象的でした。『北斗の拳』はクリスタルキングの高音が冴える主題歌、ケンシロウ役の神谷明とナレーションの千葉繁の壮絶な声の技、透過光や特殊技巧を駆使して描かれる強烈ゆえに笑いと紙一重な人体破壊、次々と宿命を背負って現れる多彩なキャラクターたちのドラマが魅力的でした。
 一方の『メモル』は東映動画オリジナルのファンタジー。小さな宇宙人の女の子メモルと孤独な人間の少女マリエルとの交流をリリカルに、時にコミカルに描いた作品で、今も大好きな1本です。シリーズ構成であり脚本の中心であるベテラン雪室俊一さんのほのぼのとした持ち味、キャラクター原案の名倉靖博さんと美術デザイナーの土田勇さん、シリーズディレクターの葛西治さん、音楽の青木望さんたちの個性が見事に調和し、他に例を見ないタイプの佳作に仕上がっています。貝沢幸男(現・貝澤幸男)さん、佐藤順一さんたち東映動画生え抜きの逸材が各話演出を担当、街の寄宿舎へ移ったマリエルとメモルの絆を描いた第25話「二人を結ぶ風の手紙」の完成度は素晴らしいものです。また『マリエルの宝石箱』の美しい名でパッケージされた中の新作短編「土田勇のマイメモル 光と風の詩」は演出・美術監督を土田勇さんが、作画監督を名倉靖博さんが担当した文字どおり珠玉の一作です。
 特撮では主役のシャイダーよりも超ミニで激しいアクションをこなす女宇宙刑事アニーが目立ったシリーズ第3作「宇宙刑事シャイダー」、イエロー、ピンクのWヒロイン登場となった「超電子バイオマン」等が女性の時代の始まりを告げています。この前後から特撮関係の盛り上がりがあり、1980年に季刊誌として朝日ソノラマから創刊された「宇宙船」もこの年から隔月刊に移行しているほどです。
 そんな1984年は、最後の本多猪四郎監督作であり、哀愁に満ちた傑作「メカゴジラの逆襲」から9年の時を経て復活した「ゴジラ」、通称ハチヨンゴジラの公開をもって暮れました。本作の話題の中心は、部分的に使われたサイボットゴジラと呼ばれる機械式のゴジラでした。編中でゴジラが破壊する有楽町マリオンの横に実物が据えられ、見物客でにぎわっていました。このサイボットゴジラは上映が終了した後々も各地の展示会やショーに出張しており、スイッチやレバー操作で様々に動く姿を見せていました。しまいの方は外皮のラテックスが劣化してボロボロの上半身だけになっているのを西日本のどこか思いがけない場所で見かけた記憶があります。ハチヨンゴジラは内容的には誉められた出来ではありませんでしたが、働き者のサイボットゴジラを残し、次作「ゴジラVSビオランテ」への橋渡しとなったと考えればよいでしょうか。新宿の高層ビルに隠れつつ間隙を縫ってゴジラを攻撃する移動要塞スーパーXの丸っこい姿に、かつての「モスラ対ゴジラ」のモスラ幼虫の面影を見たりする私です。

その117へつづく

(11.09.16)