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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第63回 エヴァ雑記「纏め」1

 5月、6月に毎日1話分ずつ『エヴァ』について書いた。『エヴァ』くらい情報が詰め込まれており、解釈する事を楽しめる作品は他にないだろう。全話についてあれだけ書く事があり、まだまだ書く事があるのが何よりの証拠だ。今でも観返すと、新しい発見がある。よくここまで作り込んだものだと思う。『エヴァ』という作品はフェチの固まりでもある。キャラクターの造形も、映像も、台詞も、作品の隅々まで、観る者が引っかかりを感じるように作られている。それも再確認した。
 ライターの立場の話になるが、『エヴァ』の原稿はシンクロ率が上がらないと書けない。作品と自分のシンクロ率だ。この「エヴァ雑記」を書いていて、LDの仕事をしていた時のシンクロ率の高まりを思い出した。作品に入れ込み過ぎて、ちょっと頭がおかしくなったくらいの状態で書くのが、多分、ベストなのだ。「エヴァ雑記」を読んでくれた友人に「書かれている内容よりも、書いている小黒さんのスタンスの方が面白い」と云われしまった。まあ、云わんとする事は分からないではない。
 「エヴァ雑記」の纏めとして、もう少しだけ書いておく。今回はリアルタイムでハマっていた人でないとピンと来ない内容かもしれない。

 試写で「第26話 まごころを、君に」を観ていたときに、遂に人類補完計画がファンを取り込んだと思った。例の『エヴァ』を観ている観客が映し出される箇所だ。観客がアニメに耽溺する自分自身と、劇場で対面するという仕掛けである。絵コンテでは「実写シーンが挿入される」とだけ書かれていて、試写までどんなシーンなのか知らなかったのだ。
 僕の周囲で「『エヴァ』では観ている人も作品の一部になっている」と指摘したのは甚目喜一さんが最初だった。「春エヴァ」パンフレットに掲載した取材記事の事だ。TVシリーズの終盤の内容について否定する人も肯定する人も、『エヴァ』を語る事によって正体があぶり出されていく。エントリープラグの中にいるシンジは王様である。そこは居心地がよく、他人に脅かされる事もない。だが、彼は王様になったのに、自分に価値があるかどうかで苦悩する。そして『エヴァ』について語る人は、否定する人も肯定する人もシンジと同じように、王様になっている。例えば、エントリープラグの中にいる事とパソコンの前で感想を書いているのは同じだ。作り手も自分が王様になるつもりで作品を作り、王様になりたい人が批判する。観ている人も、作っている人も作品の一部になってしまっている。これが補完だ。それが面白いと甚目さんは語っていた。

 実写パートの客席は「それは夢じゃない。ただの現実の埋め合わせ」等の台詞とともに映し出される。そして、『エヴァ』についての感想が書き込みされたパソコン通信の画面が、「庵野、殺す!!」の文字が表示されたモニターが、スクリーンに踊る。ファンが劇中のシンジと同じ問題を抱えている事を示し、同時に、ファンが作品に耽溺する事を批判しているわけだ。
 また、人と人のコミュニケーションが『エヴァ』のテーマである。1人でいるのは寂しいが、他人と身を寄せ合おうとすると傷つけ合ってしまう。それがヤマアラシのジレンマ。ネルフと戦略自衛隊が人間同士で殺し合うのも、シンジがアスカの首を絞めるのも、ヤマアラシのジレンマ。ファンが作り手を攻撃し、作り手がファンを批判するのも、やはりヤマアラシのジレンマである。相手に多くを求めてしまい、その結果として互いに傷つけ合ってしまう。あの実写シーンを挿入する事で、そんな作り手とファンの関係を、テーマのひとつとして直接作品に取り込んだかたちにもなっている。
 誰かが『エヴァ』という作品を否定したとしても、その語る行為そのものがヤマアラシのジレンマの一例となり、わざわざ否定的な発言をする事で、その人物がアニメで現実の埋め合わせをしている事が明らかになる。つまり、心に補完されるべき欠落がある事を示す事になる。「こんな展開は認めないぞ」と怒っても「ほら、そんな事で怒るのは、自分の心の隙間をアニメで埋めようとしているからです。あなたも、心の補完が必要なんでしょう」と作り手に返されかねない。

 フィクションである『エヴァ』という作品が、現実にいる僕達をテーマのひとつとして取り込んでしまった。皆の『エヴァ』に関する発言も、僕の『エヴァ』に関する仕事も、『新世紀エヴァンゲリオン』という作品の一部なのだ。試写会でその事に気がついて呆然とした。
 あるいは、こういった云い方もできる。ファンの心の欠落を埋め、そして同時に、欠落している事を暴く。『新世紀エヴァンゲリオン』という作品が、ファンを呑み込む「人類補完計画」そのものだったのだ。


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[DVD情報]
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■第64回 エヴァ雑記「纏め」2に続く


(06.07.25)

 
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