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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第50回 エヴァ雑記「第拾七話 四人目の適格者」

 この話の前半でゲンドウがレイに「学校はどうだ?」と尋ねると、彼女は「問題有りません」と答える。本放映時に『エヴァ』のスタッフの1人が、このやり取りについて「ゲンドウは、あんな風に答えてもらいたくはなかったんだろうね」と云っていた。ゲンドウは「この前、こんな事があったの」といった女の子らしい返事を期待して「学校はどうだ?」と訊いたのだけれど、彼女はいつもの様に事務的に答えてしまった。ゲンドウは、ユイと似たこの少女に思い入れがあるようだから、確かにそんな事を考えてもおかしくはないだろう。今回改めて観返してみて「ああ、確かにそうなんだろうなあ」と感じた。放送から10年経ち、僕自身の年齢もゲンドウに近づいた。少しはゲンドウの気持ちが分かるようになったのだろう。勿論、それも妄想かもしれないが。

 第拾七話から第拾九話は「フォースチルドレン三部作」と呼ばれる連作である。第拾七話と第拾八話は樋口真嗣が脚本を担当。「第拾七話 四人目の適格者」は日常描写が大半であり、所謂ドラマ的な盛り上がりはない。淡々とした内容である。英文サブタイトルも「FOURTH CHILDREN」と和文サブタイトルの直訳。あっさりしている。
 LD解説書「EVA友の会」の取材記事で、樋口真嗣は「第3新東京市は戦闘のための街なんだから、学校なんていつ無くなってもおかしくない。仮のものなわけじゃないですか。シンジがミサトと暮らしているという関係も仮のものであって、いつ無くなってもおかしくない」と語り、第拾七話はその脆さを暗示させるために、ドラマらしいドラマのない日常だけの話にしたと発言している。「第拾八話 命の選択を」でシンジは精神的な支えである学校の仲間、ミサトとの関係を同時に失う事になる。第拾七話と第拾八話にはやたらと弁当の話題が出てくる。トウジの机の上に山と置かれた購買部のパン、シンジは宿題の為に自分とアスカの弁当を作る事ができずに彼女を怒らせ、シンジとケンスケは買ったパン等を手すりにブラさげて屋上でダベり、ヒカリはトウジに弁当を食べてもらう約束をする。第拾八話では、シンジとケンスケが教室で買ってきたパン等を広げようとし、アスカは一緒にお弁当を食べようとヒカリを誘い、ミサト達がEVA3号機の到着を待つシーンでは、ネルフのトレーラーのシートに彼女達が食べ終えた弁当箱が置かれていた。弁当が『エヴァ』に於ける日常性の象徴か。

 この話で米国ネバダ砂漠にあったネルフ第2支部が、EVA4号機へのS2機関(S2は正確にはSの二乗と表記。以下同)搭載実験中に消滅する。S2機関は、第参話で倒した第4の使徒から採集し、独国第3支部で修復したものである。フィルムではカットされているが、第拾壱話の脚本と絵コンテ段階では、劇中で第4の使徒のS2機関を修復している事が話題となっている。そこで、リツコがS2機関は基礎理論ですら推測に過ぎない未知のエネルギーなのに、それを使わなくてはならないのは情けないといった内容のコメントをするはずだった。
 第2支部と共に消失したのがEVA4号機、この話の最後に登場したのがEVA3号機だ。零号機、初号機、弐号機は漢数字で数字を表記するが、3号機、4号機は算用数字で表記する(第拾八話の劇中でも「エヴァ3号機起動実験総合制御地点」というテロップが出る)。3号機、4号機が算用数字なのは海外で開発建造された機体であるからだ。と書くと、弐号機も独国で作った機体じゃないのかと突っ込みが入りそうだが、弐号機は設計と部品製造を日本で行い、最終組立と起動実験を独国でやったという設定なのである。

 一緒にレイの家を訪れた際に、シンジはレイの部屋を片づけてやるが、トウジは手伝おうとはしない。「ワシは手伝わんで、男のする事やない」と云う。それは彼の信念なのだそうだ。以前にも触れたが、トウジは素で男らしく行動しているわけではなく、意識してそのように振る舞う少年なのだ。そう云うトウジを、微笑して見るシンジは、彼の生き方を好意的に見ているのだろう。この話のラストで、トウジは1人でバスケットボールをやっているが、彼は運動は得意ではない。むしろ、スポーツ音痴であるという設定だそうだ。いつもジャージを着ているのも、運動好きだからではなく、本人のポリシーのため。彼はジャージファッションの先駆けだったとも云えようか。ボールがバスケットのゴールに入るラストは、勿論、彼の決意が決まった事を示す演出だ。これもフィルムではオミットされているが、「第25話 Air」の絵コンテ段階では、冒頭で閉鎖された第3新東京市立第壱中学校でシンジがトウジ、ケンスケと会うシーンがあった。トウジは車椅子に乗っており、車椅子に乗ったままバスケットのゴールにシュートを決めるのだ。このシーンは、トウジがシンジに向かってバスケットボールを投げ、シンジがそのボールをこぼすところで終わる。別れを告げるトウジとケンスケの友情を、シンジが受け止められない事を示す演出になるはずだった。

 加持に声をかけられたシンジは、彼の西瓜畑を見せられる。そこで加持は「楽しい事」と「辛い事」について話をする。シンジにとっては、前回の内的宇宙における自分との会話の続きだ。加持は「楽しい事を見つけたかい」と訊くが、それにシンジは答えない。内的宇宙での葛藤によって、嬉しかった経験の反芻、すなわち「楽しい事だけを数珠の様に紡ぐ事」の空しさに気づいてしまったのだろう。西瓜を育てる事が趣味とは、加持にしては随分と地味だ。いや、人の心を慰めるものとは、他人の目には詰まらないものと映る様なものなのかもしれない。「何かを作る。何かを育てるのはいいぞ。色んな事が見えるし、分かってくる。楽しい事とかな」と加持は云う。加持は西瓜作りが「楽しい事」だと云ってるわけではない。何かを作ったり育てたりすると、楽しい事が見えたり、分かると云っているのだ。西瓜を作る事で、人生の中に「楽しい事」が見つけられるという意味かもしれない。


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■第51回 エヴァ雑記「第拾八話 命の選択を」に続く


(06.06.09)

 
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