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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第45回 エヴァ雑記「第拾弐話 奇跡の価値は」

 Bパートは「え〜、手で受け止める?」というアスカの台詞から始まる。大気圏外から落下していく最大の使徒をEVA初号機、弐号機、零号機で受け止めるのが、ミサトが立てた作戦なのだ。実はEVA三体が一緒に使徒と戦ったエピソードは多くない。この話以外では第拾壱話、第拾六話、第拾八話、第拾九話だけだ。
 前回も書いたが、第2部「アクション編」ではコンビネーションで作戦を成功させる話が殆どだ。第八話ではアスカとシンジが協力して戦闘をし、第九話ではそれを一歩進めて2体のEVAの完全なユニゾンで使徒に挑んだ。第拾話ではアスカのピンチをシンジが助け、第拾壱話はアスカがその借りを返す。また第拾壱話は初号機、零号機、弐号機による初の連繋プレイであった。第拾弐話はその発展形である。3人が力を合わせて成功不可能と思われる作戦に挑む。

 「手で」は庵野監督がよく使う台詞で、第七話でJ.A.を止める方法を問われたミサトは「人間の手で、直接」と答え、第拾壱話では、EVA出撃準備をどうやったかの説明で、リツコが「人の手でね」と云う。「第26話 まごころを、君に」でも「手」に関する台詞があった。シンジは自分の内的世界で、他者と自分の関係、世界と自分の関係を否定的に感じて「みんな、僕を要らないんだ。だから、みんな、死んじゃえ」と云う。そして、そんな彼にレイが「でも、その手は何のためにあるの」と問うのだ。そこで様々な「手」が画面に登場する。自分で自分を確認するように握る手。受話器を握る手。友人の手を握る手。愛する者同士の手と手、EVAの操縦桿を握る手。使徒を殴り付けるEVAの手。そして、この内的世界の描写に入る直前に、シンジはその手でアスカの首を絞めている。愛し合う時も、傷つける時も、人間にとって他者や外部と接触する道具となるのが「手」なのだ。人の和を描いてきた「アクション編」クライマックスが、3人が揃ってEVAの手を使う作戦であるのは、相応しいと云えるのかもしれない。

 この作戦の規模はヤシマ作戦に匹敵する大きなものだが、第拾弐話はメカアクションよりも、むしろキャラクターの内面に焦点が当てられた話だ。回想でミサトの過去が語られ、シンジがEVAに乗る理由の問いかけも始まる。セカンドインパクトの回想では巨大な光の翼が登場し、現在の南極のシーンではロンギヌスの槍が初登場。情報量も多い。第10の使徒を受け止める為に三体のEVAが走る部分の原画は、吉成曜が担当。特に初号機のジャンプがイカしている。吉成さんの仕事も良いのだが、要所に彼を配置したキャスティングも素晴らしい。また同シーンでは初号機、零号機、弐号機のカットを繋いで、ひとつの動きの様に見せるカッティングもある。シンジ達が息のあっている事を示す演出だ。「奇跡ってのは、起こしてこそ、初めて価値が出るものよ」と庵野監督作品でお馴染みの台詞もあり。同様の台詞は『トップをねらえ!』最終話、『ふしぎの海のナディア』第21話にもあった。

 使徒殲滅に成功したシンジは、その事で初めて父親であるゲンドウに誉めてもらう。この話の前半で他人に誉めてもらっても嬉しくないと云っていた彼だが、それを喜んで、自分は父さんに誉めてもらう為にEVAに乗っているのだと気づく。ミサトの昇進パーティのシーンでは、シンジが大勢で騒いだりする事を愉しめないという描写があり、それもそのラストに繋がっている。人付き合いが苦手であり、内に閉じ籠もりがちな彼が、父親との繋がりを喜ぶ事ができたのだ。もうひとつ、ラストにハートウォーミングなドラマがある。ミサトは作戦が成功したらステーキを奢ると云っていたのだが、アスカ達は彼女の財布の中身を気遣って、ラーメン屋に彼女を引っ張って行ったのだ。シンジ、アスカ、レイは、ミサトともよい関係を築く事ができた。第拾弐話のサブタイルトルは「奇跡の価値は」。シンジ達は使徒を倒すという奇跡を起こした。それによって彼等が手に入れたものは、父親や仲間との距離が近づくという小さな幸せだった。まずまずのハッピーエンド。もしも、この次の話でシンジとゲンドウの和解があり、最後の使徒を倒せば、それが最終回でも構わないくらいだ。
 しかし、世の中はそんなに甘いものではない。第2部「アクション編」はポジティブな人間関係を描いてきたが、ここがピークである。以降の展開では、物語も人間関係もよりハードなものとなっていく。シンジが父親に誉められて喜んだ事すらも彼を苦しめる事になり、この話で自分の才能を示すためにEVAに乗っていると云ったアスカも、それゆえに強烈な挫折を味わう事になる。

 話は前後するが、第拾弐話ではミサトが戦う理由も明らかになっている。家族を顧みなかった父親が、セカンドインパクトの時に彼女を助けるために命を落とした。その事でミサトは、それまで憎んでいた父親に対して、屈折した想いを持つようになった。自分はセカンドインパクトを起こした使徒を倒す事で、父親の呪縛から逃れようとしているのかもしれない。それを聞いたシンジは、ミサトの想いと自分の父親への気持ちを重ねる。そして「逃げちゃ駄目なんだ」と独り言ちる。これは、シンジが第壱話で「逃げちゃ駄目だ」という言葉を繰り返していた理由を探るための手かがりになる。彼にとってゲンドウは、ミサトにとっての父親と似た存在だったのだろう。相手の事が好きなのか嫌いなのか、自分にも分からない。だけど、自分の中で無視する事ができない程に大きい。もしも、その場から逃げ出してしまったら、より苦しみが大きくなるだろう。だから、逃げてはいけないのだ。シンジはそう考えて「逃げちゃ駄目だ」と繰り返していたのかもしれない。


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■第46回 エヴァ雑記「第拾参話 使徒、侵入」に続く


(06.06.02)

 
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