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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第36回 エヴァ雑記「第参話 鳴らない、電話」

 第弐話に付いた第参話の予告も手厳しい。「新たな生活を、状況に流されるまま送るシンジに、友人が生まれるはずもなかった。だが、EVAのパイロットである事実は、彼を人気者にする。次回、鳴らない、電話。この次もサービスしちゃうわよ」。実際には、状況に流されていても友達ができる事はあるだろうが、敢えて「友人が生まれるはずもなかった」と云いきってしまうあたりが『エヴァ』の『エヴァ』たる由縁だ。
 「第参話 鳴らない、電話」からシンジは新しい学校に通い始める。ここで鈴原トウジ、相田ケンスケ、委員長こと洞木ヒカリが初登場。普通の学園生活の描写があるためか、トウジとケンスケのキャラクター性ゆえか、第参話はどこか穏やかな空気が流れるエピソードだ。第壱話と第弐話の熱さに対して、平熱感覚が心地よい。第壱話と第弐話で戦闘が夜に行われたのに対して、第参話では青天の下で使徒と闘っている。それも第参話の爽やかな印象に寄与している。

 第参話で登場する使徒は、第4の使徒シャムシエル。その戦闘では、第3新東京市の戦闘形態への移行、EVAを支援する兵装ビル、第3新東京市周辺の偽装迎撃システム等、初めて描写される事柄が多い。第弐話でEVAが使う銃、弾薬、電池、アンビリカルケーブルを兵装ビルにセッティングする描写があったが、それが何だったのか分かるのが、この戦闘シーンだ。EVAが有線による電力供給で動いており、体内電池ではせいぜい1分しか稼働しない事も、この話の冒頭で説明されている。また、初号機と第4使徒の戦闘では、原画の一部をGAINAXの吉成曜が担当。彼は後の話数でも要所要所でアクションを描き、シリーズ全体のクオリティ底上げに大きく貢献している。絵コンテ的には、灯台の向こう側を通過する第4使徒、手前に乗用車をナメて遠方の山に初号機が落ちるカット等、ダイナミックな特撮映画的なカットが幾つもあり、楽しませてくれる。地上に落ちたアンビリカルケーブルが、バスを潰しているカットも印象的だ。
 今回の使徒が「第4の使徒」であり、第壱話と第弐話で登場したものが「第3の使徒」である事もミサト達の台詞で分かる。すると第1の使徒と第2の使徒は、何時現れたのか? 第1の使徒について分かるのはしばらく先。第2の使徒については、遂に最後まではっきりと説明はされなかった。また、老教師の昔話により、かつてセカンドインパクトと呼ばれる未曾有の大災害が起きた事が説明され、第壱話冒頭でビルが海に沈んでいた理由が分かる。だが、ここで老教師が語ったセカンドインパクトの原因は、偽の情報である。セカンドインパクトの真実について、断片的にせよ明らかになるのが第七話。全てが明らかになるのは、完結編『THE END OF EVANGELION』である。そういった巧みな情報操作も『エヴァ』の魅力だ。

 シンジが友達を作りたがらない事について話をしている時、リツコが「ヤマアラシのジレンマ」の喩え話を引用する。「ヤマアラシのジレンマ」とは、ショーペンハウエルの寓話に由来する心理学用語であり、人と人の心理的距離のとりかたをめぐる葛藤とアンビバレンツを表す。これは薩川昭夫が、脚本段階で入れた言葉だ。第参話の段階ではドラマの味付け程度のものでしかなかったが、やがて、この概念が『エヴァ』のテーマそのものとなっていく。「第26話 まごころを、君に」ラストで、シンジがアスカの首を絞めたのも、ヤマアラシのジレンマと云えよう。
 それに対してミサトは云う。「まあ、そのうち、気づくわよ。大人になるって事は、近づいたり離れたりを繰り返して、お互いがあんまり傷付かずに済む距離を、見つけだすって事よ」。LD解説書「EVA友の会」の取材記事で、絵コンテマンの甚目喜一が「『エヴァ』の演出は評価すべきポイントがはっきりしている。批評が苦手な人でも批評できるように作ってあるから、一億総評論家時代に合わせた作りだ」とちょっと意地悪な事を云っていた。このミサトの台詞は、演出ではなく脚本の範疇だが、やはり語るべきポイントだ。さて、この台詞を僕達はどう受け止めるべきか。ミサトが云っている事は、ある意味では事実だ。何気なく聞いていたら「そうだよなあ」と納得してしまうかもしれない。傷付かないように他人と距離を取ってコミュニケーションを取っていくのは、確かに大人のやり方だ。だけど、時には傷付くのを覚悟で他者に踏み込む必要があるのではないか。ある程度の距離を維持しようとするのは、人間関係から逃げている事になりはしないか。あるいはそういった生き方は、別のストレスを生みはしないのか。どちらが正しいのかは結論が出ない問題だろう。

 『エヴァ』は、そのように視聴者が考えるきっかけを、何度も提示している。大抵は作品中で結論は出さず、判断は視聴者に委ねられる。ただ、このミサトの台詞については解答らしきものがある。貞本義行の漫画版『新世紀エヴァンゲリオン』単行本1巻の巻末解説である。庵野秀明監督は、ここでミサトについて「そこにいる29歳の女性は、他人との接触を可能な限り軽くしています。表層的な付き合いの中に逃げていく事で、自分を守って来ています」と書いている。他人との接触を避けるシンジと同様に、ミサトも人との関わりで傷つく事が恐いのだ。そして、この物語が終わった時に、彼等が(そして、作品世界も)変わっていて欲しいという願いを込めて、この作品を始めたと彼は記している。
 『エヴァンゲリオン』はコミュニケーションに不自由なシンジのドラマであり、同じように不自由なミサトのドラマでもあった。そして、彼等の問題は僕達にとって無関係なものではないはずだ。


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[DVD情報]
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■第37回 エヴァ雑記「第四話 雨、逃げ出した後」に続く


(06.05.22)

 
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