アニメ様365日[小黒祐一郎]

第450回 『神々の熱き戦い』神話世界の出来事

 ドルバルによって青銅聖闘士は倒された。彼が星矢に止めを刺そうとした時、天空より射手座の黄金聖衣が降臨。黄金聖衣を装着した星矢の小宇宙(コスモ)は燃え上がり、ペガサス流星拳がドルバルを圧倒する。星矢は黄金聖衣の弓矢でドルバルを射抜こうとしたが、ドルバルは自分を倒しても、アテナは呪縛から逃れる事はないと語る。彼を殺せば、沙織は永遠に元に戻らないかもしれない。星矢が弓を下ろした時に、フレイの声が響き渡る。見上げれば、幽閉されていたはずのフレイが、ボロボロになった身体でオーディーン像に登っていた。フレイは自分がアテナを助ける、だから、ドルバルを倒せと星矢に言う。フレイはオーディーン像を剣で破壊して、アテナを解放するつもりなのだ。オーディーン像がドルバルが使っている力の源なのだろう。フレイは地上からドルバルが放った攻撃にも耐える。そして、ドルバルによって飛ばされ、オーディーン像の頭頂部に落ちる。オーディーンの像の頭頂部には、無数の大きな棘があった。画面ではそうは見えないが、フレイの身体はその棘に貫かれているはずだ。しかし、フレイは立ち上がり、渾身の力をこめて、オーディーン像に剣を突き刺す。「星矢! 私を信じろ! アテナは必ず蘇る!」。同時に、星矢が放った黄金聖衣の矢がドルバルを貫く。崩壊が始まる。大地から無数の光が立ち上がり、オーディーン像と大地に沈み、沙織と共に出現した船は天空に舞い上がる。そして、沈む過程で、オーディーン像が手にした巨大な剣が、倒れていたドルバルの身体を、彼の周囲の地面もろとも粉砕した。

 ここまでに、何度か神話的という言葉を使ってきた。『聖闘士星矢』シリーズは、ギリシャ神話をモチーフにしたアクションアニメであり、元々、神話的なところがあるのだが、中でも『神々の熱き戦い』はその傾向が強い。ふたつの神の軍勢が戦うという筋立ても、見せ場の作り方も、キャラクターの扱いも、神話の壮大さ、厳しさ、神秘性に繋がっている。黄金聖衣が降臨したところから、ますます神話的なムードが高まる。そこで、ガラリと雰囲気が変わるのも心地よい。映像的にも力が増す。眩い透過光の光が画面を埋め尽くしている。この場面の透過光は、物量も凄まじいほどのものだが、1カット1カットで工夫を凝らしている点も素晴らしい。キャラクターで言えば、フレイがまるで主人公の1人であるかのようなかっこよさだ。また、フレイがドルバルの攻撃を受ける個所は、撮影処理も色遣いも見事なものであり、攻撃を受けた瞬間に彼の身体をグシャっと潰してしまう作画はインパクト抜群。フレイの殉教に至るまで言動、オーディーン像が地に沈んでいくビジュアルなど、まるで神話的世界の出来事のそのもののようだ。

 ここまで、コーラス曲には男声コーラスが使われていたが、黄金聖衣降臨から女声コーラスが加わり、音楽的にさらに厚みが増す。女声コーラスは『宇宙戦艦ヤマト』シリーズのスキャットで知られる川島和子によるものだ。彼女は『聖闘士星矢』TVシリーズや他の劇場版にも参加しており、その歌声はアニメ『聖闘士星矢』世界になくてはならないものだ。重々しい男声コーラスが北欧神話のイメージで、ロマンの香りを湛えた女声コーラスがギリシャ神話のイメージなのだろう。それまで、北欧神話の神の地で戦いを繰り広げてきたが、黄金聖衣出現と共に、ギリシャ神話の神々もそこに舞い降りた。音楽がそういった物語を描き出している。
 ストーリー構成で面白いのは、物語をバトルで終わらせていない点である。黄金聖衣を身につけた星矢が、悪しきドルバルを倒して終わりでもいいのだが、それでは少しばかり安っぽい。黄金聖衣だけでは“神々の戦い”を終わらせる事はできなかった。オーディーン側にも正しい者がおり、彼のオーディーンの名誉を守るための英雄的な行為が、沙織を救う力となる。オーディーン側の正義を描く事で、この物語を“神々の戦い”として説得力のあるものとしている。

 ただ、ストーリー的に難がないわけではない。黄金聖衣の降臨は『聖闘士星矢』シリーズのお約束のようなものだ。だから、『星矢』ファンは不思議に思わなかっただろうが、降臨する瞬間まで、劇中で黄金聖衣については一切触れられていないし、伏線もない。一本の映画として考えると、乱暴な展開だ。フレイにしてもそうだ。彼についての描写はあまりに少ない。フィルムを観ているだけでは、彼がワルハラ宮でどんな役職にいるのかすらも分からない。そんな彼がクライマックスで、星矢に匹敵する存在感を示してしまうのは唐突である。
 しかし、そのような乱暴な展開や唐突さも、作品の傷になっていないと思っている。星矢達は沙織を助けるために、ボロボロになるまで戦った。そして、神話的世界で奇跡が起きて、神によって、星矢に強力な武具がもたらされた。物語のテンションの高さと物語の組み立て方のお陰で、この映画における黄金聖衣降臨には説得力があった。これだけ星矢達が頑張ったのだから、奇跡くらい起きるのも当然だ、と思ったわけだ。フレイについても、どうしてこのキャラクターがクライマックスで大活躍してしまうんだ? と心の片隅で思いはしたが、同時にこの映画は、壮大な神話的物語の一部を切り取って見せてくれているものだと感じられ、納得した。この映画に心酔しているファンの見方であるので、点のつけ方が甘いかもしれないが、この映画には、そう思わせるだけの力があった。少なくとも僕にとってはそうだ。唐突さが、むしろ神話性を強めていると言いたいくらいだ。

 ドルバルが死しても、まだ大団円を迎えたわけではない。星矢は、沙織を助け出さなくてはならないのだ。射手座の黄金聖衣の翼が開き、星矢は天空に飛び立つ!

第451回へつづく

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(10.09.13)