アニメ様365日[小黒祐一郎]

第451回 『神々の熱き戦い』の熱き小宇宙

 アスガルドの崩壊は続いている。オーディーン像は地に沈み、船は天空に飛び去る。封印が解かれた沙織は地上に落下する。星矢は沙織に向かって走り、そして跳躍する。空中で沙織を受け止めた星矢は、黄金聖衣の翼を広げて飛翔する。黄金聖衣の翼が透過光の光でキラリと光る。星矢は沙織と共に着地。沙織をかばって自分が下になるかたちで地面に落ちる。星矢は体勢を立て直し、横たわった沙織を熱い眼差しで見つめる。「沙織さん……」と一言。沙織も気がつき、「ありがとう……星矢」と言う。そう言った後、彼女は何かに気づき、驚く。彼女が何に気づいたのかは分からない。彼女の視線の先にあるのは、頼もしい星矢の笑顔だ。

 ロマンチックな場面だ。黄金聖衣の翼がキラリと光る描写は、劇場で初めて観た時に、なんだか照れくさく感じたのを覚えている。映画を観た後で、友人と「あのキラリはやり過ぎだよ」と話したのを覚えている。透過光が溢れているこの映画にあって、このキラリは少し特別なものだ。黄金聖衣の透過光は、沙織を抱いて飛翔する星矢の姿を、輝かしいものとして表現している。もっと言えば、星矢がまるでお姫様を抱いている王子様のようだと表現している。
 星矢と沙織が見つめ合う個所では息を飲んだ。おそらくこの場面のカットは、通常のアニメの間合いよりも、少し長い。その少し長いところが演出のキモなのだろう。濃厚なムードを醸し、観客に描いている以上の事を感じさせる。作り手は2人が見つめ合っている事の意味も、沙織が何に気づいたのかも語っていない。ここは観客に想像させるところだ。おそらく沙織と星矢は、女神の地上代行者とその戦士の関係を越え、互いを想い合ったのだろう。星矢を見つめていた沙織が驚いたのは、自分にとって星矢が愛しい存在であるからだと気づいたからではないか。
 以上の文章を読まれて、話が飛躍し過ぎていると思われた方もいるだろう。僕もそう思う。だが、劇中の展開も飛躍してしまっている。神の軍勢同士の戦いを描いた神話的な物語だったのが、最後の最後で男と女の話になってしまった。ここに至るまでに、星矢と沙織の関係を匂わせる描写はない。初見時にもそう思った。あれ? いきなりそこまで持っていっていまうの、と。おそらく山内監督の中では、彼が演出したTVシリーズ30話「燃えあがれ! 愛のコスモ」と、この場面での星矢達の描写は繋がっているのだろう。30話も荒木伸吾とコンビを組んだエピードであり、星矢と沙織の関係を描いた話である。
 第445回「『神々の熱き戦い』ふたつの神の軍勢」で、映画序盤の沙織とフレイについて触れた。沙織とフレイが見つめ合ったのと、クライマックスで星矢と沙織が見つめ合ったのを、対比させているのかもしれない。つまり、沙織はフレイの内側に高貴なものを感じ、そして、星矢に対してはもっと熱いものを感じた。星矢に向けた眼差しには、フレイに対したものよりも、ずっと愛情がこもっている。先に沙織とフレイの関係を振っておいたからこそ、最後の星矢と沙織が活きるかたちとなった。
 推測の上に推測を重ねてしまったが、僕にとってはそういった意味合いのシーンだ。唐突に星矢と沙織の関係を押してる事自体は、決して嫌ではなかった。ここまでやり過ぎな仕事を重ねてきた作り手が、最後の最後に大変なやり過ぎをやってしまったかたちであり、むしろそれを痛快に感じた。理屈は通ってはいないが、最後にロマンチックな場面が観られたのも嬉しかった。

 アスガルドは崩壊した。大地には草木が芽生え、オーディーン像があった場所には、巨大な樹が立っていた。これが『神々の熱き戦い』最後の奇跡だ。木漏れ日や、葉の表現が素晴らしい。フレイの妹であるフレアは、その樹が伝説の宇宙樹ユグドラシルである事を星矢達に教える。フレアは、フレイ以上に出番の少ないキャラクターだった。兄や沙織を心配し、宇宙樹について説明するためだけに登場したのか。それもファンによく突っ込まれるポイントだ。「これは伝説の宇宙樹ユグドラシルです」というフレアの言葉を聞いて、星矢は「へえ……宇宙の樹って事か」と呟く。公開当時、僕はその星矢のセリフが気になっていた。最後なんだから、もっと気が利いたセリフを言えばいいのにと思っていた。今では、その素朴なセリフが、普通の少年でもある星矢らしいと受け止める事ができる。
 星矢が「宇宙の樹って事か」と口にしたところでBGMが盛り上がり、コーラスが始まり、エンディングに突入する。カメラは、ユグドラシルから引いてゆき、アスガルドの大地を横に並んで歩く星矢達を撮す。かくして、神々の戦いは幕を下ろした。

 『神々の熱き戦い』はドラマも、映像も、音響も非常に充実した作品だった。山内重保監督は、凝った撮影処理を得意とする事で知られており、「ヒカリモノの山内」というニックネームまであったそうだ。本作はそんな彼の持ち味が最大限に発揮された作品でもある。勿論、山内重保&荒木伸吾コンビの代表作としても記憶に留めておきたい。神話の世界を舞台にした物語であり、ロマンに満ちていた。第443回「『神々の熱き戦い』について書く前に」でも触れたように、僕にとっては『さらば宇宙戦艦ヤマト —愛の戦士たち—』劇場版『銀河鉄道999』の系譜にある作品で、より洗練したかたちでロマンを謳い上げるものだった。46分ほどの短い作品ではあるが、見せ場がぎっしりと詰まっている。作り手の熱意が漲っている。
 改めてこの映画のタイトルについて考えてみよう。『聖闘士星矢 神々の熱き戦い』である。極寒の地であるアスガルドを舞台にしておきながら、そこで展開される戦いは熱いのだ。雪や氷を溶かすほどに熱い。よくもこんな上手いタイトルをつけたものだ。神々の戦いを熱いものにしているのが、青銅聖闘士達の小宇宙(コスモ)であり、作り手達の熱意であるのは、言うまでもない事だろう。

第452回へつづく

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(10.09.14)