アニメ様365日[小黒祐一郎]

第385回 『ミスター味っ子』を振り返る・その5

 「味皇杯料理人グランプリ」の決勝2回戦では、陽一と一馬が、ピサパイ勝負で激突。陽一の勝利で終わるのだが、これが不思議なくらい印象に残っていない。盛り上がりには欠けるし、トリップシーンもひどく地味だった。23話「激突!超豪華 シーフードカレー」が過剰な仕上がりだっただけに、拍子抜けした。陽一と一馬のドラマのクライマックスは「味皇杯料理人グランプリ」ではなく、その直後の26、27、28話で展開された「どんぶり兄弟編」だった。
 どんぶり兄弟とは太郎、次郎の2人(2人を松井菜桜子が1人で演じている。セリフ回しも面白いのだが、彼女の怪演がまた素晴らしい)。関西で活躍している双子の少年料理人だ。公家のような衣装を着て、公家言葉を使う。髪は太郎が真っ白、次郎が真っ赤。大変な自信家で、得意な料理は丼物だ。一馬いわく「噂は聞いてる。華麗な舞いで、人々を迷わす丼物を作る、双子の料理人がおると!」。「華麗な舞いで作る」ってなんだよ、「人々を迷わす丼物」ってなんだよ! と突っこまずにはいられない。どんぶり兄弟は、凄まじいばかりの色物ぶり。インパクトとしては、それまで登場したヘンタイ料理人を軽々越えるものだった。
 一馬とどんぶり兄弟は、カレー丼で勝負をする事になった。太郎と次郎はタッグで戦う事を望む。陽一は、一馬と共に戦う事を申し出るが、一馬はそれを断る。プライドが高い彼にとって、ライバルと組むなんて、考えられない事だったのだろう。ライバル同士だった2人が、互いの実力を認め、力を合わせて、どんぶり兄弟に立ち向かう事になる。それが、28話「激闘!大阪城・カレー丼春の陣」(脚本/渡辺善則、坂田義和 絵コンテ/うえだひでひと、演出/山口祐司、作画監督/和泉絹子)だった。
 料理勝負は、両チームが、大阪城を駆け駆け上がりながら1時間以内にカレー丼を完成させる「クッキングマラソン」。新聞社がバックアップし、テレビ中継までされる大勝負だ。審査員は味皇であり、最終チェックポイントである天守閣で、鎧武者の格好で待っている。
 どんぶり兄弟のコンビネーションに対抗するため、陽一・一馬は作業を分担して料理を作る。カレーの天才の一馬がルウを作れば、陽一が具を作る。どんぶり兄弟の水溶きかたくり粉に対して、陽一・一馬コンビはめかぶとろろ。どんぶり兄弟が華麗に舞いながら料理をすれば、次のポイントに向かう一馬がジャンプをしたところで、陽一にVサインを送る。遂に完成したカレー丼。味皇は、陽一・一馬の方が旨いと判定を下す。その結果に対して、どんぶり兄弟が不平をぶつけると、味皇は「このうつけが〜、まだわからんのか〜」とどなりつける。
 以下の展開については、僕が作ったアニメージュ文庫の「うまいぞーBOOK」のフィルムストーリーのネームを引用しよう。( )の数字は写真の通しナンバーだ。


(33)巨大な手が、足が、大阪城の内部から外壁をつき破って現れた。いったい、何が起きたのか。天守閣に現れたのは味皇の目。そうだ味皇だ、味皇が興奮のあまり大阪城になったのだ!

(34)両手両足をグンとふんばったと思った途端、大阪城は大爆発を起こした

(35)爆発のなかから怪獣のごとき味皇の姿が現れる

「やあやあ遠からん者は音にも聞け。近くば寄って目にも見よ。これこそが料理の心だ」

「聞こえるか! 通天閣も道頓堀も大阪中がうまいうまいといっておるわ」

(36)大阪中の人々が巨大な味皇を見上げている

「よいか、何よりもワシの舌を感動させたのは、陽一君と一馬君、ふたりの想いなのだ!!(以下、略)」


 文章だけ読んでもよく分からないかもしれないが、映像を観ても、何が起きたのかはよく分からない。要するに、味皇が巨大化し、料理に対する想いを語り続けるのだ。そして、大阪中の人々がそれを見上げ、話を聞いていた。その間、陽一、一馬、どんぶり兄弟は空中を浮遊している。味皇が大阪城になってしまう部分も、その後の爆発も、巨大化した味皇の姿も、ビジュアル的に充実。大変な迫力だ。一応、説明しておくと、どんぶり兄弟が負けたのは、心に邪心があった。つまり、功名心で料理を作っていたからだった。
 ライバル同士の陽一と一馬が力を合わせるというプロットも燃えるものだし、決着がつくまでの展開もいい。そして、その盛り上がりを受けるかたちで、味皇が巨大化し、大阪城が爆発した。『ミスター味っ子』のトリップシーンでは、観ている側がフィルムのパワーに呑まれて恍惚としてしまう事があったはずだ。劇中のキャラクターだけでなく、観ている側もトリップしてしまうわけだ。少なくとも、僕にはそんな経験が何度かあった。28話の味皇の巨大化は、表現が派手だっただけでなく、観ている側のトリップ感も強かった。
 凄かったのは巨大化だけではない。味皇が陽一達の料理について説明する際に、指先ひとつで丼を真っ二つにするあたりは、まるで南斗聖拳だ。そして、味皇巨大化の後、敗北を認めた太郎、次郎は、バリアを張って2人だけの世界に閉じ籠もる。誰がどう観てもメチャクチャだ。作り手がノリにノッて作っている感じが、フィルムから感じとれる。作っているスタッフも、半ばトリップしていたに違いない。ここで味皇様の言葉を借りて、アニメスタッフの創意工夫と熱い情熱を褒め讃えたいところだが、そうすると次回以降が書きづらくなるので、ここは我慢。
 エピローグ部分では、陽一と一馬が、互いを信じて戦っていた事、また料理にとって大事なものは何かを語り合う。そして、次はライバルと戦う事を誓いつつ、じゃれ合う(イチャついているように見える人もいるだろう)。お腹一杯、ごちそうさま。どう見ても最終回だった。大満足の最終回だ。しかし、28話は最終回ではなかったのだ。

第386回へつづく

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(10.06.11)