アニメ様365日[小黒祐一郎]

第69回 『Dr.スランプ アラレちゃん』(TV版)

 『Dr.スランプ アラレちゃん』が放映されたのは1981年4月8日から、1986年2月19日。『うる星やつら』の半年前にスタートしている。いずれもフジテレビ系の番組であり、水曜19時から『Dr.スランプ アラレちゃん』が、同じ水曜の19時半から『うる星』が放映されていた。多くの視聴者は、この2番組をセットで観ていたはずだ。フジテレビは1980年代にヤング向けの作品を連発していくのだが、この2本立てから、その流れが始まっている。ただし、後述するように『Dr.スランプ アラレちゃん』はヤング向けというよりは、ファミリー向けの作品だった。また、原作が連載されていたのは「週刊少年ジャンプ」。この作品の大ヒットが、後のジャブアニメの隆盛に繋がる事になる。
 原作は、鳥山明の初連載作品である『Dr.スランプ』だ。原作のタイトルに『アラレちゃん』はついていない。さえない独身男である天才科学者の則巻センベエ、彼が作りだした少女型アンドロイドの則巻アラレを中心に、ペンギン村の愉快な面々が起こす騒動を描いたギャグマンガだ。僕と近い年齢のマンガファンも同様だったのではないかと思うが、『Dr.スランプ』の連載が始まった頃、これをマニアックであり、イケているマンガだと思った。いや、その頃に「イケてる」なんて言葉はなかったけれど。とにかく、マンガ好きの注目を集める作品だった。なにしろ画が巧かった。それまでに観た事のないタイプの画だった。アラレは、パンチ一発で地球を割ってしまうほどの怪力の持ち主で、そういうデタラメなところも楽しかった。そもそもメガネをかけた少女型アンドロイドが主人公というのが、当時の少年マンガとしてはマニアックだった。モブキャラクター的な扱いでウルトラマンやゴジラが、あるいはモビルスーツと称されるロボットが登場していた。同じ「少年ジャンプ」で江口寿史もやっていたが、当時はそういったパロディが新鮮なものであり、ファンも喜んでいた。改めて原作の『Dr.スランプ』を見直すと「どうしてこれを、マニアックなマンガだと思ったのだろう?」と感じるのだが、とにかく当時はそう思っていた。
 アニメ『Dr.スランプ アラレちゃん』の制作は東映動画(現・東映アニメーション)。プロデューサーは、それまで東映本社で実写作品を手がけていた七條敬三。チーフディレクターはスタジオジュニオの岡崎稔、チーフ作画監督は同じくジュニオの前田みのる(前田実)。この後に『DRAGON BALL』や『タッチ』を手がける前田実の、代表作のひとつだ。チーフデザイナーの役職で美術をまとめたのは、東映動画の美術スタッフを代表する浦田又治。背景美術に関しても、遊びの多い作品だった。
 アニメ版のタイトルに『アラレちゃん』をつけた理由については、『DRAGON BALL』が始まった頃に七條プロデューサーにうかがった事がある。かつて、横山隆一のあるマンガ(「江戸ッ子健ちゃん」)で脇役だった男の子のフクちゃんに人気が集まり、「フクちゃん」というタイトルに改めて成功した(実際には改題ではなく、仕切り直しの別連載だったようだ)ように、人気キャラクターであるアラレの名前をタイトルに入れようと提案したのだそうだ。『Dr.スランプ』を外して、単に『アラレちゃん』にしようという案もあった。七條プロデューサーは、最初から子供向けに作る事を意識していた。タイトルに『アラレちゃん』を入れたのは、子供でもわかやすいタイトルにしたいという狙いでもあったのだろう。
 事実、放映が始まった『Dr.スランプ アラレちゃん』は、かなり子供っぽい内容だった。内容は原作に沿っていたのだが、僕のイメージとは違っていた。TVシリーズは、ほとんど見返す機会がないので、断言できないのだが、おそらくフィルムのテンポが遅くかったため、そう思ったのだろう。色づかい等も、ファミリーアニメ的だった。原作は子供向けマンガとしても読めるものだったので、必ずしも間違った作りではなかった。そういった作り方にしたために、広い層に受け入れられて『Dr.スランプ アラレちゃん』はヒットした。
 僕は、子供っぽい作りを残念に思ったが、それでも毎週観ていた。原作どおりに、ウルトラマンやゴジラといったキャラクターも登場していた(これはシリーズが進むうちに減っていく。僕の記憶に間違いがなければ「仮面ライダー」と「ガメラ」だけが残った。取材で「仮面ライダー」は同じ東映の作品だし、「ガメラ」は版権管理元がそういった事に鷹揚だったからだと聞いた覚えがある)。原作はやたらとウンチが出てくるのだが、アニメ版はそれを出すのを避けていた。初期はウンチの代わりに、トグロを巻いたヘビを出したりしていた。放送が進むうちに、アニメ版でも平気でウンチを出すようになった。黄色とかピンクとか、カラフルな色のものだったはずだが。
 『Dr.スランプ アラレちゃん』の調子が出てくるのは、2年目くらいからだと思う。各話スタッフがノッてきて、傑作をものにするようになったのだ。若手スタッフの活躍が目立つ作品だった。脚本で言えば、島田満、照井啓司、井上敏樹。演出で言えば西尾大介、芝田浩樹、竹之内和久。彼らのほとんどが(ひょっとしたら全員が)、この作品がデビュー作であるはずだ。
 中堅のスタッフだと、演出と作画監督として参加した芦田豊雄の仕事が素晴らしかった。彼の画は非常にシャープだった。メリハリをつけた動かし方も作品にあっていた。それから、スタジオライブのスタッフだと、海老沢幸男も印象的だ。彼もやはりシャープな画を描いていた。特にみどり先生を美人に描いていたと記憶している。
 このシリーズで傑作を選ぶとしたら、78話「ペンギン村八ッ墓ものがたり」と185話「さようなら!! アラレさん」だ。「ペンギン村八ッ墓ものがたり」は、芦田豊雄が脚本(共同)、絵コンテ、作監、原画を担当したエピソード。脇役のおはる婆さんにスポットをあてた話で、大仕掛けのアクションがあり、枚数をたっぷり使ってグリグリと動かしていた。力作にして異色作だった。「さようなら!! アラレさん」は脚本が島田満、演出が西尾大介。これも本放送以来、観返す機会がないのだが、アラレに想いを寄せるオボッチャマンの純情さを描いた感動作だったと記憶している。
 スタッフがノッてきてからの『Dr.スランプ アラレちゃん』は楽しかった。19時からのこの番組と、19時半からの『うる星』で、楽しい1時間だった。若手スタッフが暴走気味だった『うる星』に対して、『Dr.スランプ アラレちゃん』はスタッフが落ちついた仕事をしていて、その中で個性を出している感じだった。当時すでに、ヒネたマニアだった僕は「『Dr.スランプ アラレちゃん』の方が、大人が作っていて、安心して観られるな」と思っていた。今思うと、本当にヒネていた。

第70回へつづく

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(09.02.19)