アニメ様365日[小黒祐一郎]

第57回 敗者の栄光

 前にも(第52回 『あしたのジョー2』(TV版))書いたが、本放送時に『あしたのジョー2』で好きだったエピソードは、ボクシング絡みの話が多かった。具体的にタイトルを挙げれば「第1話 そして、帰ってきた…」、カーロス戦を描いた前後編「第11話 死闘の始まり…カーロスVSジョー」「第12話 吹雪の夜…その果しなき戦い」、金竜飛の壮絶な過去を描いた「第23話 燃える野獣と…氷」、そして、次回触れる「第44話 葉子…その愛」といった話だ。他には、ジョーが減量しているあたりの話をハラハラしながら観たのも覚えている。本放送時、僕は原作の内容を大体は知っていたが、キッチリ読んでいたわけではないので、新鮮な気持ちで物語を追えた。
 1話は、前に書いた(第53回 ジョーが帰ってきた理由)ように前半の乾いた感じも、ゴロマキ権藤の格好よさも、後半の詩的な感じもよかった。試合が面白かったのが11、12話だ。ジョーとカーロスが、持てる技と力の全てを叩きつけて戦う試合だが、この話はスタッフも技と力の全てをフィルムに叩きつけている。クロスカウンター、ロープ際の攻防、見えないパンチといったスーパーテクニックの応酬から、力のぶつけ合いになる展開もいいし、演出と作画と撮影のスタッフが、次々に必殺技を繰り出して、豪華な映像を作り上げているのもいい。興奮して観た。23話はエキセントリックな色遣いが、物語をよりパワーアップさせていた。
 自分が30歳を過ぎてから観直した際には、別のエピソードに感銘を受けた。知人に「あの話がいいんだよ」と言われてから観たのだと思う。「第26話 チャンピオン…そして、敗者の栄光」と「第27話 ボクシング…その鎮魂歌」の2本だ。『あしたのジョー2』Blu-ray BOX 2の解説書では中島かずきさんと板垣伸さんに原稿を書いてもらったのだが、2人とも『あしたのジョー2』を代表するエピソードとして、26話と27話を挙げている。他の『あしたのジョー2』ファンと話をしても、この2本が話題になる事が多い。
 「第26話 チャンピオン…そして、敗者の栄光」は、かつてプロボクサーとして活躍し、今は屋台の焼鳥屋をやっている男、村上輝明が登場する。アニメオリジナルのエピソードだ。ルポライターの須賀清は、かつてホセとグローブを交えた男がいると言って、ジョーを彼の屋台に連れて行った。確かに、村上は13年前にホセと試合をしていた。当時のホセは、まだ16歳の少年であり、アマチュアだったが、ボクサーとして脂が乗っている時期の村上が1ラウンドで倒されてしまった。その後、村上は全日本ライト級のチャンピオンになるのだが、ホセとの試合が忘れられず、ボクシングに対して消極的になり、引退してしまった。引退した後は人生が終わったようになっていたが、ホセが世界チャンピオンになった夜は、なぜか嬉しくて一晩中呑んだ。それから、少しやる気を出して、今の焼鳥屋を始めたのだという。
 屋台の焼鳥屋になった事が哀れなのではない。焼鳥屋だって立派な職業だ。一度は全日本チャンピオンになった男が、どこか世の中に引け目を感じ、気弱に生きている事が哀しい。だが、そんな彼が、自分を打ちのめした相手がチャンピオンになったのを拠りどころにし、彼と戦った事を誇りにして生きている。それがタイトルになっている「敗者の栄光」だ。村上は飼い犬にホセという名前をつけて、可愛がっているのだが、それがまた味わい深い。この話のクライマックスで、ヤクザに因縁を吹っかけられたジョーを村上が助けようとする。「私は元全日本ライト級チャンピオン村上輝明だ〜、お前達に怪我をさせたくない。手を引け〜」と彼は叫ぶ。結果的に、村上はヤクザにコテンパンにやられてしまう。名乗りを上げて叫んだ瞬間に、彼の哀しさと誇りが交差した。
 改めて26話を観て思うのは、語り口の巧さだ。話を詰め込まないで、個々の描写がたっぷりとしている。重たいテーマだが、深刻にしすぎてはいない。ジョーと犬のホセが遊ぶような、ホッとする場面もある。他の話もそうなのだが、物語にそういう余裕があるところも『あしたのジョー2』の魅力だ。村上輝明を演じたのは、コミカルな役柄の印象が強い及川ヒロオ。この話のしみじみとした感じに関しては、彼の芝居の力が大きい。特に「私は元全日本ライト……」の叫びがいい。最初はリアルなタイプの演技だと思ったが、観直すと、むしろ、作った声だと思う。いわゆるお芝居らしい演技なのだ。お芝居らしい演技だが、不思議と現実味がある。物語のリアリティのレベルと、芝居のリアリティのバランスがいいのだろう。
 「第27話 ボクシング…その鎮魂歌」では、ウルフ金串が再登場する。これもアニメオリジナルのエピソードだ。ジョーと再会したウルフは、自分がトレーナーをやっているジムの借金を返すためだと言って、ジョーから金を借りる。しかし、ウルフが言っている事は嘘だった。金を返す約束の日になっても、彼はジョーの前には現れない。ウルフはヤクザとは切れたが、今はそんな詐欺まがいの真似を続けているのだ。だが、かつてのウルフのフィアンセだった女性は、いつか彼が立ち直ると信じて支え続けており、ジョーも、彼がいつか金を返しに来る事を信じる。ジョーがウルフを信じたのは、彼が、まだ人としての誇りを失っていないと思いたかったからだろう。27話もまた「敗者の栄光」についての物語だった。
 友人同士の借金という生々しいモチーフを使った、切ない話だ。TVアニメでそれをやっただけでも凄いのだが、それだけではない。このエピソードではウルフのドラマと別に、新しいジムを建てる準備を始めて、その事で浮かれる段平の様子や、ジョーにケンカを売ってきた暴走族のジローが、ボクシングを始める気になるまでが描かれている。ウルフが身を落とすところまで落としているのに対して、段平とジローが、同じボクシングの世界で希望を感じているわけだが、それが皮肉にはなっていないところがいい。皮肉になっていないのは、演出のタッチによるものだろう。
 27話も、役者の芝居が印象的だ。ウルフを演じたのは、どちらかと言えば、線の細いキャラクターが多い納谷六朗。ウルフのような本当の強面は少ないはずだが、この回や、再登場する44話の芝居がいい。用心棒時代の1話のためでなく、この27話や44話のためにキャスティングされたのではないかと思うくらいだ。
 26話、27話について、高校時代の僕がピンとこなかったのも、仕方がないだろう。あまりにも大人の話だ。描いてるのは人生の敗北と小さな希望。扱っているモチーフも大人びたものだし、その語り方がまた大人だ。この2本の脚本としてクレジットされているのは、善福次郎という謎の脚本家。これは実在の人物ではない。シナリオライターの書いた脚本はあったのだが、出崎監督の絵コンテ段階であまりにも内容が変わってしまったため、元の脚本家の名前を出さず、架空の名前を出す事になったのそうだ。出崎監督が絵コンテ段階で創作したエピソードであり、彼の想いが、最も強く出た話数ではないかと思う。
 『あしたのジョー2』はヒーローになれなかった男達の物語でもある。1話のウルフの描写から、それが始まっていた。拳を痛めてボクシングを引退する事になった西や、パンチドランカーになってしまったカーロスも同様だ。ひょっとしたら、ゴロマキ権藤や須賀清も同じなのかもしれない。栄光をつかめなかった人間の人生にも意味はある。ヒーローになれなくても、自分の人生に誇りを持つ事はできる。それは他の出崎監督作品にも共通しているテーマだ。「敗者の栄光」についての物語こそが『あしたのジョー2』の本質なのではないかと思えるくらいに、その部分が深く、そして印象的だ。

第58回へつづく

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(09.02.02)