アニメ様365日[小黒祐一郎]

第53回 ジョーが帰ってきた理由

 『あしたのジョー2』の「第1話 そして、帰ってきた…」は解釈が難しい話だ。話の構成が少し変わっているのだ。『あしたのジョー2』では、ジョーは力石戦の後に半年間、行方不明になっている。1話は、そんな彼が、泪橋の丹下ジムに帰ってくるまでが描かれている。
 行方不明になっていた間、彼は半ば浮浪者のような暮らしをしていたようだ。街をうろつき、パチンコ屋の椅子で横になり、歩道橋の上でアンパンを食べる。そんな中、落ちぶれて暴力団の用心棒になったウルフ金串の姿を見かける。彼は試合でジョーに顎を砕かれて、ボクサーを引退していた。ウルフは、対抗する暴力団が雇ったケンカ屋のゴロマキ権藤にやられてしまい、ジョーはそれを助ける。権藤は何度かジョーの試合を見ているようで、別れ際に「あんたの試合、できたら、また観てえ。そう思っておりやす」と告げる。ジョーは再び街をさまよう。子供のようにガードレールの上を歩き、道に座り込んで何かを考え、飲んだジュース缶を蹴る。そして、「たまには、寄ってみるか……」と独りごちる。ジョーは宙に向かってパンチを繰り出し、夜道を走り出す。そんな彼の姿を自動車のヘッドライトが照らす。そして、翌日、ジョーは丹下ジムに戻る。これが1話の粗筋だ。
 僕は、派手で熱い番組が始まるのかと思っていたのだが、冒頭の街の描写は乾いた感じだった。それを新鮮に感じた。ウルフのドラマ、権藤の立ち居振る舞いも男っぽくてよかった。終盤のヘッドライトがジョーを照らすあたりは詩的な感じで、その部分もノッて観た。1話はシリーズの中でも、特にビジュアルの完成度が高いエピソードであり、特に回想のかたちで挿入される力石戦は、細い描線のタッチを綿密に入れており、惚れ惚れするほどの仕上がりだ。引き込まれて観たので、本放送では話の構成が変わっている事なんて、まるで気にならなかった。
 随分経ってから改めて観て、それに気がついた。人に言われてから、疑問に感じたのかもしれない。ジョーが、丹下ジムに戻った理由がよく分からないのだ。普通に考えれば、自分のためにヤクザまがいの稼業に落ちたウルフの姿を見て、その償いのためにボクシングを続けようと思った。あるいは、権藤にまた試合が観たいと言われたのがきっかけになった、という事になる。いや、ウルフや権藤との出逢いが、きっかけのひとつになっているのは間違いなのだろうが、そこが微妙なのだ。
 気になるのは、権藤と別れた後の、街をさまようシークエンスだ。ジョーはガードレールの上を歩き、その夜のねぐらを探す。自動販売機で缶ジュースを買い、ジュースを飲みながら、夜空を見る。缶を蹴って、そこで、戻ってみるかと思った。物語の表面だけを見て、強引に言葉にするなら「1人で缶蹴りをしたが、それが面白くなかったから、丹下ジムに戻ろうと思った」のだ。「夜空を見上げたが、月が出ていなかったから」でもいい。ウルフや権藤との出逢いが、きっかけになってはいるのだろうが、ジョーが丹下ジムに戻ろうと思う前に、そういった描写が積まれているため、視聴者の多くが、それを直接的な理由とは思わないだろう。思わないようにストーリーが構成されている。ムックなどを作るときに、あらすじが書きづらい話だ。そのようにした演出意図は何なのか。
 疑問に感じた時は、ボクシングの世界に戻るかどうかの逡巡を、そういった描写の積み重ねで、詩的な感覚で描いたのだろうと思った。さっきも書いたように、初見時から、1話は詩的なところのある話だとは思っていた。大人っぽい作り方をしているなあ、と思った。その解釈も間違ってはいないのだろう。街をさまようシークエンスに、別の理由があるのではないかと思ったのは、最近の事だ。あのシークエンスは、ジョーが「旅人」である事を表現するためのものではないか、と思うようになったのだ。ジョーと「旅人」の関係については、次回以降で触れる事にしたい。

第54回へつづく

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(09.01.27)