アニメ様365日[小黒祐一郎]

第42回 アニメブームと手塚治虫

 1980年春には、手塚治虫が、原作と総監督を務めた『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』が公開されている。この作品に触れる前に、アニメブーム当時の手塚治虫の発言について記しておきたい。僕にとって『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』は、彼自身の発言とのセットで記憶に残っている作品なのだ。
 手塚治虫はアニメブームと、当時の商業アニメについて否定的だった。僕が知っている中で、もっともその傾向が顕著なのが、少年画報社から1978年に発売された「手塚治虫アニメ選集6 リボンの騎士」に掲載されたインタビューだ。インタビュアーは井口登美子という方だ。以下に気になった箇所を引用する。

—— 現在のアニメ界の状況についてはどう思いますか?
手塚 ひどいの一言ですね! 本当のアニメーションをだれも知らない、忘れてしまっているんですよ。
—— 本当のアニメーションとは? 今やっているのはアニメじゃないんですか!?
手塚 違いますね! おもしろおかしくもない、そういうものを、アニメと思ってる読者は気の毒ですねえ。ほとんどのは、アニメにする意味がないじゃないですか。アニメとはアニメでなければできないもの、アニメでなきゃ困るもの、それこそアニメなのです。SFものは特撮の映画でもできるし、野球アニメは実写の映画でもできる。他の分野でできるものをアニメで真似ても、その分野にはかなわない。アニメにはアニメの道がある。作ってる側がアニメを知らないために、いいかげんなものを作り、それを見る人はまったく気の毒だ。

 と、当時のアニメに対して強く非難をしている。この後で、アニメーションの歴史を語り、アニメの魅力を語っている。なにかに変身したり、生きていないものを生きているように動かしたり、あるいはマンガじみたオーバーな動きをさせるのは、アニメにしかできない事であり、それがアニメの魅力だというのだ。
 また、講談社の「手塚治虫エッセイ集2」(手塚治虫漫画全集・別巻5)に、「アニメーションは“動き”を描く」という手塚治虫の文章が収録されている。この原稿の初出は1980年だ。アニメーションの理論や作り方について述べたものだ。その中からアニメブームと当時のアニメに関する内容だけ引用する。

 趣味でアニメをやる人でも、これだけは頭にたたき込んでほしい。アニメは“動き”の芸術なのだと。
 「口パク」という言葉がある。テレビのアニメで、他はぜんぜん動かないのに、口だけがぱくばくしてセリフをしゃべっていることだ。
 あるテレビアニメのファンが言ったのだが、「それほど動いてなくたって、口が動いているだけでもかまいません。要するに、お話がおもしろければいいのです。お話で感動するアニメが私達には最高なのです」という意見は、ひどく間違っていると思う。お話だけで感動して、動きがいらないのなら、それはマンガの本で感動すればいいし、紙芝居でもいいわけだ。

 この原稿だったのかどうかは覚えていないが、「口パクだけ動いていればよい」と言っているアニメファンを、当時、手塚治虫が否定したのははっきりと記憶している。僕が読んだのは、この文章ではなく、別の発言だったのかもしれない。話で感動できれば、動かなくてもいいというのは(実際に、個々のアニメファンがそこまで極端な考えだったかどうかは別にして)『宇宙戦艦ヤマト』以降にアニメファンになった僕達の事だろう。自分達が否定されたのはショックだった。
 「手塚治虫エッセイ集2」には「瀕死のアニメーション」という原稿も掲載されている。これは1979年に発表されたものだ。手塚治虫が友人に長電話で話した内容という設定の、ちょっとパロディ的なセンスの文章で、色々な角度からアニメを語っている。その中で彼は、声優人気や美形キャラ人気について苦言を呈し、劇場アニメに徹夜で並んでいるファンについて、彼らは配られるセル画が目当てだとまで言っている。
 それらの論旨を理解する事はできた。最初に引用した「手塚治虫アニメ選集」の発言も、少なくともクラシカルなアニメーションの常識からすれば、突飛なものではなかったはずだ。ただ、問題なのは、それを言ってるのが手塚治虫だったという事だ。僕はそれらの文章を読んだ段階で、手塚治虫の『鉄腕アトム』をルーツにして、そこからアニメが発展し、その時点のアニメ状況が成立したという事を理解していた。『鉄腕アトム』があったから「口パクだけが動いている」アニメが作られるようになったのだ。それなのに彼が、当時のアニメの大半を否定するような事を言い出した。どこの誰とも知らない人間ならまだしも、どうして手塚治虫がそんな事を言い出したんだ、と思った。
 今なら、どうしてそんな発言をしたのかも分かる。手塚治虫は『鉄腕アトム』の作り方をベストだと思って始めたのではないだろう。厳しい条件の中で、苦肉の策として和風リミテッドアニメの手法を生みだした。『鉄腕アトム』が成功したために、苦肉の策だったはずの手法が、日本のアニメの主流となってしまった。内容もマンガ原作のものが当たり前になっていった。結果として、手塚治虫がかつて愛したアニメーションのスタイルが、国内の商業アニメでは、ほぼ駆逐されてしまった。そのために、文句を言っているわけだ。事実、「手塚治虫アニメ選集」のインタビューでも、記事の後半で、そのような発言をしている。自分は『展覧会の絵』や『ある街角の物語』のような実験映画を作りたいと思っていたが、それを作るためにはスタジオを維持しなくてはいけない。だから、スタジオ維持のために『鉄腕アトム』を始めたと語っている。『鉄腕アトム』をああいったかたちで作った事に関しては、色々な理由があったはずで、この発言が全てを語っているわけではないのだろうが、真実のひとつではあるのだろう。
 また、アニメブームの前段階として『宇宙戦艦ヤマト』が再放送で人気を集めていたのは、手塚治虫がアニメから距離を置いていた時期だ。ブームが始まってからも、彼はその中心にいたわけではない。その事が、辛辣な言い方をさせていたというのもあるのだろう。ただ、そういった事情は、当時の僕には分からなかった。ただ、手塚治虫の発言を目にして、大袈裟な言い方をすると、親に見捨てられたような気持ちになっていた。そんな中、『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』が公開された。

第43回へつづく

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(09.01.09)