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第20回
神山健治の「監督をやるなら観ておきたい20本」(1)


―― 編集部からのオーダーは「アニメ業界で働きたいと思っている人に観てもらいたい20本」だったんですが、実際にはどんなかたちで選んでいただけたんでしょうか。
神山 僕なりに、その趣旨に沿って選択したつもりではあります。最近よく、アニメーションについての文脈が寸断されたと言われるんですよ。日本が(映画産業として)アニメを作るようになって、もう45年くらい経つんですよね。だけど、アニメ史みたいなものって、教科書になっているわけでもない。どんなふうにアニメが作られてきたのかという文脈が、僕らの次の世代では寸断されているらしい。自分が観ているものが何かのコピーだという事すら知らないというような世代が現れている。そういった話をあちらこちらから聞くんです。僕もそんなに古いものは知らないけど、僕らの世代と新しい人達を繋げるようなタイトル選んでみました。それから、作画の方は異論はあるかもしれないけれども、僕なりに監督をやる上で、「このあたりを観ておいたらどうだい?」というようなものを(笑)。ちょっと、前置きが長くなりましたけども。
―― 「どうだい?」というのは、仕事をする上で役立つという事ですね。
神山 僕はそう思っているという事ですね。監督をやるなら、戦略を立てるためにも、多分、これは観ておいた方がよろしかろうという事ですね。
―― では、リストを見せて下さい。
神山 はい。少し、リストからこぼれてるやつもあるんですが。

●神山健治の「監督をやるなら観ておきたい20本」
1『機動戦士 ガンダム[TV]』(1979) 富野喜幸(現・由悠季)
2『アルプスの少女ハイジ[TV]』(1974) 高畑勲
3『フランダースの犬[TV]』(1975) 黒田昌郎
4『母をたずねて三千里[TV]』(1976) 高畑勲
『ルパン三世[TV・旧]』(1971) 大隅正秋、Aプロ演出グループ
『ルパン三世[劇場]』(1978) 吉川惣司(本文では『マモー編』)
7『ルパン三世 カリオストロの城』(1979) 宮崎駿
8『未来少年コナン[TV]』(1978) 宮崎駿
9『風の谷のナウシカ』(1984)宮崎駿
10『となりのトトロ』(1988)宮崎駿
11『銀河鉄道999[劇場]』(1979) りんたろう
12『オネアミスの翼 王立宇宙軍』(1987) 山賀博之
13『トップをねらえ! Gun Buster』(1988) 庵野秀明
14『あしたのジョー[TV]』(1970) 出崎統
15『エースをねらえ![劇場]』(1979) 出崎統
16『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001) 原恵一
17『機動警察パトレイバー[劇場]』(1989) 押井守(本文では『パトレイバー1』)
18『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993) 押井守
19『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984) 押井守

●20本目の候補
『カウボーイ ビバップ』(1998) 渡辺信一郎
『メダロット』(1999) 岡村天斎
『GHOST IN THE SHELL』(1995) 押井守
『装甲騎兵ボトムズ』(1983) 高橋良輔
『AKIRA』(1988) 大友克洋


神山 1番がベストワンというわけじゃなくて、順不同なんですけど。
―― 19番目までが順不同なんですね。。
神山 うーん。20本目の候補は決め切れないで、どうしようかと思っているんです。
―― 今までの色んな人にタイトルを挙げてもらった中で、普通の人にも観てもらえるものが、こんなに並んでるのは初めてです。
神山 ああ、だったら、バランスがいいと言えるかもしれないけど。つまらないと言えば、つまらないかもしれないね(笑)。
―― いえいえ。まともに『機動戦士 ガンダム』を選んで下さった方も、実は初めてですよ。
神山 ひとつひとつ説明しましょうか。
―― お願いします。
神山 『機動戦士 ガンダム』は、明解に意図をもって作られた作品だと思うんです。アニメ史の中で、それは画期的なものだったはずなんですよ。しかも、優秀な監督と作画監督・キャラクターデザイナーが同時に存在してる。これが非常に貴重なんですよね。それが大ヒットする事や、作品のバランスのよさを生む絶対条件なんですよ。『ガンダム』はその意味で言うと、完璧ですね。監督の熱意もあるし、バランスも整っている。そんな時期に世に出す事ができた、幸運な作品だと思うんですよ。その後のアニメの歴史に多大な影響も与えてるはずだし、これの洗礼受けてない人って、ほとんどいないというか。挙げておいて間違いはなかろうという作品ですね。
―― 「意図」という言葉が出てましたけど。
神山 要するに、富野(由悠季)さんを中心に、それまでのアニメではやっていなかった――僕はそれを「皮膚感覚」と言っているんだけど――皮膚感覚的なものを持ち込んだというかね。アニメって基本的には、キャラクターを描く時に、記号以外では描けないわけですよ。熱血なやつ、クールなやつ、ヒロイン、チビ、デブみたいなね。これが完全にフィックスしていて、そのお約束の組み替えの中で、ほとんどのアニメができていた。そんな中で、明らかに類型的ではないキャラクターを登場させていこうとした。それは「普通である」という事です。で、アニメで普通であるという事を描くのは、至難の技なんですよ。『ガンダム』はそういう普通の人間をアニメの中に登場させている。これは、かなり意図的にやってるはずなんですよ。ロボットを開発したお父さんの息子という定番の設定からは逃れられなかったけど、それまで熱血でロボットに乗る事を厭わないという主人公が普通だったのに、アムロというキャラクターを、「僕、乗りたくない」と言うような少年にした。
 ただ、凡庸であるためには、同時に天才性が必要でね。ガンダムに乗る資質は最初からあった。これは逃れられないアニメの呪縛なんです。そういう事が嫌いな人間がパイロットに選ばれてるというアンビバレントさが、エポックだったんですよね。あとは、それを取り巻く人間達も、基本的に普通な人間であるという事を意図的にやろうとしていた。それまで作ってきたものに疑問をもってる人間がアニメ作ってるという事が、見えるわけですよ。
―― そういう意味での「意図」なんですね。他と違った事をやろうとする「意図」もあった。
神山 そう。そこがね、素晴らしいと思うんですよ。そういう可能性が、アニメというジャンルの中に、ちゃんとあるんだっていう事を、富野さんは提示してくれたと思いますよね。それが1番に『ガンダム』を選んでる理由でね。さっき順不同と言ったけど、これが1位でもいいかなという気はしてますね。
―― 『ガンダム』を観てもらうとしたら、TVと劇場版のどっちですかね。
神山 うーん、できれば、劇場版じゃなくてTVの方を観てほしいね。ただ、TVを全部観ると、丸1日かかりますから(笑)。入り口を劇場版としてもいいと思うんだけれども、ファーストTVシリーズを通して観るというのは、非常に重要な事だと思いますよね。最早古典の域に達してますし。

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※『機動戦士 ガンダム』はTVシリーズはまだDVD化されておらず、現在は劇場版の特別版(音声がリニューアルされている)のみがリリースされている。『アルプスの少女ハイジ』をはじめ、いわゆる名作劇場の作品は、劇場版や総集編もリリースされているがTVシリーズを順に観るのをお勧めする

神山 3番めの『フランダースの犬』はちょっと後に回して、先に2番めの『ハイジ』と4番めの『三千里』に行きましょう。これはやっぱり宮崎(駿)さんと高畑(勲)さんという、2人の天才の功績です。当時は僕も子供だったから、作ってる人間の名前も知らない状態で観てましたけど、この2作品は明らかに同じ人が作ってると思ったわけ。小学校の1年生と3年生でしたけど。しかも『ハイジ』と『三千里』って作品傾向が全然違っていて、子供の頃には『三千里』はちょっと辛すぎてですね、正視するのが困難なぐらいでした。やはり、リアリティというか、キャラクターに真実味があるというか。この作品も意図的にアニメで起こるお約束を排除してるわけですよね。さっきの『ガンダム』と違うところは、この2作品が画柄で普遍性を獲得してるところだと思うんですよ。『ガンダム』は安彦(良和)さんの天才性のために、今観ても素晴らしいんだけど、やっぱり流行の波に抗えない部分が、ちょっとあるんですよね。でも、この2作品に関してはね、映像について普遍性を獲得してるところが、またエポックだなと思うんですね。
―― 全然古びてないですね。
神山 うん。まずデザインが優秀なんです。宮崎さん自身がデザイナーというわけではないですけれど、基本的なベースラインについては、宮崎さんの功績があると思います。それと同時に、演出処理的な点についても、普遍性を帯びてるところが凄いんですよ。セルの塗り分け、業界用語でいうと色TPというやつですよね。あれで表現できないものはないんだという理念のもとに、演出手法を駆使してるわけです。まあ、これは相当な力業なんですけど、それを徹底してやってるために風化してない。この両方ですね。デザイン面と演出処理、両方で普遍性を獲得してるんですよ。
―― セル画と背景で表現しうる事は、極限に近いところまでやっていますよね。
神山 突き詰めてますね。デジタルエフェクトとなどがない時代に、あれだけの表現方法に到達している。TVシリーズのかなり初期の段階で、あそこまで行っている。若い人が観ておくべきだと思いますね。これは確実ですね。これは何度観てもいいですね。

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―― 『鉄腕アトム』が昭和38年で『ハイジ』が昭和49年だから、『鉄腕アトム』から11年しか経ってないんですよ。
神山 そうです。それほど経ってないわけですよ。
―― それなのに、あの脅威のクオリティが。
神山 ええ。ほんとにそう思いますね。セル画を撮影台で撮るっていう事に関しての究極のスタイルだと思いますね。それから、言うまでもなく高畑さんの演出。脚本を含めたディレクションが完璧なんです。いまだに世界中の人が観続けてるのは、全ての面において普遍性を獲得しているからでしょう。流行に乗っていくのも非常に重要な事なんだけれども、アニメが消費されてしまうだけのものではなくて、後世まで残っていく普遍性を持ち得るという事の、ひとつのヒントにはなるはずですね。僕はそう思って、選びました。
―― 素晴らしい。『三千里』は絶対に観なきゃ駄目ですね。
神山 そうですね。染みこむまで観ないと(笑)。
―― しかも、1話から順番に観る。
神山 ちょっと観るのがつらくなったりしてほしいですね。次は『フランダースの犬』です。このタイトルの並びの中に置くと、異物感があるかもしれないけど。これは、例えば、宮崎さんが「『フランダースの犬』なんて何がいいんだ」と言ったりして(編注:「出発点1979〜1996」[徳間書店]収載の「宮崎駿自作を語る」など)、ファン間で誉めてはいけないような風潮もちょっとあったんですけどね。
―― 確かに、前後する2作品と比べると迫力不足の印象はありますよね。
神山 そうですね。ただ、これは原作を読んでみると分かるんだけれど、50何本も作れるような原作じゃないわけ。それは高畑さんも『三千里』で同じ事やってるわけですけど、オリジナルのキャラクターも入れながら膨らませて、52話の脚本もたせているんです。これはやっぱり演出家としては、非常に観るべきところがあるんですね、
 宮崎さんが『フランダースの犬』を批判したのは、人を死なせて視聴者の涙をとっているところなんです。だけど、「人々の涙を絞りとるんだ」という一点突破を目指して(笑)、失敗してないというところが、俺は大事だと思うの。今の若いスタッフは「泣かせたいけど、涙が出るほどじゃないんです」とか「笑わないコメディなんです」とか、斜に構えすぎなんですよ。これは一切斜に構えずに、一点突破で「皆さんの涙を搾り取ります」と言って、涙を絞りとったんだから大成功なんです。今はそれすらできない。だから、これを観て、最低限のお約束事を具現化するという事の大事さを学んでほしい。

 
PROFILE
神山健治(KAMIYAMA KENJI)

1966年(昭和41年)3月20日生まれ。血液型B型。埼玉県出身。高校卒業後、上京。アニメの自主制作に関わった後、スタジオ風雅で美術スタッフとして仕事を始める。『AKIRA』や『魔女の宅急便』等に背景として参加した後、フリーに。『THE八犬伝[新章]』や『ジェノサイバー 虚界の魔獣』で美術監督を務めた後、演出家に転身。Production I.Gの『人狼』で演出を務める。『人狼』の制作中に、押井守がProduction I.Gで主宰した「押井塾」に参加。ゲーム『ポポロクロイス物語II』や『ミニパト』を経て、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』で初監督を務め、続いて『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG GHOST IN THE SHELL “STAND ALONE COMPLEX”』を手がける。現在は新作の準備中。Production I.Gに所属。

●神山健治の「監督をやるなら観ておきたい20本」(2)に続く

(05.10.17)

 
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