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西尾鉄也が語る
『スカイ・クロラ』

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アニメの作画を語ろう
西尾鉄也が語る『スカイ・クロラ』あれこれ
第1回 1人作監の理由と3Dレイアウト


 押井守監督の最新作『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』は、ふたつの意味で新鮮な作品だった。ひとつはハイターゲットなタイトルが続いた押井監督が、若い観客を意識して作った作品であるという点。もうひとつは、同監督の作品ではリアルタッチのキャラクターが続いていたが、本作では西尾鉄也の手によって端正でシャープなデザインが描かれたという点だ。レイアウトで見せる事が多かった押井監督作品としては、日常芝居が多いのも新味だ。
 近年では、劇場作品では数名の作画監督を立てるのが常識になっているが、本作では西尾鉄也が1人で作監をやりきっており、それも話題のひとつだ。質的にも充実したものとなっており、その丁寧な作画は、3DCGによる空戦シーンにも負けない見どころとなっている。




プロフィール
西尾鉄也(Nishio Tetsuya)

1968年(昭和43年)6月23日生まれ。愛知県出身。血液型A型。イベント上映用作品『NINKU ナイフの墓標』で初キャラクターデザイン、初作画監督を経験。引き続きTVシリーズ『NINKU』でキャラクターデザインを担当。その後、フリーとなり、『人狼』にキャラクターデザイン、作画監督として参加。以降、Production I.Gを拠点に活動を続け、『イノセンス』『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』等を手がける。その一方で『NARUTO』シリーズのキャラクターデザインを担当。最新作は初のオリジナルキャラクターデザインである『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』。


●2008年6月9日
取材場所/Production I.G
取材・構成/小黒祐一郎



―― 他でも話されていると思うんですけど、今回参加されるまでの経緯は?
西尾 作監をやるのは、先に上層部で決まっていたみたいです。自分で獲得した事と言えば、キャラクターデザインをゼロからやらせてくれと言った事ですかね。押井さんの中では、他のイラストレーターを使いたいという腹案があったらしいんですよね。それが誰だったか俺は知らないんですけど。作監をやる事が決まってんだったら、キャラデからやらしてくれと立候補して、そこから関わりが始まった感じです。
―― キャラクターデザインをやりたかった理由は?
西尾 やった事なかったからですよ。ゼロからのキャラデを。
―― なるほど。確かに『人狼』は先に……。
西尾 『人狼』は沖浦さんのメインキャラがあるし、『イノセンス』も同じです。『NARUTO』や『NINKU』も原作ありき。『S.A.C.(攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX)』も、公安9課の連中はほぼ決まっていた。そういったかたちで、人が描いた主人公があって、そのフォーマットから派生するデザインは山程やってきたんです。それで「ゼロから描く仕事はやってないなあ」というのに突然気がついたんです。ぶっちゃけ言うと『スカイ・クロラ』が始まる随分前に(Production)I.G以外のところでオリジナルキャラの話があったんですよ。それがオリジナルキャラの第1弾になるはずだったんですけど、思うように進んでいなくって、まだ継続中なんです。『スカイ・クロラ』で立候補したら、押井さんも面白がってくれて、やらせてもらえるようになりました。押井さんの方から、小説の鶴田さんのキャラクターを使わなくてもいいというお達しも出たんで、これは願ったり叶ったりだと。
―― なるほど、キャラクターデザイン以外の……。
西尾 (小黒の質問をさえぎって)どうでしたか、観て?(笑)
―― いきなり、そちらから聞いてきますか。えーと、どこまでぶっちゃけていいんでしょうか。
西尾 もう全部ぶっちゃけてください。
―― 公開されたら、日本中のアニメファンが突っ込むと思うんで、先に言っておきます。いつ主人公が写輪眼を使うのかと思って、ハラハラしました(笑)。
西尾 あっははははは(大爆笑)。そんなに似てるかなあ?
―― 似てますよ。静止画で観てるとそんなに気にならないかもしれないけど、動いていると、さらにそう思います。
西尾 まあ、『NARUTO』は5年もやってますからね。否定はしません(笑)。
―― 随分前に、マスコミ向けに1ロール目だけの試写会があったんです。それを観た時に、西尾さんの代表作になるんじゃないかと思いました。
西尾 ありがとうございます。
―― キャラクターが端正だし、無駄なく綺麗に動いてるし。頭の5分だと、押井さんの色も薄いじゃないですか。薄いというか、持ち味が今までと違った方向で形になっている。これは凄いなあ、全く新しいものになりそうだなと思っていたんです。
西尾 ははは(笑)。でも、全部観てみたら……。
―― ああ、いつもの押井さんだった。
西尾 あはは(笑)。
―― しかも、若者に伝えたい事があるとか言っていたけど、若者に対して上から目線だ!
西尾 はっはは(笑)。
―― 作画の話に戻すと、端正なキャラクターで、きれいに作ろうとしているのが分かりました。それから、全体がワントーンなのがよかったですよ。ボウリングのシーンとか、突出したところはありましたけれど。


▲西尾鉄也の手によるキャラクターデザイン。ヒロインの草薙水素


▲水素の表情集。線画で見ると、驚くほど線が少ない。ちなみに、押井監督の強い要望により、水素はオカッパになった

西尾 今回は1人作監だったじゃないですか。やり終えて「1人でやるというのは、どうだったんだろうか」という感じはしますけどね。
―― 最近の劇場長編アニメーションは、ほとんどが複数作監制じゃないですか。1人でやろうと思われたのはどうしてなんですか。
西尾 結果、そうなっちゃったんですよ。別にネガティブな話ではないから、話してもいいと思うんですが、『イノセンス』が大規模な作品になったじゃないですか。予算も潤沢で、制作期間も長かった。今回はその反省というわけでもないんですけど、制作的にコンパクトに作ろうというのが大前提としてありました。スケジュールも割とタイトでしたし、予算も少ないわけではないけれど、押井さんが無駄遣いできるほどの予算はなかった。
―― 『イノセンス』は無駄遣いできるほどあったんですね。
西尾 「これを買ったり、作ったりする意味あるのか」と思うものが山程ありましたからね(笑)。
『スカイ・クロラ』はスケジュールがタイトな分、リソースを原画に割いてるんです。引き上げられたカットを撒き直したりするんで、優秀な原画マンを作監に回す事ができなかったのが、内情といえば内情ですよ。
―― 巧い人に作監補をやってもらうよりは、原画を描いてもらった方がいいという事ですね。
西尾 本当は、終わった人から順番に作監に回ってほしかったんですけどね。まあ、アニメスタイルの記事らしく厳密に言うと、テロップ上では1人作監になってますけど、メカニック的なものを竹内(敦志)さんだったり、水村(良男)さんだったりに、それ以外のカットを井上鋭さんに、直しをお願いしたりしてるんです。そういう意味で言うと、キャラ修正をしたのが俺しかいないというのは、嘘ではないですけど。1人で作監をやりきったかというと、どうだろう(笑)。あとは引き上げ分を井上俊之、井上鋭のダブル井上に、ごっそりやってもらったりもしたので。
―― つまり『イノセンス』の時みたいに、I.Gの作画力の全てをここに結集、みたいな感じではないんですよね。
西尾 うん。沖浦さんも完全ノータッチでしたしね。ただ、その辺が抜けてるくらいで、半分はいつものメンバーです。それで名前は知ってるんですけども、仕事するのが初めてという人が、半分でしたね。こんな巧い人がいたんだと、意外な発見だった人もいましたし、「あら?」という人も当然いました。
―― 原画マンの人数は少ない方ですよね。
西尾 考えていたよりは増えちゃいましたね。どの作品でもそうなんでしょうけど。
―― 最初は、10人くらいで終らせるつもりだったんですね。
西尾 観てもらったから、分かると思うんですけど、ドライブインのシーンが何回もあったりして、兼用カットが多いじゃないですか。ああいうのを何人かで分けて描くのって、結構しんどい作業になったりするんですよね。そういう時にこそ3Dレイアウトを使えばいいんですが、今回はそういうところでは使わないという、変に意固地な押井さんの方針があったんで、使ってないんですよ(笑)。
―― 3Dレイアウトにすると、複数の人が同じカットを描いても問題がない?
西尾 空間的な合わせができるじゃないですか。それが発揮されてるのが、当初から3Dにする予定だった格納庫ですね。格納庫に関してはパースラインのお化けみたいなものですから、3Dレイアウトがあって助かりました。そもそも、格納庫の天井の窓から差してる光をちゃんと再現したいという押井さんのオーダーがあったんですよ。機体が3Dなわけですし、だったら、ハンガー、格納庫を丸ごと3Dにした方が、光もコントロールしやすくなるという事で3Dになったんですけどね。
 みんながビール飲んでいたりする談話室と呼ばれる部屋とか、何度も出てくるドライブイン。あの辺は、今でも3Dにすべきだったんじゃないかと思っています。椅子の高さ、テーブルの高さ、部屋の広さなんかを、各シーンで合わせるのが、結構骨だったんです。上手い人が描いたレイアウトに合わせようとすると、他のレイアウトを全直しする事になっちゃいますからね。
―― なるほど。
西尾 主人公のキルドレに対して、テーブルとか椅子とかを異常にデカくするというのが、大方針としてあったんですよ。押井さんがそこにこだわっていて、俺の方も、レイアウトチェックで対比を厳しくチェックしてたんですけどね。その意図が伝わっていない人もいて、椅子が普通サイズになっている原画を修正したり。そんなのばっかりでしたね。それでスケジュールをほとんど食っちゃったようなものですよ。
―― 今回、レイアウトチェックはどなたがやったんですか。
西尾 俺1人ですよ(笑)。
―― 1人ですか。レイアウターみたいな人は? 
西尾 押井作品で、いつも参加されてる渡部(隆)さんが参加しています。俺が滑走路周り、基地周りのレイアウトをザックリと仕上げて、渡部さんが3Dを使ってディテールアップするという作業でした。渡部さんの方で、アングルとかを調整する事はなかった。
―― 空間は、西尾さんの段階でかたちにしているという事ですね。
西尾 ま、それも結果論だと思うんですけどね(笑)。人がいなかったんですよ。そういった事をやってもらえる人がいなかったんですよ。柱になってくれた原画マンといえば、筆頭として井上鋭さんで、それから、本田雄さん、新井(浩一)さん、山下高明さん。だけど、それぞれメインの仕事を抱えていたんです。鋭さんは『電脳コイル』が終わってからこっちに来てくれたんですけど。作画がスタートした時にいた作画スタッフって、俺ぐらいで(笑)。
―― じゃあ、井上俊之さんはもっと遅いですね(笑)。
西尾 そうそう。井上俊之さんは『コイル』の最終回までやってましたから(笑)。黄瀬氏なんかも、『ヱヴァ(ヱヴァンゲリヲン新劇場版)』をやってましたからね。少数精鋭と言えば、聞こえはいいんですけど、きつかったですよ。


▲黄瀬和哉はフーコの館、後半の車中のラブシーンと、色っぽいシーンの原画を担当

―― 今の話を聞いて、少し意外だったんですけど、西尾さんは3Dレイアウトで作画する事に、ストレスはない? 
西尾 うん。そういう合わせに関してだったら、全然苦はないですね。例えばTVシリーズとかで、毎回出てくるおなじみの部屋とか、ロボットのコクピットなんかは、3Dでやっちゃった方が早いんじゃないですかね。手描きにして空間がまちまちになるよりもいい、と思えるんですけどね。
―― 3Dで空間を組むようになったのは、つい最近ですよね。いつが最初ですか? I.Gで言うと。『人狼』の時はやってないですよね? 
西尾 やってないですね。
―― 『BLOOD(THE LAST VAMPIRE)』も、そういう使い方はしてないですよね。
西尾 うん。『イノセンス』ですかね、やっぱり。
―― 『イノセンス』ですか。あっという間に順応しちゃったんですね。
西尾 そうですよ。別に俺が、マウスクリックして3Dいじる訳じゃないので。「やっといて」で、できてきますから(笑)。
―― 3Dで作った空間って、最初にワイヤーフレームみたいなもののプリントアウトが出てくるわけですよね。それをベースにしてレイアウトを起こす?
西尾 どこにカメラを置いて、どのくらいにキャラが収まるかを指示したラフを、1回出して、それで3Dで組んでもらうんです。それで出てきたプリントアウトを元にして、改めてキャラを配置し直したりして。そこで「嘘でもいいから、テーブルを奥に下げてくれ」とか、お願いする事は何度かありました。
―― それって、通常は作監の仕事なんですか? 演出の仕事なんですか? 
西尾 どうでしょうねえ。作品によって変わるんでしょうけど。『イノセンス』の時は、原画さんと2人で「どうですかねえ」なんて言ってモニターでチェックして、OKだったらレイアウトをフィックスさせるみたいな感じでやってました。『スカイ・クロラ』に関しては、俺が1人でやっています。今回は地上のシーンと空のシーンがあるんですが、空のシーンは、モーションが上がってきた段階で作画に回ってくるんで、いじりようがないんですよ。コクピットとかは、押井さんが、ポリゴン ピクチュアズ(編注:本作の3DCGIを制作したプロダクション)に行ってチェックしてるんで、こちらで何か付け足したり、アングル変えたりする必要はないし、できないんです。ただ、格納庫内の散香の配置とか、手描きのキャラのレイアウトの収まりのよさみたいなのに関しては、最高でテイク5くらいまではやり取りして、手描きのほうに引き寄せさせてもらったんですよ。だから、主従の関係で言ったら、地上シーンは手描きが主で3Dが従。空に上がると3Dの方が主で手描きが従という感じで、だいぶ、やりかたが違うんですよね。だから、3Dレイアウトといっても、手で描くものは減っていないんですよ。



▲『スカイ・クロラ』では雲の上の世界は、戦闘機に乗っているパイロット以外は、全て3DCG

―― いきなり3Dで組まれたものを持ってきて、「はい、これで描いて」というわけにはいかないんですね。
西尾 『イノセンス』のあるシーンでは、そういうのがありましたね。
―― あの背動みたいな場面ですか。
西尾 そうです。『イノセンス』の時の反省もあるんですよ。『イノセンス』の時って、プリントアウトされたものが出てきたときは、レイアウトがフィックスになっているんですよ。それまでの段階でも、モニターではチェックしてたんですよね。一応、キャラのアタリみたいなものを乗っけてもらって、モニターで見てはいたんですけど、やっぱり紙にプリントアウトしたものを机の上に載せてチェックしないと、駄目ですね。
―― 机に載せないとダメですか。
西尾 うん。押井さんが、どこかで言ってたんですけど、アニメが3D化したらペーパーレスになるのかと思っていたけれど、むしろ逆で、プリントアウトするものは増えた。それは演出の西久保(利彦)さんにも同感してもらえて、やっぱりプリントアウトして、紙で1回見ようという事になったんです。『イノセンス』の時って、まあ、俺のシーンに限ってですけど、レイアウトがせせこましいんですよ。近いんですよ。あまり大きくないモニターで見てるもんだから、ちっちゃく画面に収まる感じになっちゃってるんですよね。大スクリーンで観た時に「なんか近いなー!」っていう。
―― カメラが近いんですね。
西尾 それと「ちょっと、キャラがでけーなあ!」(笑)。でも、モニターで見てる時は、それでいい、と思ったんですよ。
―― という事は、DVDで観る分には問題ないですね。
西尾 多分、そうなんでしょう(笑)。で、それから自分の中で反省の日々というか。『イノセンス』をやってるころは、まあ、忙しいってのもあったんですけど、映画館で映画観る習慣がなくなってた時期なんですよね。『スカイ・クロラ』では、大スクリーンというものを意識してやってましたよ。やりすぎた感もあるかもしれない。今度はキャラが向こう行きすぎたという(笑)。偶然なんですけど、『NARUTO』の2本目の劇場で作監やったときに、監督の川崎(博嗣)さんが、上がってくるレイアウトを、次から次に縮小コピーかけてたんですよ。
―― ちょっとカメラを引くんですね。
西尾 引くんですよ。ああ、川崎さんも同じ事考えてらあ、やっぱり大スクリーンの見せ方ってあるんだろうなあと思いました。『スカイ・クロラ』では、その『イノセンス』での反省点を活かしてやれたと思っています。

●第2回 キャラデザインの2大コンセプト に続く


●関連サイト
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公式サイト
http://sky.crawlers.jp/

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[書籍情報]
「ANIMESTYLE ARCHIVE スカイ・クロラ The Sky Crawlers 絵コンテ」
著者 押井守
編者 アニメスタイル編集部
発行:株式会社スタイル
発売:株式会社飛鳥新社
判型:A5判
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