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『イーオン・フラックス』DVD化記念
ピーター・チョン監督Q&A(1)


 3月に発売された「イーオン・フラックス オリジナル・アニメーション コンプリートBOX」は、長年リリースを待ち望んだファンの期待を裏切らない、充実のDVD―BOXだった。監督を務めたのは、ピーター・チョン。彼は、金田伊功を思わせるケレンに満ちた、独特の作画スタイルを持つアニメーターとしても知られている。現在、劇場作品『レッドライン(仮題)』を制作中の小池健も、その影響を受けた1人だ。
 今回、アニメスタイル編集部は『イーオン・フラックス』DVDリリースを機に、ピーター・チョン監督にFAXでのインタビューを行った。こちらの拙い英語の質問に対して、予想以上に濃い内容で答えてくれた監督の言葉を、2回に分けてお送りする。(協力:パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン)

●プロフィール
ピーター・チョン(Peter Chung)

1961年、韓国・ソウル生まれ。アメリカと韓国で暮らし、アニメーターを志してカリフォルニア芸術大学で学んだ後、ラルフ・バクシ監督の『ファイヤー&アイス』(1983)にレイアウト・アーティストとして参加。以降、『トランスフォーマー ザ・ムービー』(1986)や『Rugrats』(1991)といった作品で、原画やストーリーボード(絵コンテ)、レイアウトなどを手がける。1991年、自ら初の監督・設定・脚本を手がけた『イーオン・フラックス』パイロット版が、MTVの番組「リキッドTV」内でオンエア。一部視聴者からの熱狂的な反響を呼び起こし、翌年には短編5話が作られ、続いて約23分のエピソード全10話が制作された。その他の代表作に、キャラクターデザインを手がけた『アレクサンダー戦記』(1999)、監督作『THE ANIMATRIX:"MATRICULATED"』(2002)などがある。監督としての近作は、OVA『リディック/アニメーテッド』(2004)。

質問作成/小黒祐一郎、岡本敦史
構成/岡本敦史

●関連サイト
「イーオン・フラックス オリジナル・アニメーション」スペシャルサイト
http://www.paramount.jp/aeonflux/

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.日本のアニメから影響を受けたと聞いた事があります。具体的にどのクリエイター、どの作品に影響を受けたのでしょう? また、日本のアニメについてどう思っていますか?

ピーター 子供の頃は全てのタイプのアニメーションを楽しんでいた。ディズニー作品もワーナーブラザーズ作品も、TVで観ていた日本のアニメも同じようにね。最初に観た日本のアニメは、アメリカのTVで放映していた『Astro Boy(鉄腕アトム)』だった。その後、韓国で暮らしていた時に、『黄金バット』『タイガーマスク』『サイボーグ009』といった作品に初めて出会ったんだ。それらのキャラクターは当時の僕にとって、面白おかしく喋る動物たちが出てくる米国製のアニメより、ずっと心に訴えかけるものがあった。
 それ以上に、日本のアニメを観ていて気づいたのは、そのテクニックだ。それらの作品は、ほとんど静止画の連続で構成されていた。だから僕みたいな子供でも、どうやって作られているのか分かったし、自分ならどう作るか? と想像する事もできた。でも“クラシカルな”ディズニー・アニメの場合、個々の画は連続する動作のイリュージョンに、切れ目なく溶け込んでしまっている。だからテクニックが見えにくく、幼心には掴みどころがなかったんだ。
 そういった“クラシカルな”テクニックの恩恵を受けたのは、僕のキャリアにおいても、後になってからの事だと思う。真に素晴らしいアニメーションとは、人の手によって作画されているとは全く分からないものであるべきだからね。ただシンプルに、それ自体が動くべくして、動く。キャラクターもまた、真に生きているように見えなくてはならない。

 僕が近年のジャパニーズ・アニメをとても高く評価するのは、それらがハリウッドで作られたアニメーションより、ずっと自由に演出家のパーソナルな特質を表現しているからだ。日本ではアニメーションがまさに監督の表現媒体であるのに対して、アメリカの場合はアニメーターのものだという気がするね。ほとんどの長編アニメ映画は、監督が誰であろうが同じような演出法で作られている。主に焦点が当てられているのは、キャラクターの芝居の多様性だ。
 それぞれのアプローチには有効な特質があり、学ぶべきものはあると思う。僕は日本のアニメーションを通 じて、カメラワーク、編集、ストーリーボードについて、多くの事を学んだ。多大な影響を受けた監督としては、出崎統、りんたろう、川尻善昭、そして宮崎駿といった人達の名前が挙げられる。それに、庵野秀明監督の『THE END OF EVANGELION』、幾原邦彦監督の『少女革命ウテナ』の2タイトルも挙げておきたい。どちらもメインストリームの観客向けに商業企画として作られた、とてつもなくパーソナルな作品だ。あんな実験的な作品がアメリカのマーケットから生まれるなんて事は、想像もつかないね。

.私たち日本のアニメファンは、あなたが金田伊功の作画スタイルに影響を受けていると考えています。それは正しいですか? また、金田系統のアニメーションについて、どう思いますか?

ピーター もちろん、僕がキャリアをスタートさせた頃、金田サンのアニメーションからは計り知れない影響を受けていた。僕が彼の仕事を見て研究する事で学んだのは、不自然なタイミングによって、視聴者にある種の感覚を喚起させる作画方法の可能性だ。それに、アクションの中に何枚か様々な画を混ぜ合わせる事で、リミテッド・アニメーションを面白く見せるやり方も教わった。作画枚数を最小限にとどめなければならないTVシリーズの現場では、それは非常に有効なアイディアなんだ。
 金田サンの描くアニメーションは、ある意味フィルムの中にしか存在せず、現実にはありえない。彼は“表現主義アニメーター”だ。現実の模倣ではなく、内面的な感覚を表す動きを編み出すんだ。僕自身、実写では表現不可能な物事を描写 するには、アニメーションが一番の方法だと考えている。写 真の真似ではない絵画がよりパワフルであるのと同じようにね。
 しかし、他のアニメーターの仕事を真似していると、自己の表現を制約する事になる。金田サンの場合、それは誰かのコピーではなく“発明”だった。したがって彼のアニメーションには、「金田スタイル」を踏襲する他の誰にも持ち得ない、自由なのびやかさがあるんだよ。本来、個々のスタイルというのは、他人を模倣する意識的な努力ではなく、アーティスト自身が生まれ持つ本能から発生するものだからね。
 同じように、影響を受けた西洋のアニメーターもたくさんいるよ。ビル・ティトラ[注1]、ロッド・スクリブナー[注2]、ミルト・カール[注3]等々……日本のアニメファンには馴染みのない名前かもしれないけどね。

.アニメーションや映像作品以外で、影響を与えられた物事はありますか?

ピーター 僕はできるだけ多くのものからインスピレーションを引き出そうとしている。フィルム作りについて考える上で、音楽は特に多大な影響をもたらした。それは単純に、構造のみによって強い情緒的効果 をもたらす事もできるし、歌詞のないインストゥルメンタルの曲でも、内容を物語る力は持ちうる。そこから僕は、台詞を使わずにストーリーを紡ぐという試みを促されたんだ[注4]
 アニメーションを学ぶためにかよっていたカルアーツ(カリフォルニア芸術大学)では、モダンダンスからの影響も受けた。ダンサー達は自らの身体と動作を使って、内面を表現する。僕は自作のキャラクターをダンサーのように考えている。
 作品のストーリーテリングやキャラクター心理に関しては、小説から学んだ事が大きいね。特にお気に入りの作家は、フランツ・カフカ、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、アラン・ロブ・グリエ、それにウラジミール・ナボコフといった人達だ。
 だが、最も重要なのは、他の創作物からではなく、直接的・個人的な経験からたくさんのアイディアを取り込もうとする事だ。『イーオン・フラックス』の多くのエピソードは、社会や人間関係、モラルや政治問題に対する、僕自身の見解に基づいている。

.『トランスフォーマー ザ・ムービー』では、どんな役職に就いていたのですか? あれはとてもエキサイティングな作品でした。

ピーター 最初は『トランスフォーマー』のオリジナルTVシリーズに、ストーリーボード・アーティストとして参加していたんだ。その時、80年代の半ば頃だが、アメリカのTVアニメは韓国や日本のスタジオに外注をし始めていた。トランスフォーマーは日本のおもちゃをモデルにしていたが、アメリカにはそういったリアルなロボットを描けるアニメーターがいなかったんだ。僕は日本のロボットアニメのファンだったから、是非そのプロジェクトに参加したかった。
 マーヴェル・プロダクションのプロデューサーは、日本のアニメの仕事を多く経験しているストーリーボード・アーティストを雇った方がいいだろう、と判断した。そこで僕が、ストーリーボード・スーパーバイザーとして韓国に派遣されたんだ。米国のスタジオと、韓国側スタッフのコミュニケーションを助けるためにね。
 その後、TVシリーズが成功を収め、僕は引き続き劇場版のストーリーボードを描き、同じ韓国のアニメーター達と共に仕事をした。冒頭15分ぐらいと、終盤の1シークエンスは僕がストーリーボードを描いているよ。本当はもっとたくさん描いたはずだけど、監督が理解しなかったせいで、多くの場面がカットされてしまったんだ。
 あの映画は、ほとんど全編ノンストップアクションのつるべ打ちだ。だから常にビジュアルを新鮮に保ち、同じ事の繰り返しにならないようにする、というチャレンジでもあった。

●ピーター・チョン監督Q&A(2)に続く

注1:ビル・ティトラ Bill Tytla(1904〜1968)……本名ウラジミール・ティトラ。ニューヨーク出身のアニメーター・演出家。現役原画マン時代に向学のため渡欧し、パリで絵画や彫刻を学んだ。帰国後、ディズニーの『白雪姫』(1937)に参加し、『ピノキオ』(1940)『ダンボ』(1941)ではアニメーション監督の1人を担当。『ファンタジア』(1940)ではスーパーバイザーを務めた。ディズニーを去った後はTVシリーズ『ポパイ』(1956)の監督や、実写 とアニメをミックスした映画『秘密兵器リンペット』(1964)のアニメ部分監督などを手がけた。

注2:ロッド・スクリブナー Rod Scribner(1910〜1976)……ワーナーブラザーズで活躍したアニメーター。ハイクオリティな作画で知られ、テックス・エイヴリーやボブ・クランペットの作品で気を吐いた。時にオーバーアクトなほど躍動的なキャラクターの動作に、ピーター・チョンとの作画的共通 性も見て取れる。ラルフ・バクシ監督の『フリッツ・ザ・キャット』(1972)にも参加。

注3:ミルト・カール Milt Kahl(1909〜1987)……ディズニー“ナイン・オールドメン”の1人。『不思議の国のアリス』(1951)『わんわん物語』(1955)『眠れる森の美女』(1959)『ジャングル・ブック』(1967)『ロビン・フッド』(1973)といった作品のアニメーション監督として活躍。ちなみに『Mr.インクレディブル』(2004)などで知られるブラッド・バード監督は、彼の弟子。

注4:『イーオン・フラックス』初期のパイロット版・短編シリーズには台詞がなく、映像と音響・音楽だけでストーリーが展開する。

[DVD情報]
「イーオン・フラックス オリジナル・アニメーション コンプリートBOX」
価格/7140円(税込)
発売・販売/パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
[Amazon]


(06.07.05)

 

 
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