色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第31回 昔々……(23) 『聖闘士星矢』その10 劇場版『聖闘士星矢 真紅の少年伝説』予告カットそして「光と影と色」ということ

先週末、実家の庭の芝刈りをしてきました。春に父が亡くなり、その前の闘病期間を含めると、約1年ぶりの芝刈りです。あ、もうそりゃ伸び放題で、「芝刈り」って言うより「草刈り」ですよ。

通販で買った充電式芝刈り機ってのを使ってみたんですが、メインのマシンの充電が十数時間かかるという涙もの(泣)。結局、おまけ(?)についてたバリカンみたいなハンディタイプのヤツでバリバリと刈り込んできましたよ。

いやあ、これが楽しい! ホント、おもしろいように刈り込めるのですよ! しかも伸び放題だったからごっそりごっそり刈り込めて、見た目にみるみるきれいになって、かなりの満足感(笑)。ああ、長髪の頭を刈る床屋さんって、こんな感じで楽しいんだなあ、と(笑)。

まあ、庭の芝地を約半分刈ったところでバッテリーが終わっちゃうのはお約束(笑)。残りは次回に持ち越しです。

で、しっかり翌日筋肉痛になっちゃうのも、これまたお約束であります(笑)。

さてさて。

無事色指定の打ち合わせも終わった劇場版『聖闘士星矢 真紅の少年伝説』、いよいよ本編カットが僕のところに回ってきました。で、まずは予告編用先行分。

東映動画の劇場作品の作り方は、絵コンテ全編が完成するのを待たず、絵コンテが終わったところからどんどん作画打ち合わせをやって、原画さんに発注していきます。ですので、先に上がってくるのは、先に作画打ち合わせが終わってる最初の方のカットになります。まあ、最初の予告編用ですので、いきなりクライマックスの方のカットを使う必要もなく、むしろ本編導入部の「フンイキ」なカットを積んで予告編にしていくのです。で、今回も、冒頭のアベルと黄金聖闘士たちの登場シーンを中心に予告編を作りました。ちなみに当時は予告用カットの選別と演出は助監督のお仕事でした。今は割と、最初から予告編の編集会社に素材渡して組んでもらっちゃうのですが。

予告カットとはいえ、基本は本編のカットです。ですが、「せっかく先に1回撮るんだから」ということで、いろんな処理の本編前テストという『暗黙の了解』が予告編にはあります。

いまではPCでちょいちょいとテスト撮りができちゃったりするのですが、当時はセル画+フィルム撮影の時代です。素材準備して、撮って現像に出して、と、結構な手間。しかも、テレビシリーズの16mmフィルムではなく映画用は35mmフィルムを使うので、その現像料関係はドドーンと高く、ちょっと撮るだけでもスゴイ金額がかかっちゃうのでした。なので、予告編は、ある意味大手を振ってテスト撮影に使える、というワケなのです。

それでも、いくらテスト撮影の位置づけ、『暗黙の了解』があっても、劇場にかけてお客さんに見ていただくフィルムですから、できあがりはシッカリ当然完成画面です。本編用であることを前提として作って「だめならリテイク」っていうことです。だって、これで完璧OKならば、あらためて本編用に撮ることないですし。

でも、実際やってみると、「もうちょっとこうしたい」とか「ここはこう変えたい」とか各現場から出てくるモノです。で、結局、予告編カットのうち、光関係の処理の追加・変更を中心に、半分以上が「本編時再撮」になりました。そして、いくつか色指定も変更に。

「沙織さん、やっぱりちょっとフンイキ変えよっか?」と山内監督。TVで使っているのと同じ服でいる沙織さんのシーンを、少しいじってみたくなったようでした。かといって、メインのキャラの髪とか瞳の色を大きくいじるわけにはいかず、コスチュームももうかなりのカット、現行のメインキャラの設定で作画が進行しています。「じゃあさ……」というわけで、デザインはそのまま、服の色味をいじってみよう、ということになったのです。

というワケで、予告編ではTVシリーズと同じピンクだった沙織さんのスカートは、劇場本編ではブルーに変更になりました。ところがこれが、あとあと大きくキズとして残るのですが……。

さて、予告編も終わって、一気に本編突入です。今回のお話は、サンクチュアリに着いてからは昼から夜までの短い時間のお話です。なので、時間の経過を美術と「色」でしっかりやろう、ということになってました。昼→浅い夕方→日没→夜という流れをセルも背景に合わせてキッチリ色味を作っていこうということです。

以前書きましたが、TVシリーズの『星矢』では、昼夜あまり関係なく、たいていのシーンをノーマル色指定で通していたのです。それで前回の劇場版『神々の熱き戦い』で試してみた色変えを、もっともっと細かく、そして全編に渡ってやろう、ということになったのでした。

考え方の基本は、「その空間の光と影の色味は当然キャラにも同様に」です。太陽の光は背景の建物や地面、空間にあまねく降り注ぎます。その光の持つ色味で、その空間の色味が決まります。まぶしい真夏の光であったり、雲を通した柔らかい光であったり、西日であったり、朝日であったり。太陽でなくとも、星や月の光もそうですし、照明や稲光なんてのも同じです。あるいは日が沈んで光が届かなくなった空間や夜の闇や、光の届きにくい海の中すら、その空間の基本の光と影の色味はあるわけです。ですからそこに立つキャラクターにも、同じ光があたり、同じように影が生まれ、その空間の色味の影響を受けるのですね。

ですので、まずその必要な場での空間の明るさにキャラクターの明るさを合わせ、ついで空間の(背景の)色味を拾って、キャラクターの色味に足していきます。この時のさじ加減が重要です。明るさも色味も、背景のそれとまったくおんなじにしてしまうと、キャラクターが背景と同化してしまって、見せるべき芝居が見えなくなってしまいます。ホントにリアルに考えたら、特に星明かりの夜なんてセルと背景は同化しちゃった方が見た目正しいんでしょうが、それでは画面が成り立ちません。かといって、キャラクターが強すぎると、今度は芝居が空々しくしらけてしまったりするのです。

どの程度合わせてどの程度見せるのか。「キャラの存在と芝居を立たせる」その度合いは、作品の傾向に拠るのだと思いますが、この『聖闘士星矢 真紅の少年伝説』が、その「さじ加減」をどれくらいでよしとするのか、僕にとってある意味最初の作品になりました。

それは今も僕のテーマだったりしています。

いまではデジタル彩色という武器が味方してくれるので、その「さじ加減」はほぼ満足のいく塩梅をねらえるのですが、この当時はまだセル絵の具の時代です。しかも、絶望的に中間色や彩度の低い色を持たないSTAC色、東映色チャートの世界です。しかも、色数自体、圧倒的に少ないし。もう、とにかくどういう組み合わせで狙った通りの色味に見せるかを、毎日毎晩、何度も試し塗りをして探し続けたモノでした。

いまあらためて考えると、このころの方が想像力を豊かに働かせて色を作ってたなあ、そう思えるのでした。

■第32回へ続く

(07.10.09)