色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第113回新春番外編 『STRONG WORLD ONE PIECE FILM』おぼえがき(たぶん中編)

前回は「初雪降った!」という寒い東京でしたが、今週は「春かよ?」ってくらいに暖かい東京です。でもまあ、またすぐに寒波が戻ってきそうなので、一瞬の「春かよ?」って陽気なのでありますが。

そんな陽気に誘われて、久しぶりに中野の自宅から大泉の東映のスタジオまで自転車に乗りました。約10キロの道のりを約1時間というゆっくりペース。たぶん3ヶ月ぶりくらい。途中、絶賛工事中だった石神井公園の新しい駅舎も、もうずいぶんと完成しておりました。

久々に自転車で走って痛感したのが、ハイブリッド車は怖い! ということ。音がね、しないんですよ、ハイブリッド車。走行音が静かすぎ。僕ら自転車で車道を走っている時、後ろから自動車が迫ってくるのは普通エンジン音なんかで分かるでしょ? ところがこのハイブリッド車、モーター走行時ってスゲェ静かなのですね。「おまえは忍者かっ?」ってくらい静かで、ホントにすぐうしろに迫っても気がつかないくらい。おかげで2、3度ヒヤッとしました(汗)。

夜ならば、ヘッドライトの光があるのでハイブリッド車といえども接近は容易に分かるんだけども、特に怖いのは日中の住宅地の中とかの広めの道路です。接近してきてるのに気づかず走ってて、うっかりセンター寄りに膨らんじゃったりしたら…………とかね? ほんと怖いです。だから自転車走行中のiPodなんかもってのほか。

これってそろそろ問題になり始めてるようです。ハイブリッド車も自転車人口もどんどん増えてる今日この頃、自動車業界も国土交通省も警察も、早く対応策を講じてもらいたいですね。

さてさて。

今週も『STRONG WORLD ONE PIECE FILM』おぼえがき、続きです。

ひとまず予告編はなんとかクリア。ほぼ全カット、劇場本編で使用するカットを使って、なかなかいい感じの予告編になったのでした。が、その予告編、実はそのままでは本編では使えません。まだすべては「仮」でありました。

作画も美術もだいぶ修正が必要なものがありましたが、とりわけ「色」はまだ仮の色指定でありました。「仮の色指定」。確かにキャラクターの基本配色についての尾田先生からの「OK」は間に合って、その配色を元に予告編は彩色したのですが、それはあくまでも基本の基本。「予告編用の色」だったのです。

どんな作品でもそうなのですが、キャラクター(セル)と美術(背景画)とはバランスの調整作業が必要です。

たぶんどの色彩設計さんも同じだと思うのですが、最初にキャラクターの色味を作り始める時、まずは設計さんそれぞれの中に持っている「キャラクターの明るさの基本値」みたいなものに則ってキャラクターの色味を作っていきます。ひととおり作ったところで、でき上がったそのキャラクターを基本になる背景(美術ボード)の上に載せてみて、背景とセルとのバランスを見る(調整する)ワケです。

僕もまずは僕の中の基準で作っていっています。

人間キャラなら、だいたいにおいて白目か歯が身体で一番白っぽく、そして明るいですよね? なので僕の場合、まずは白目の明るさと肌の明るさのバランスを作って、それを基準に、太陽光の下、昼間のノーマルな色のボリューム感を想定して、全体に色を配置していきます。

最初に尾田さんに見せてダメ出しされた色も、尾田さんからのカラー原案を元に整理して再度尾田さんに見てもらった色も、基本はこの考え方です。

で、予告編。美術さんから上がってきた美術ボードと本番の背景を見て思わず唸りました。

「う◯む、すげえ! すごくいいんだけどもさ……」と僕。

実は僕が想定してたものより、だいぶ……っていうか、かなり、メリハリのハッキリした、密度も色あいも濃い背景美術だったのです。

「あ、これだと、キャラクターが負けてしまう(汗)」

そうなのです。背景にそのままキャラを載せた時、キャラクターの持つ発色のボリュームが背景のボリュームに負けてしまって、キャラクターがまるで目立たなくなってしまってたのです。総作監の佐藤さんの描くキャラクターが細くこまやかな線だったこともあって、なおさら背景に埋没しがちなバランスになってしまったのでした。

例えばもしこれがTV作品だったら、やはりキャラクターが中心になっていきますから、申し訳ないですがキャラクター基準で美術の方を少し抑えめに調整してもらったり、ということもあったりするんですが、これはなんと言っても劇場用作品。あの大きなスクリーンに映し出して見栄えのするための画面密度ということで、この背景美術なのですから、色味に関して監督からのリテイクが出ることはあっても、ボリューム感をここからスケールダウンさせるようなことはあり得ません。となれば、セルデータの色味の方で、なんとか負けないところまでボリュームを上げなくてはなりません。

そこで急遽、予告編の彩色上がりカットすべてに、撮影に入れる前に一様にレベルの補正を施しました。おかげである程度のバランスは取れたのですが、時間のないところでの応急処置です。僕としてはまだまだもの足りない出来でした。止まってる絵では一見大丈夫そうに見えても、そこはやはりアニメーション、キャラクターが動くとどうにもちょっと弱く見えました。予告編としてはとりあえずそのバランスでよしとしても、本編用にはもう少し手を加えたい。

なので、改めて本編用に、背景に対してのキャラクターのバランス調整を施しまして、基準となる「ノーマル」の色指定を作り直しました。

何もない真っ白な背景の上に並べて作ったキャラクターの色味バランスそのままを、密度の高い背景の上に置いても同じに見えるように、色自体の強さを調整していきます。キャラクター間のバランスを崩さないように、色味を濃く調整したり、彩度のレベルを上げていくのです。

ここで肝心なのは、これをやり過ぎちゃうとキャラクターばかりが主張しすぎる画面になってしまうし、弱ければ存在感が薄れてしまう。背景に対してキャラクターの存在感は厳然としてある。でもきちんと調和が取れてないと映画の画面としては成り立ちません。

さらに、予告編を作ってみての検証で、コスチュームのパーツの塗り分けもいくつか微調整。当初細かく色分け、塗り分けを施してみたものの、あまり画面映えがしなかったり、後々にリテイクの温床になりそうな部分を、オリジナルの印象とは大きく変わらないように整理・修正していきました。

それともうひとつ。劇場用の宣伝ポスターは、決定稿にした色見本セットを元に尾田さんが描かれて彩色されたものなのですが、これがまた微妙にパーツの塗り分けが違っちゃってたのです。で、これもポスターに合わせて微修正(苦笑)。

この時にもうひとつ、大きな修正が。それはロビンの瞳の色でした。

監督と助監陣から「TVでは青いので」という指摘で、一旦は青い瞳のロビンに修正してみたのですが、これが僕にはどうにもずっと違和感があったのです。そうしたらこのポスター、やはり尾田さんは茶色の瞳で仕上げてるのです! そこであらためてスタッフルーム入り口に張り出されたポスターの色校刷りの前で境監督を猛然と説得。かくしてカラーイラストどおりの薄い茶色の瞳に戻させてもらったのでした。

こうしてでき上がった「基本」いわゆる「ノーマル」な色指定を元に、今度はそれぞれのシーンの色味、シーン毎の色彩設計に入ってゆくわけなのです。

■第114回へ続く

(10.01.20)