色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第24回 昔々……(19) 『聖闘士星矢』その6 劇場版『聖闘士星矢 神々の熱き戦い』、そして山内さんとの話

高校野球の季節です。先日、インターネットで西東京大会の試合結果などつらつらと眺めていたら、あれ? 試合結果の中に僕の母校・都立富士高校の名前が。慌てて戦績を調べたら、なんと2回戦3回戦と勝ち上がりベスト16。さらに勝って、ビックリ! ベスト8ですよ!

実は僕の在学中の都立富士高は、校庭が狭かったなどの理由もあって、軟式野球部しかなかったのですよ。それが2000年に硬式野球部になってたのですね。

そして準々決勝。先週の金曜日、神宮球場で行われました。さあ、勝てばベスト4、さらに勝てば甲子園です。僕は諸々の予定ねじ曲げて(笑)、東京ローカルのMXテレビの中継を見つつ自宅で応援です。

なんかね、不思議な感覚ですね。この歳になって母校の応援するなんて。在学中も卒業してからも、僕は母校の応援なんてしたことなかったのです。いやあ、実際母校がそんなに強いとは間違っても思ってないけど、それでも「もしや……」「ひょっとして……」という思いが。いやが上にも盛り上がってきちゃいます(笑)。しかも相手は、富士高のご近所、佼成学園じゃないですか。地下鉄丸ノ内線方南町支線対決です!(富士高は中野富士見町駅、佼成学園は方南町駅) ううむ、これは負けられません!(笑)

で、結果。

残念ながら2‐7で負けてしまいました。でもね、凄くいい試合でしたよ! 最後まであきらめず、8回9回に点を返してる姿に感動です。ホント、よく頑張ったよ! 心から母校野球部に拍手です。

さてさて。

劇場版『聖闘士星矢 神々の熱き戦い』。監督:山内重保、脚本:小山高男、作画監督:荒木伸吾、美術監督:窪田忠雄。待ちに待った劇場版『星矢』への参加です。

これは『星矢』の劇場版第2作目。前回も書きましたが、1作目には僕は参加させてもらえなかったのです。しかも、待望の山内監督の『星矢』。「これは絶対僕がやるんだ!」と、決死の覚悟で課長に直訴しにいったのでした。ま、課長的には僕の直訴がなくっても、僕に決まってたみたいですが(笑)。

監督の山内さん。山内さんとの出会いは合作作品のとあるパイロットフィルムでした。タイトルは『SPACE RADERS』。宇宙のどこかのやたら強風の吹きまくってる惑星で、イイ者とワル者が戦闘機みたいなメカに乗って戦う……みたいな内容でした。尺は数分程度(?)。その演出が山内さんでした。

で、その風が吹きまくってる、という「絶えず動いてる空気の流れ」を作画で描写しようということになったのです。画面奥に2種類くらい、そして画面手前にも「空気の流れ」をセル描きで動かすコトにしました。

アメリカから送られて来た絵コンテ以上に動かしまくった画面は、当然その「空気の流れ」も入り組んで複雑になっていきます。僕としても、1色の「空気の流れ」じゃ奥行きとか画面の変化、おもしろみが足りないなと思い、山内さんに相談して、描き込みになってる複数の「空気の流れ」を全部バラして違う色の別セル指定にさせてもらって、それを撮影時に半透明にダブらしにする、ということにしたのです。

当然、仕上げはなかなか大変な仕事になっちゃいましたが、ねらい通り、画面はなかなかいい感じに仕上がったのです。「辻田君、なかなかやりますね」。そう言ってもらえて、もの凄く充実感があったことを憶えてます。

そしてあの「26話」。そのあとの何本かのTVの『星矢』。山内さんとはいろんな画面を作るコトを試しながらやってきました。しっかりしたレイアウトと作画、そして撮影の手法を駆使して画面を作っていく山内さんとの作業は、いつも意外性があって刺激的で楽しい仕事です。で、今度は劇場用作品です。さらにいろんなコトができそうでワクワクしていました。

ちなみに『SPACE RADERS』の方は、残念ながらパイロットを作っただけで、そのあとの展開は何もなかったようです(苦笑)。

で、劇場版『聖闘士星矢 神々の熱き戦い』です。

舞台は北欧の神の国アスガルド。何かの異変が起きつつあると知らせに、アスガルドに乗り込んだ沙織と星矢、紫龍、瞬。一足先に乗り込んでそのまま消息を絶った氷河の安否を尋ねるも、アスガルドの教主ドルバルや神闘士ロキたちは「知らぬ」と否定する。が、その攻撃的なオーラに何ごとか企みを感じとる星矢たち。その夜、ひとりドルバルに謁見した沙織は、その魔手にかかり囚われの身になってしまう。沙織を救うため、聖闘士と神闘士の死闘が始まるのだった……と、いうお話。

制作スケジュールは当時もそんなにはよくなかったハズなんですが、この作品は実にキッチリできてて、僕的オールタイム・ベストテンに入ってる1本です。編集・アフレコ時に色つきが間に合わなかったのは……ラストの崩壊シーンの数カットのみ動撮。そしてほぼすべて国内動画だったように記憶してます。

作画もいいですが、なんといっても美術です。1カット1カットが「これが劇場版」という感じで迫ってきます。特にヴァルハラ宮の背景がすごい。奥の空間の北欧を感じさせる重い空の手前にそそり立つ、切り立った崖の上の宮殿の荘厳さ。撮出し部屋の棚に並べられた背景を手にして、密かにニヤニヤしつつため息ついてました(笑)。

本編中、色指定的にいろんなコトを試してみました。まずは「影の中の影」。キャラクターが別のキャラクターの影の中に入るという芝居(ドルバルの影の中のフレイや沙織のカット)で、たいていの場合、キャラの上にBL影をダブらして表現するのですが、この時は影の色味で危機感とか不安感が作れないか? ということを考えて、BL影ダブらしにせず、作画で影を合成し、その部分の色味を考えて作り込み、彩色で塗り込みにしてみました。

それと、これは仕上げではなく演出の領分ですが、それに続くシーンでは、ドルバルの「ワザ」として、異空間に相手を吸い込んで取り込んでしまう、ということの表現として、撮影で複数枚の背景のはめ込み、はめ換えをやってます。作画で波状に送るマスクを作り、同じ原図から3〜4パターン、配色の違う背景を描いてもらって、それを撮影ではめ込んでいく、という方法を使ってます。こういう手法は、山内さんのお得意の手法です。地面がえぐれる描写も2種類背景を描いてもらってはめ込みにしてます。

次に試してみたのは「夜色」。それまで『星矢』では、夜のシーンも特に色味を変えずノーマルの色指定で彩色していたのですが、夜の広い平原を星矢と紫龍が走るシーンだけ「夜色」を作ってみたのです。ただ単に一段暗い色にするのではなく、背景の空間の色味を加えてくすませていく、というフンイキです。

実はこの時、TVシリーズの方でお世話になってたライフワークさんで少し仕上げをお手伝いいただけることになり、そこで「夜色」シーンをまとめてお願いしたのです。もちろん「夜色」の色指定は太陽色彩の絵の具使って作りました。こういう方向性の色変えには、やっぱり太陽色彩が合ってるんですね。

加えて数カット、朝夜明け前のヴァルハラ宮を走る星矢も、薄明の色変えを作ってライフワークさんに彩色をお願いしたと思います。

で、まあ、いま見返してみると、「夜色」の色味はそれほど上手くいってないのですが(苦笑)、この時の色味の考え方が後の『聖闘士星矢 真紅の少年伝説』へとつながっていくのです。

この「夜色」以外は、各シーン、イメージシーン以外は基本はノーマル色指定による彩色です。「キャラ立ち」ということを考えて、「戦闘のシーンで戦ってるキャラはいままで通り基本ノーマルにしよう」という方針があってのことです。

でも、昨今のデジタル彩色と違って、暗い夜にノーマルのセルでも、セル+背景をカメラで撮ってフィルムにすると、それだけで不思議といい感じに馴染むのですよ。

ノーマル彩色が多い分、戦いの最中や「ワザ」のシーンなど、光を扱うシーンでは必ず細かくハイコンやイメージ彩色のセルを作って撮影でフェード・イン、フェード・アウトさせました。間を作るときはゆっくりと、テンポを上げていくときは短く素早く。この「光」芝居は、今も『星矢』の基本です。

1988年3月。この劇場版『聖闘士星矢 神々の熱き戦い』は、春の「東映まんがまつり」の1本として封切られました。そのスタッフ初号の打ち上げの席で手渡されたのは、『聖闘士星矢 真紅の少年伝説』の決定稿のシナリオでした。

■第25回へ続く

(07.07.31)