色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第18回 昔々……(13)『JEM』と「茶カーボン」

この10日間、休暇を取ってました。どこかへ旅行するわけでもなく、東京で普通に日常生活を送って、家の中と身の回りの片づけと、故障してた家電の修理とか。

そして昨日は自宅のビデオテープの処分。VHSのテープと、なんと8ミリビデオですよ!

8ミリビデオが出始めた頃、画質もそこそこよく、もうねなんといっても場所を取らない8ミリビデオのテープの小ささに惚れ込んで、一気に「8ミリビデオ派」となって録りまくってたのですね。なので、自宅と実家の両方に、これまた夥しい量のビデオテープがあるのです。ですが、結局は8ミリビデオも遠く過去のものに……。ああ、β(ベータ)とおんなじ末路を歩んでしまいましたよ、SONYさん(苦笑)。

で、とりあえず自宅分をまとめて処分したのですが、やっぱりそのほとんどは、テレビで放送した映画、ドラマ、そしてアニメたち。今では映画もアニメも、観たくなったらTSUTAYAとかのDVDレンタルが充実してるので、古いものもそんなに残しておく必要がないのです。……っていうか、自宅の8ミリビデオのビデオデッキ自体がもう寿命なのでね(泣)。

それでもいろいろ掘り出し物も発掘。「電波少年」のスペシャル番組とか、深夜に放送されたホイチョイプロダクション制作のドラマ「上品ドライバー」とか(笑)。これらも順次、HDD-DVDレコーダーにダビングですね(笑)。

さてさて。

『ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大戦争』『世紀末救世主伝説 北斗の拳』と、国内向け劇場作品の仕事が続いたのですが、1986年の僕の仕事はまだまだ合作中心でした。

この年に僕が担当させてもらったのは『TRANSFORMERS』『MUPPET BABIES』『GLO friends』(いずれも各話の色指定と検査)、数々の合作作品のCM、PILOTフィルム、そして『JEM』。

この作品は、「ジェム」「シャナ」「キンバー」「アジャ」という名前の4人の女の子(って言っても20歳くらいかな?)がやってるBANDが主人公。世界中を公演して回ってて、「ピザース」率いるライバルのBANDにいろんな妨害とかされて窮地に立たされたりするんだけど、毎回なんとか切り抜けちゃう、みたいな(笑)。

で、この作品の担当を任されたのです。

ま、最終的には、4話以降の色関係は外注プロダクションにそっくり渡しちゃうことになるんですが、この立ち上げの最初の3本がまた大変。女の子BANDのお話ですから、衣装替えはもちろん各話に2〜3回。当然目の周りにはアイライン、アイシャドウがビシバシ入ります。当然すべて色トレス。そして何より大変だったのは、この作品、「茶カーボン」作品だったのです。

当時、セルに動画を転写するのに「トレースマシン」というのを使ってました。仕組みは「プリントごっこ」とほぼ同じ。紙に描かれた線画(動画)をセルに特殊カーボン紙でセルの裏側から熱転写するのです。で、このカーボンが実はくせ者だったのです。

通常のアニメ作品は「黒」のカーボンを使用して制作していました。ですが作品の内容・性質に合わせて、黒以外の色のカーボン紙を使用する場合がありました。マシンの原理的には、使うカーボンの色が違えば転写される主線の色も違うわけです。「赤」「白」「青」「緑」など、何種類かいわゆる「色カーボン」というものがありまして、その中の1色が「茶」だったのです。やわらかい色調の作品や、女性的なキャラクターの輪郭線主線をやわらかく見せるのには、この「茶カーボン」はとても効果的でした。なので、まさに『JEM』にはうってつけ。ですが、この「茶カーボン」には大きな問題があったのです。

トレスマシーンで転写をする際、転写されるのは主線だけなのですが、当然転写されない部分もカーボン紙が覆った状態で加熱されます。その結果、線のない部分にもうっすらとカーボン紙の油分がついてしまうのです。実はこれが大問題。水性のセル用絵の具は水性絵の具なので、まさに水と油。見事に絵の具がはじかれてしまうのです。

これは当時、トレースマシンと専用カーボン紙を一手に扱っていた城西デュプロさんの営業の方に聞いた話なんですが、通常の「黒カーボン」に対して「色カーボン」はその色味が薄いため、製造技術的に難しく、どうしても「黒カーボン」のように転写したときのスッキリとしたシャープさが出にくく、さらには油分の付着も多くなってしまう、とのことでした。

ちなみに、その「製造技術的難しさ」の分、単価も黒カーボンよりも数円高く、1枚25〜26円くらいだったと思います。

そんな風に単価が高いクセして製品の精度にムラが多く、いいときは「黒カーボン」並に油分はほとんどつかないのですが、そんなのは実は稀で、酷いときはとことんひどい(爆)、という有様。そしてこの『JEM』の立ち上げ時期は、まさにその「ダメな時期」に直撃だったのでした(苦笑)。

よって仕上げ作業的には大変だったのです。「茶カーボン」自体はすでに『MUPPET BABIES』や『GLO friends』で使っていたのですが、これらの絵柄はあまり影もつかずコロコロしたキャラだったので、まあなんとか対応できていたのですが、この『JEM』は影つき作品の上、顔のメイクやら衣装やら楽器やら、とにかく細かな塗り分けが多かったのです。しかも色トレス。実線での塗り分けならばそのカーボンの線にひっかけるように絵の具を置いていけばなんとかなるのですが、色トレスの場合、塗る面には引っかかりがなく、ただただ絵の具がはじかれるワケです。

さらに、「黒カーボン」に比べて動画がきれいに転写されにくいために、転写された線が薄かったり途切れたりしてしまい、彩色の前に入念にトレス補正をしなければならないことも多かったのです。そのため、よりシッカリめに転写できるように加熱時間がちょっと長めになるよう、トレースマシンを操作するのですが、ちょっと強くなりすぎると線のない部分に「焼きつき」が起きてしまい、うっすらとカーボン汚れができてしまったのです。それに気づかずに絵の具を塗ってしまって汚れを塗り込んでしまい、結果NG。多少の汚れなら、濃いめの色の絵の具のときはそんなに目立たなくて助かったのですが、この『JEM』、やたらと明るく薄い色が多く、髪や衣装に予定外の茶のグラデーションがかかってしまい、リテイクになってしまうのです。

対応策としては、彩色前にアルコールかなにか弱めの薬品で1枚1枚拭く、というもの(苦笑)。ううむ。

そういえばこの前ちょっと触れた劇場版『TRANSFORMERS』で、女性ロボットってのが出てたんですが、このキャラだけは「茶カーボン」処理で、普通のロボット(「黒カーボン」使用)と描き込みになってる動画では、それぞれのカーボンでトレースマシンの設定が違うので、一度に転写できず、なかなか大変だったですね。

さらに余談ですが、後に僕が『劇場版セーラームーンS』という作品やった時、登場した雪の女王と雪の精(?)に「青」と「白」のカーボンを使用しました。ところがこの色、主線が透けちゃって、塗った絵の具に負けて、線が見えなくなっちゃうのです。そのため実際に彩色したセルの上に、色カーボンでトレースした線だけのセルをもう1枚重ねて撮影したのでした。

こんな事情もあって、当時は主線の色を変えるのは結構リスクの大きなことだったのです。デジタル彩色となった今では、主線の色味をいろいろ変えて作品を作るのは普通のことになっちゃいましたがね(笑)。この『JEM』なんか、まさに今の技術で作り直したらおもしろいものになるんじゃないかな、と思います。

さて、そんな「合作」の日々の中、新たな作品を任されることになりました。国内向け作品、しかもTVシリーズ! 土曜夜7時のゴールデンタイムの放映! 手渡されたキャラ表と絵コンテの表紙には大きく『聖闘士星矢』というタイトルが書かれていたのでした。

■第19回へ続く

(07.06.12)