色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第123回 昔々…71 1994年その5 ズンズンジャカジャカッ!

東京は初夏であります。連日爽やかな空気の晴天が続き、ビールが美味いです(笑)。

毎年この時期この季節から夏の間まで、僕は早朝5時くらいから活動しちゃってます。あ、徹夜明けではないですよ、4時とか5時に起き出しての生活。そう、正しい「朝型」生活の人になっております。
この早朝の時間帯って静かだし、空気は気持ちいいし、頭もスッキリしてるので、思考も作業もなにやっても効率よくスパスパと進む魔法の時間帯です。これはね、素晴らしいです。このくらいの時間から起きてると、夜ふかししなくても1日ってスゲェ長く使えますよ。
TVシリーズ中心の生活は、例えば水曜日は編集、月曜日はアフレコとダビング、そして木曜はV編〜納品、という具合に、毎週曜日ごとに決まったサイクルで進みます。なので、そんな「曜日ベース」の毎日と、この「朝型」の組み合わせは最強。非常によくマッチするんでありますね。
でもまあ、どうしてもギリギリの話数の納品前夜はそうも言っていられなくて、「朝型」ならぬ「朝方まで」の作業とかになっちゃうんで困りものですが。
と、まあ、そんな風に頑張ってます『四畳半神話大系』、先週は第4話「弟子求ム」の放送でありました。そして今週は第5話「ソフトボールサークル『ほんわか』」の放送。
すでに現場は後半戦の佳境。ラストへ向けて、そしてDVD特典へと走っております。
おかげさまで、視聴率もジンワリと上昇中! 今週もヨロシク! 乞うご期待です!!

さてさて。
「ズンズンジャッ! ズンズンジャカジャンッ! ズンズンジャカジャカッ!」けたたましく賑やかな音楽がラジオから溢れまくっています。ここはEEI-TOEIスタジオの第2スタジオ、トレースの部屋であります。
EEI-TOEIスタジオはケソン市のウェスト・アヴェニューという通り沿いにありました。このあたりは割とのんびりとした感じの住宅地で、ウェスト・アヴェニュー自体の交通量はそこそこあるんですが、通り沿いは商店やレストラン、ガソリンスタンドなんかが点在してました。この界隈、米軍の旧住宅地とかもあります。
ちなみにこのウェスト・アヴェニューの北の突き当たりに巨大ショッピングマーケットがありました。これが「シューマート」。巨大な建物に巨大駐車場。シネコンもあり、地下には巨大フードコートもありの巨大商業施設。
スタジオは第1と第2のふたつに分かれておりました。同じ通り沿いに100メートルほど離れてて、もうね、かなり記憶が怪しいんですが、確か第2スタジオの方が大きくて仕上げメインのスタジオだったと思います。作画(動画)、背景が確か第1スタジオ。ん? 常駐の日本人スタッフルームはどっちにあったんだっけ? 確かこれも第2だったような。その常駐スタッフであった祖谷さんと立仙さんに案内されて、スタジオを見学です。
当時のEEI-TOEIスタジオでの仕事の流れは、前日の昼に東京・練馬の大泉スタジオで集荷された荷物(原画や動画)が、毎日夕方にマニラのスタジオに到着します。それをEEI-TOEIの制作スタッフが仕分け。原画は動画スタッフへ、動画上がりは仕上げへ。背景の作業ももうすでにマニラではやってましたから、背景行きの荷物も背景班へと運ばれます。それらをあらかじめ東京からFAXされてきてるインヴォイスと照らし合わせ、スケジュールの状況に合わせて優先度のコントロールをしていきます。
このように、通常便で送る荷物だと翌日到着になってしまうため、今回の僕のように東京からの出張者は半日でマニラに到着するわけですから「これ幸い」と大量の荷物を手持ちで運ばされるわけなのですね。

さて、動画上がりはまずカット袋に詰められます。このカット袋、仕様は東映動画仕様のものなのですが、製品自体はマニラ製。こちらの地元の会社に作らせたモノを使ってます。特殊な専門器具、専用機材以外はすべて地元フィリピン製です。たしかそういう法律があったのかな? コスト的にもその方が断然いいわけです。
そして一旦「検査」でざっと色指定が入ってることを確認した上で「マシントレース」に廻します。
機材は日本から持ち込んだ城西デュプロ製のトレースマシーン。これでセルに動画をカーボン転写していきます。実はこのトレスマシーンはよく不調をきたすのです。東京で僕らが普通に使っていても、ガラス管の掃除やランプの交換など定期的にメンテナンスが必要です。それを高温多湿のマニラでガンガン使い込んでいくわけですから、やはり不調、故障はよくあったようで、定期的にメーカーの方がメンテナンスにマニラのスタジオへ出張されておりました。ちなみに「生セル」は日本製。彩色用の絵の具などと一緒に東京から船便でまとめて送られてきています。
「マシーントレス」が済んだら次は「トレース」です。マシンの線の補正や影ハイライトなどの色トレス作業。で、この「ズンズンジャッ! ズンズンジャカジャンッ! ズンズンジャカジャカッ!」の部屋がトレース班の部屋だったのでありました。
この喧しい部屋には10名ほどのスタッフが作業中。そのほとんどが男性です。このラジオが鳴り響く中、とにかく楽しそうに作業をしている姿が印象的でありました。ガンガンおしゃべりしながらトレースする人、黙々と自分の世界で静かにトレースしてる人。日本のスタジオでもラジオくらいはかけて作業してるけど、ここまでスゴイ音量はないよなあ。なんとも軽いカルチャー・ショック。
そして次は「彩色」です。換装棚つきの彩色机がずら〜っと並んでる光景は、ここマニラでもおんなじです。机は当然マニラで作ったもの。トレースほどじゃないけれど、ここでもそこそこ大きな音量でラジオから音楽が流れる中で、みんな作業してました。ここでも男性スタッフが多いです。日本国内のスタジオだと、仕上げってどうしても女性スタッフが中心なんだけど、ここでは男性がワシワシ塗ってました。
「彩色」は「昼班」と「夜班」の昼夜2交代制で24時間フル操業。人数はどれくらいいたんだろう? それでも昼班だけでも20人以上はいたと思います。昼班と夜班は固定メンバーではなくて、ローテーションでシフト替え。とにかく24時間稼働してるのでドンドン塗り上がっていくわけです。ちなみにトレースや検査は夜勤担当が毎日誰かはいますが、フル2交代制ではありませんでした。
原則、昼班で作業したカットは昼班で終わらせて検査に回す、というシステム。なので作業効率上、カットによっては複数のスタッフで分けての作業になることが多いです。枚数の少ないカットは1人で塗りますが、40枚、50枚と多いモノは、何人かで分けて着手することによって確実に短時間で塗り上がるようにシステム化されています。
彩色の最大のネックは「乾き待ち」。塗った絵の具がちゃんと乾くまで、どうしてもある程度の時間がかかります。確実に短時間で完成させていくためには、みんなで一気に塗る、という方法がベターであるのですね。
塗り上がったら「検査」。
あ、その前にブラシやタッチの指示のあるカットは「特殊効果」に廻されて作業です。
「検査」では彩色上がりをチェックしていくわけですが、チェックの済んだカットは毎日昼過ぎに東京に向けてパッキングされて発送となります。彩色夜班の塗り上がりが朝イチで積まれているわけですから、午前中はかなり忙しいです。
「検査」のスタッフは約10名。彩色スタッフの中から厳選、抜擢されたメンバーで構成されてました。さすがにここは女性が中心。メンバーそれぞれ担当してる作品が決まってて、不明な色指定箇所の東京への問い合わせや、こちらでのトレースや彩色からの質問やいくつものカットにまたがる処理や塗り方のすり合わせなども、みんな彼女たちがやってくれてました。
トレース、彩色のことがちゃんと分かってないと仕上検査はできません。なので彩色スタッフから優秀なスタッフの抜擢なのです。マニラでスタジオを立ち上げるのに際して、そのあたりの技術的システム的なところは、まず最初にちゃんと考えて構成したのでした。さすがに劇場作品とかは東京であらためて検査してるのですが、いくつものTVの制作ラインを抱える東映動画としては、マニラのスタジオから塗り上がってきたセルがそのまま撮影できるようなレベルになってないと意味がないワケです。
そうして発送された荷物が翌日午後、大泉に届けられる、というわけでありました。

「ハ〜イ、ツジタサ〜ン、○△▼×◇●■!」
フィリピン人のスタッフは、みんなあり得ないくらい陽気で、笑顔で言葉をかけてくれます。が、わからん!(苦笑) 英語なら何とかなるんだけど、フィリピンの現地語のタガログ語はもういかんともしがたく、とりあえず僕は精一杯の引きつり笑顔で応えるのみ(苦笑)。
部屋は当然エアコンが入ってるんですが、とはいえ、東京のエアコンのサラッとした空気とは違い、寒いくらい涼しいんだけど、でもどことなくジンワリと湿度があるような空気感です。外はいきなり30度越え、でも室内はエアコンで冷やしまくり。僕にはこれが結構堪えましたが、こっちのみんなはなんか平気な顔でいます。やはり身体のつくりが違うんですな。
不思議とトレース班と彩色班は、かなりラフな服装が多かったですね。Tシャツに短パンやら、タンクトップにジーンズやら、中には上半身裸で短パン姿なんてヤツも。そんな彼ら、みんな手には白い手袋はめて作業です。ちょっと浅黒いフィリピン人の肌にこの白い手袋、ちょっと印象的でありました。
人それぞれではあるんだけど、みんな一様に楽しそう。こんな楽しそうにトレースや彩色や検査してるのなんて、日本じゃ見たことなかったです。

と、まあ、ひととおり仕上げ部門を見て回ってきたわけなんですが、やはりいろいろ改善していかなくてはならない問題点が随所に見られました。というわけで、今度は僕がその問題について、スタッフみんなに話していかなくてならないのです。

第124回へつづく

(10.05.18)