色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第110回 昔々……(66) 劇場版『セーラームーンR』ムーン・リヴェンジのヒミツ

今日(12月22日)は今年の冬至であります。地球温暖化+αで年々暖かくなってると言われる東京も、ここ数日は「冬だぜっ!」っていう感じの冷え具合。夜中〜朝方の冷え込みはそれなりになかなか手強くなってまいりました。

そんな今年も残すところもうあと10日を切りました今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

先週末、僕もようやく劇場に脚を運ぶことができました、『Strong World ONEPIECE FILM』です。僕自身は完成までに、もうイヤってくらい観てる本編ですが、観に行きたがってる奥さんをひとりで映画館に行かせるのもナンだし、僕自身、最終の0号試写の際にラボにお願いしてたプリント時の色味の補正の具合を確認しておきたかったし。それよりなにより、たくさんのお客さんの中で、お客さんの反応とかを感じながら観てみたかったのでありました。

で、土曜日の夜、東京・銀座の丸の内東映へ。東映本社の真下ですね。ところでいつも思うんですが、なんでこの劇場「丸の内東映」なんですかね? 銀座なのに。

さすがに先週の公開初日のような狂乱ぶりはなりを潜めましたが、おかげさまで1週間経っても相変わらずの盛況ぶりでありました。先週末時点で丸の内東映ではまだコミック「巻零」も現物配布でしたし、各所で売り切れになってるというパンフレットも、ちゃんと販売されておりました。さすがは本社お膝元! で、僕も思わず1冊、勢いで買っちゃいました(笑)。

その劇場パンフレット、かなりの分量の色見本が使われててかなり豪華なんでありますが、そのほとんどは僕が色の決め込み時に自分で彩色した色見本たちであります。

いやあ、自分が塗った物があからさまに載ってると、嬉しい反面、なんかどこかからかヘンな汗が出てくるような感じです(笑)。恥ずかしいのかなあ? あ〜、なんかちょっとそうではないなあ。まあ、実は塗り間違いの色見本データとかも載ってたりするので、それはそれで恥ずかしいですが(苦笑)。

長年こういう仕事をやってきましたから、そういうことには慣れてるハズなんですけど、それでも今回は飛び抜けて各方面への「露出」が多いため、あまりにもいろんなところで遭遇しちゃうのもあって、余計に不思議な感じになっちゃうのかもしれませんね。

そんな『Strong World ONEPIECE FILM』、年明けてもまだやっていますので、年内に観に行けなかった人は、お正月にGO! です。

さてさて。

超飛び飛びになっちゃって申し訳ない、劇場版『美少女戦士セーラームーンR』のお話です。皆さんもそろそろお気づきかと思いますが、実はあんまり筆が進みません(爆)。というのも、正直に書きますが、劇場版『セーラームーンR』の制作時の記憶、実はかなり曖昧なのです。

たぶん制作当時、あまりに短期のスケジュールで駆け抜けちゃったからかな? なんか記憶が定着する前に過ぎちゃった、というか。う〜む。とにかくスケジュールがなかったのですね。先述のスタッフルームの話など、始まって最初の頃のコトはかなり細かく記憶に残ってるんですが、いざ僕のところに作業がまわってきはじめてから完成までの約1ヶ月は、もはや怒濤のごときありさまだったのです。なので超曖昧なのです。

当時は当然まだアナログ時代。セルに絵の具で塗って仕上げてフィルムで撮影しておりました。原画が僕の手元にまわってくる→原画に色指定→動画&彩色作業→5日後くらいでセルが塗り上がり→セル検査・撮影→ラッシュチェック。毎日がこの繰り返しでありました。そんな1ヶ月。そんな流れの中で、そこそこいい感じにでき上がっていったのは、たぶん、時間のない中でもちゃんと決め込み作業をやって監督のチェックを受ける、という段取りやってたんだと思うのです、が、なんか記憶がない!

まあ、ほとんどのシーンがいわゆる「ノーマル」色でいけちゃったのですが……ああ、そういえば、いくつかのポイントになるシーン、屋上の夕景とか、回想イメージの病院の病室とか、くらいしかちゃんと色味チェックやらなかったかもです(汗)。

デジタル彩色な今でなら、例えばちゃんと色指定が決め込みできていないカットでも、とりあえず作画と仕上げにまわして、彩色は「ノーマル」かあるいは「ダミー色彩色」で進めてもらっておく。そうしておいて塗り上がってきてから背景に載せて色を決め込みして、デジタル彩色のデータを塗り替えて撮影へ、なんていうことも可能なんですが(っていうか、非常に日常的にそんな感じで作ってますね)、セル仕上げの当時、当然そんな塗り直すなんてことは不可能。

そして、つくづく「『色指定』は瞬発力」ってコトになっていく。シーンごとのある程度の決め込みはやって、あとは「直感的」にその場その場で原画に色指定していってたんでしょう。で、まさに「『色指定』は瞬発力」。これは僕の持論だったりします。

原画でも動画でも、色指定用にカットがまわってきたら対峙して真剣勝負。すごい素晴らしい作画がまわってきたら鳥肌モノで「よおし!」と闘うし、ダメ作画がまわってきたら、その原画に向かって(原画マンじゃないよ、原画自体に)ひととおり悪態ついてから、作画リテイクで演出助手に戻すか、とりあえずそのまま進めて色がついてからなんとかするか、これも色指定で判断です。そういうことも短時間で対応しつつ、塗り上がりをイメージしきって色指定です。

だからやめられないんですな、色指定。設計だけだと物足りない(笑)。……あ〜、ちょいと脱線(苦笑)。

そんなこんなで、素晴らしい作画たちと闘った1ヶ月であったのは間違いありませんでした。

物語のクライマックス、銀水晶のシーンの色味の話。見ていただいてる方は記憶してるかもですが、名曲「ムーン・リヴェンジ」が流れて、セーラームーンが白いドレス姿になって、みんなの回想イメージが重なっていって、みんなの力も合わさって、銀水晶が最大パワーになっていくシーン。このシーン、実は幾原監督と意見が割れちゃったのです。

光の中のセーラームーンたちを、僕はそれまでのシーンより一段進めた「ノーマル系」のより強いハイコントラストな色味に仕上げたのですが、実は監督のイメージは違っていて、そのシーン、キャラクター全体がもっとピンクの光に染まった、いわゆる「ピンクトーン」な強いハイコントラストにしたかったようなのです。で、ラッシュが上がってからだったか、撮出し(撮影に渡す前に背景とセルとを合わせて撮影指示を入れる作業)の時だったか、もめた、っていうか、「これ、少し思ってたのと違うんだよ」と幾原監督。

実は僕はこのシーン、幾原監督の意図も分らないではなかったんですが、僕としては、ピンクの光の中でピンクトーンのセル色にしちゃうとキャラが光の色とそろい過ぎちゃって上手く表情を活かせないんじゃないか、と危惧してたのです。で、あえて、ピンクに色味を振らずに「ノーマル系」の強いコントラストの色味に仕上げていたのです。

しばらく幾原監督、唸りながら考え込んでいましたが、ひとまずそのまま僕の作ったセルの色味で撮ってもらうことになりました。「撮ってみてやっぱり『違うな』って思ったらリテイクね?」と幾原監督。確かに時間は残り少なかったし、正直撮影も処理の重いシーンであります。実はリテイク撮り直しは、よっぽどのリテイクがない限りやりたくはないところ。そういいながらも、ひょっとしたら監督はどう転んでも僕が出したこの色味でいく、とその時に決断してくれてたのかもしれません。

後日ラッシュ上がりを観て、結局リテイクにせず、そのまま僕の案でクライマックスを通させてもらったのでありました。

そんなこんなで、劇場版『美少女戦士セーラームーンR』、なんとか公開2週間前に完成させることができました。が、しかし、怒濤のスケジュールの「ツケ」は画面の至るところに「ほころび」となって残ってしまいました。で、幾原監督、スタッフ初号のあとの打ち上げパーティの席で泊社長(現・相談役)に「この劇場、絶対ヒットするから、レーザーディスク&ビデオ版用に追加でリテイクを直させてくれ!」と直談判。公開版はもう仕方がない、でもあとあとまで残っていくLD&ビデオ版はなんとかしたい、とそう思っていたのでありました。で、まあなんと、泊社長の「OK!」を取りつけてしまいました(苦笑)。

で、まあ、当然のことながら、製作部と一悶着はあるのですが(苦笑)、斯くして劇場公開版の超残念だったカットのいくつかは修正されて、現在僕らが観ることのできるDVD版になっております。

そうそう、こうして書いてて思い出したのですが、当時スタッフルームに古い1人がけのソファがありました。そのソファを僕は密かに「王様のイス」と呼んでたんですが、イミテーション・レザーのそのソファ、実にふんわりとしていて、寝るのには最高のアイテムだったのでありました。

で、そのソファを巡って、いつも僕と助監督の五十嵐くんとの取り合いでありました。そのソファが空いてたらそこで仮眠。ふさがってたら帰って寝る(爆)。なんか本末転倒のような気もしますが、それくらいスタジオに詰めて作業していたい、と、そんなふうに気持ちが作品に集中していたように思います。

この劇場版『美少女戦士セーラームーンR』、おかげさまで大ヒットをおさめました。そしてこの大ヒットを受けて、翌年、さらに翌々年へと『セーラームーン』の劇場版は作られていくことになるのでありました。

■第111回へ続く

(09.12.22)